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【リンカタ】君を攫いに来た

2020/11/23 03:24
リーンハルト×カタシロ(男男)
リーンハルト→カタシロさんくらい。
確か昔にその出だしで始まるSS書いてみようかって診断で出た奴です

× × × × × × ×

「こんばんは。君を攫いにきたよ」

 それまで書類に目を向けていた上司は、く、っと親指に力を入れた後こちらを伺うように視線だけ投げて寄越す。どういうことか、と口に出さないだけで瞳に込められた言葉に、外でそうやって振る舞うようにふにゃっと口元を緩めた。

「なーんていったらどうします、大佐」
「ああ、熱でもあったら大変だからな、医療班に見てもらうことを推奨する」

 あらら冷たい、と思いながら書類に目を通す上司を見ている。報告すべきことは一通り終わった。廊下で大佐に報告しに行くならついでに、と渡されたデータファイルや、ファイルに入った紙の書類を抱えて入ってきたのが数十分前。こちらの話を聞きながら、ある意味流れ作業のようになっているいつもの許可申請にサインをしながら大佐はこちらの報告を聞いていた。
 一応、口説いたつもりだ。まあ、どう見ても今の流れは話のジョークだったろうし、そうとってもらえるように言ったつもりだ。君を攫いに来た、なんて随分年が離れた若い男に言われたところで本気とはこの人は思うまい。攫われるほど可憐な上司ではないし、それはまあ、同じくらいの年の頃だったら綺麗な顔であったのだろうということを察せるほどには目鼻立ちが整っている人だが、朝露だとか初雪だとか桜であるだとか、とにかくそんな儚げな人ではない。
 結構タフだし、年齢を感じさせない動きと勘を維持し続けている。

 好きです、といったらこの人は「嗚呼有難う」と言うんだ。そうに決まっている。自分の言葉の真なるものを彼が汲むわけがないとわかっていて言葉を落としただけだ。別に気が付いてほしいわけでもない。好きだから、口説いてみた、それだけ、たったそれだけだ。

「まだ何か報告があるか、リーンハルト・アロン」
「いえ、大佐の仕事ぶりをつい観察してしまいました、もう報告はありません」
「お前は相変わらずだな…下がっていい」
「はぁい」

 下がれ、ではなく下がっていいと会えて此方の意思を尊重する言い方が好きだ。どうして大佐に奥様はいらっしゃらないのか、なんて、大佐の過去をちらりとでも知ってしまえばそれは野暮だと思う。危険なものをおいかけていて、そこで家庭、であるとか守らなくてはいけない、力のない大切なものを作ろうとはしないのがカタシロ大佐、と言う人だ。危険なことに合わせることが万が一にでもあり得る相手を延々と追いかけ続けるこの人の背中を見ているのが好きだし、厳しさばかりではない眼だって、すっと通った鼻筋も好きだ。普段は手袋で見えないが、年相応の骨と皮が徐々に目立っている手も好きだ。
 若さと情熱をもってアピールしたら大佐は振り向いて下さるか、なんてことも夢見ることはしない。大佐は優しいから、今だけの気の迷いだ、と優しく諭すか、同情で何かしてくださるか、だ。そんなものを求めているわけじゃない。
 個人として、独りの男性として見てほしいが、まあ、これもほぼ無理に近い。キザキたちやヨウアのように、恐らく自分の事も可愛い息子のような部下の一人くらいにしか思ってくださっていない。それはそれで大変嬉しいが、欲するところはそこの位置ではない。

「リーンハルト上等兵」
「はぁい、わかってまぁす、大佐を攫う段取りを組んでみてました」

 まだいるのかと言外に含まれた言葉にそう返すと、大佐がひとつため息をついた。

「熱心なことだな」
「物は試しと言いますから、一応脳内シミュレートでもと思いまして」
「うまく攫えそうか」
「ちっとも、返り討ちですね」
「そうか」

 ふ、っと少しだけ唇が柔らかく弧を描く。あー、好きだな、と思っていますだなんて言ったら、馬鹿なことを、というんだろう。

「でもそれでいいかなと思います、しおらしい大佐を想像できません」

 だから、そう、このままでいい。

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片思い中かくのもすき

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