備忘録
GODZILLAを見た
2019/06/09 03:22ゆるゆるな考え事
GODZILLAを見て、滅多にないけど、大好きなシリーズ映画だから、感想を書いておきたいと思った。
なるべくネタバレはしないようにします。自分の思ったことを描きます。
先にいうと私は東宝さんのゴジラシリーズが好きです。全部見た訳じゃないけれど、好きな映画作品です。
幼少からみてるから、思い入れも尋常じゃなくあるし、感想を書くにはあまりにも主観も自分の感情も混ざって、客観的になんて見れないのでそういうの無理な人は戻ってね。
これは、ただのこじらせた、コアになれない、にわかにしては履修率ややたかいエンジョイ勢の感想でしかないです。
私は怪獣映画を娯楽のように見つつ、成長と共にゴジラという生き物の背負わされた業が好きになったタイプです。
ゴジラの、あの、絶対的な、圧倒的な恐怖と破壊と、制御の出来ない存在が好きです。私にとってゴジラは、人間の兵器ごときであっさり駆除できる存在であってはならないんです。人間があがいてあがいて、やっとのことで掴む対抗策さえ、抑止でしかない、人の制御の出来ない存在であってほしいのです。
GODZILLAの一作目を見たとき、ビジュアルのムキムキシックスパックに穿ってみていました。本当にゴジラなのか、ゴジラという「人間にとって絶対の勝利はない」存在が、きちんとあるのか不安と、またダメなんじゃという気持ちはありました。
結局それは杞憂でした。監督さんはゴジラが好きだし、東宝さんともお話しされてて、だからどうでもよかった。
見たら全部がどうでも良かった。怪獣を怪獣(巨大生物)として、ゴジラが好きな監督が、「GODZILLA」として描いて魅せてくれた。私はそれだけで良かった。
ゴジラのあり方も、存在も、すべて好きだと思った。たぶん私が単純だから。そう思った。
だから今回のGODZILLAも、期待はすごかった。同時に、他の怪獣も出るということもあって、不安もありました。デザインはかっこいいけど、怪獣がどう扱われるのかが気になっていました。
特にもモスラです。トレーラーで見たとき、モスラがいる、と思って、でも登場する面子を見るとモスラは圧倒的に非力です。モスラの扱いはどうなるのか、とか、凄くそわそわでした。東映さんのシリーズにおいてもモスラは決してアタッカーではないです。そんな子がアタッカーやタンカーのでそうなあれでどうなっちゃうかそわそわでした。
結論をいうとモスラは、正しく「モスラ」でした。好きでした。これ以上に美しい生命体はないよ。
私は、私は、モスラの神聖さが好きです。人に寄り添う用な優しいキャラクター性がずっと昔から好きです。ガメラとはまた違う、守護的な意味を持ったキャラクターと思っています。ガメラは言えば父性的な怪獣ですがモスラは母性的だと思っています。
だから、凄く良い意味で、とてもいい意味で、私はゾッとしました。
ゾッとしたというのは不適切かも知れないけれど、でも、他にわからない。
粟立つと言えばいいんでしょうか。私が好きなものを、好きなままであの監督さんが、モスラというものの存在を、設定を、バケツで叩きつけに来たと思いました。本当にゴジラの映画がこの人は好きなんだと、そう思いました。
こんなにモスラを巨大生物モスラとしながら、ひとつの生命として描いてくれている、神聖であることをバシバシに感じて食い入るように推しを見てしまった。普通に泣いた。あまりにも、私の好きなものが、例えるなら、推しを、理解ある神絵師が絵にかいてくれたようなそういうきもち。
ゴジラも相変わらずゴジラでした。でも怒濤のこねたラッシュで一人では抱えきれず弟を映画に誘って二回目を見ることを決意しました。
たぶん私が見つけられないこねたがすごいあるんだと思います。
予備知識のない友人が付き合ってくださいました。怪獣映画に馴染みがないから、主人公に注目する、といってくれて、でも上映後、凄く目がそらせなくて夢中で見てしまって楽しかったといっていて、知識なんかなくても楽しんでみてもらえるんだと思いました。凄く嬉しかった。
巨大生物、としているからか、そう、生物なのだと、当然なんですが、彼らもひとつの、生物だ、と思えるのがすごいんです。
是非、是非、巨大生物たちにも注目してほしい。怪獣ではないんです。生き物なんです。瞬きひとつ、仕草の一つ一つが、「生命体」だと思うんです。生き物だ。
表情が彼らにもあるんです。可愛らしいしぐさも、生物的な行動も、凄く好きでした。
ただ、ひとついうなら、情報がいっぱいで、そして監督の大好きなんだこれが!がたくさん伝わってきて、このように一人で噛み砕くには、惜しい、もっと一緒に噛み砕いてくれる相手が欲しいとそわつくことが難点です。
