短文詰め合わせ


「胃が痛い」
「しっかりしろ」
「しっかりしてくれ」

 胃のあたりを掌で抑えて呻く自分に声をかけたギゴウ君とレイフ君を恨めしさパワーをたっぷり込めた目で見ながら、しかしそれも申し訳ない気持ちに負けきってしまい、うう、と呻きっぱなしで視線を足下に向けた。

「ただ挨拶をするだけだろう」
「それが苦手なの…」

 今日はここ最近コロニーに入ってきた若い学者たちとの顔合わせがある。無い用事があるからと遠慮した自分の首を捕まえて「アンタが来ないでどうする」と引きずってきたのがレイフ君で、ギゴウ君は相変わらず腕組みをして笑っていた。

「長時間拘束したりしねぇよ、あんた達二人と向こうで顔合わせすりゃ終わりだ」
「ううううう」

 レイフとホライゾン、それとギゴウは学者という職業についている中では長命な種族にあたる。そのため必然的に取りまとめる為の上役についているのだが、ホライゾン自身がどうもそういう立場が苦手で、極力顔を出すことがない。
 それでも今日ばかりは見逃してもらえずこうして椅子に座ってうじうじと呻いている。とはいっても、そんなホライゾンの性格を分かり切っている二人は殆ど会話をさせることもなく簡易的に終わらせてくれるので助かると言えば助かるのだ。

「きょ、きょうはどんな子が?来るの…??」
「惑星フーリレ出身だ、若いがかなり有望の青年で年頃はアンタのとこのシリウスくらいだろう」
「シリウス君くらい…?う、うん、わかった」
「フーリレとなると俺は少しばかり首が痛くなりそうだな」

 なんという会話をしていると、扉がシュンと開いて大柄な青年が物静かに入ってくる。こちらを視界にとめて、一度会釈した後、その外見に似合わず静かに近寄ってくる。

「彼が新しいメンバーのガエル・レオパールだ。あんたたち二人がやってたジャンルと似たような分野を担当してもらう」
「よろしくお願いいたします」

 基本的にコロニー全体の翻訳機能のアップデートには古参であり知識量がある自分とギゴウ君が担当しているのだが、新鮮な風は新鮮なものから、というレイフ君の考えもあって選抜された者だけがこうしてこの奥まった部屋に通される。
 丸い眼鏡と、青いピアスが目を惹く青年は確かに190cmある自分よりいくらか身長もあって、ギゴウ君に至ってはやはり大柄だなと呟いている。色の濃い茶色の髪をきれいに後ろになでつけたオールバックに、襟元がふわふわとした素材でできている上着を羽織っているせいか体格がよく見ない限り目立たないようになっている。

「レイフだ、よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします」
「チームに参加していることは口外しないで貰えれば助かる。メンツがメンツなんでね」
「わかりました」

 レイフ君の言葉に応えた青年の発音は随分と整った綺麗な音だ。

「ギゴウだ、これから長い付き合いになるが、宜しく頼んだ」
「あ、はい、よろしくお願いします、恐縮です」

 ギゴウ君はこういう挨拶本当にスムーズにしちゃうよな、いったいどういうコミュ力しているの、と少し思うがもしかしたら、いやもしかしなくても自分が下手くそすぎるだけなのだ、多分。
 ああ、次は自分かと胃を抑えていた手をそろそろと降ろす。初対面の相手と握手をすることは苦手だが、とりあえず対面的に、しておかないとまずい。二人のようにスムーズに出来なくても、だ。

「え、と、ホライゾンです、宜しく」
「…ホライゾンさん…?」

 握手をして、はいよろしくお願いしますね、バイバーイの予定だったのに、差し出した手が握られることがないまま青年はまじまじとこちらを見る。何だろう、何かしただろうかとつい差し出していた手をそろりと少しばかり引いてしまう。

「……あの、…間違っていたら申し訳ないのですが……ホライゾン・レヴェンデル、さん?」
「…は、はい」

 青年が口元に、思わずといった風に手をあてて目が左右に泳ぐ。え、何だろう、と構えた一瞬、あの、と言う声と共に両手で握手のために差し出した手を掴まれる。

「本当に、ホライゾン・レヴェンデルさんなんですか」
「う、は、はい」
「あの、……幼い頃貴方が訳した本を読みました」
「えっ…?あ、ありがとう」
「その、あの、……まさかこうしてご本人にお会いできるとは、思わなくて、あの、貴方の訳す言葉が優しくて、好きで私」

 感極まった様な声とともに、ぎゅう、と力強く握られる。

「良かったなレヴェンデル」
「えっ、あ、あ、ああ、う、うん」

 横からギゴウがそう肩を叩いて言葉をかけてくれるが、自分に会いたかったと熱烈に言ってくる人が現れるだなんて予測をしていなかっただけに挙動不審が激しくなりそうなのをなんとか堪えている。

「本当に好きです!貴方が訳した本に出合わなかったら私…」
「や、ほら、吾輩、自分が好きだな、っていうものしか訳してないから、えっとぉ……」
「それでも好きなんです、ああ、本当にその、嬉しくて、私」

 この部屋に入ってきて初めて青年が破顔した。心底嬉しそうに笑いながら力強く手を握るそれのどこにもお世辞や嘘がないことくらいわかる。

「えっと、ガエル君と吾輩の好きなものが一緒で嬉しい、吾輩の好きなものを好きだって言ってくれてありがとう」
「レヴェンデルさん……!」

 ああ、と胸を抑えて笑う青年の顔を見て、何となく趣味を兼ねた職種の一環でやっていた翻訳作業だったが、やって良かった、と思うほどにはその笑顔が素直過ぎた。

「レヴェンデルはもともと優しい奴だから使う言葉も優しいんだろう」
「いや、あーえっとほら、絵本とか児童書って結構優しい言葉つかうしもともと原作が良いから」
「その言語を訳すのもお前の手腕だろうに」
「いや吾輩そんな、そんなあれだし」
「レヴェンデルさんの本に出合わなかったらこの道を目指そうとも思いませんでした」
「うええええ!?」

 しまった変な悲鳴上げた、と思って咳払いをする。

「お、大袈裟だよお」
「あんたの翻訳で、人一人の心を動かしてんだ、大袈裟じゃねえだろ」
「レイフ君までえ」
「レヴェンデルさんのこと、尊敬しています」
「ひえっ、そそ、そんな、」
「俺もレヴェンデルを尊敬しているぞ」
「ギゴウ君!?」

 結局この後、びくびくと謙遜していたけど、ガエル君の読んだ本の話で滅茶苦茶に盛り上がってしまった。(ギゴウ君が訳した本も読んだことがあったらしくてさらに盛り上がったのもセットで)

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