なるべくネタバレはしないようにします。自分の思ったことを描きます。
先にいうと私は東宝さんのゴジラシリーズが好きです。全部見た訳じゃないけれど、好きな映画作品です。
幼少からみてるから、思い入れも尋常じゃなくあるし、感想を書くにはあまりにも主観も自分の感情も混ざって、客観的になんて見れないのでそういうの無理な人は戻ってね。
これは、ただのこじらせた、コアになれない、にわかにしては履修率ややたかいエンジョイ勢の感想でしかないです。
私は怪獣映画を娯楽のように見つつ、成長と共にゴジラという生き物の背負わされた業が好きになったタイプです。
ゴジラの、あの、絶対的な、圧倒的な恐怖と破壊と、制御の出来ない存在が好きです。私にとってゴジラは、人間の兵器ごときであっさり駆除できる存在であってはならないんです。人間があがいてあがいて、やっとのことで掴む対抗策さえ、抑止でしかない、人の制御の出来ない存在であってほしいのです。
GODZILLAの一作目を見たとき、ビジュアルのムキムキシックスパックに穿ってみていました。本当にゴジラなのか、ゴジラという「人間にとって絶対の勝利はない」存在が、きちんとあるのか不安と、またダメなんじゃという気持ちはありました。
結局それは杞憂でした。監督さんはゴジラが好きだし、東宝さんともお話しされてて、だからどうでもよかった。
見たら全部がどうでも良かった。怪獣を怪獣(巨大生物)として、ゴジラが好きな監督が、「GODZILLA」として描いて魅せてくれた。私はそれだけで良かった。
ゴジラのあり方も、存在も、すべて好きだと思った。たぶん私が単純だから。そう思った。
だから今回のGODZILLAも、期待はすごかった。同時に、他の怪獣も出るということもあって、不安もありました。デザインはかっこいいけど、怪獣がどう扱われるのかが気になっていました。
特にもモスラです。トレーラーで見たとき、モスラがいる、と思って、でも登場する面子を見るとモスラは圧倒的に非力です。モスラの扱いはどうなるのか、とか、凄くそわそわでした。東映さんのシリーズにおいてもモスラは決してアタッカーではないです。そんな子がアタッカーやタンカーのでそうなあれでどうなっちゃうかそわそわでした。
結論をいうとモスラは、正しく「モスラ」でした。好きでした。これ以上に美しい生命体はないよ。
私は、私は、モスラの神聖さが好きです。人に寄り添う用な優しいキャラクター性がずっと昔から好きです。ガメラとはまた違う、守護的な意味を持ったキャラクターと思っています。ガメラは言えば父性的な怪獣ですがモスラは母性的だと思っています。
だから、凄く良い意味で、とてもいい意味で、私はゾッとしました。
ゾッとしたというのは不適切かも知れないけれど、でも、他にわからない。
粟立つと言えばいいんでしょうか。私が好きなものを、好きなままであの監督さんが、モスラというものの存在を、設定を、バケツで叩きつけに来たと思いました。本当にゴジラの映画がこの人は好きなんだと、そう思いました。
こんなにモスラを巨大生物モスラとしながら、ひとつの生命として描いてくれている、神聖であることをバシバシに感じて食い入るように推しを見てしまった。普通に泣いた。あまりにも、私の好きなものが、例えるなら、推しを、理解ある神絵師が絵にかいてくれたようなそういうきもち。
ゴジラも相変わらずゴジラでした。でも怒濤のこねたラッシュで一人では抱えきれず弟を映画に誘って二回目を見ることを決意しました。
たぶん私が見つけられないこねたがすごいあるんだと思います。
予備知識のない友人が付き合ってくださいました。怪獣映画に馴染みがないから、主人公に注目する、といってくれて、でも上映後、凄く目がそらせなくて夢中で見てしまって楽しかったといっていて、知識なんかなくても楽しんでみてもらえるんだと思いました。凄く嬉しかった。
巨大生物、としているからか、そう、生物なのだと、当然なんですが、彼らもひとつの、生物だ、と思えるのがすごいんです。
是非、是非、巨大生物たちにも注目してほしい。怪獣ではないんです。生き物なんです。瞬きひとつ、仕草の一つ一つが、「生命体」だと思うんです。生き物だ。
表情が彼らにもあるんです。可愛らしいしぐさも、生物的な行動も、凄く好きでした。
ただ、ひとついうなら、情報がいっぱいで、そして監督の大好きなんだこれが!がたくさん伝わってきて、このように一人で噛み砕くには、惜しい、もっと一緒に噛み砕いてくれる相手が欲しいとそわつくことが難点です。
追記
東映じゃねえ東宝だあ