短文詰め合わせ

 君にしか出来ない。確かにそう言った。
 そんなことはないはずだ。確かにあの日は目玉商品の競り落としにバイヤーを行っていた連中は駆り出されたりやとわれたりしていた。最年少で、かつ、おもちゃの様に扱われていた俺は他の大人連中にとっては気にも留められない矮小な存在でしかなかった。
 おっさんが探そうと思えば探せただろう。紹介場の店員だってもしかしたらおっさんをおちょくったか軽んじて俺なんか紹介して見せたんだろう。仮に買い付けが失敗したとしても体で俺が稼いで、紹介場に収めればいいだけの話で、だからおっさんが真摯に声をかけてくれたとき、こうやって生きて死んでいくんだと諦めていた筈の心が確かに顔を上げた気がした。

「よう、誰か待ってんのかい」

 おっさんが直談判してくるから、と扉の向こうに消えていってどれくらい経っているかわからない。静かな赤ん坊と二人きり、ただっぴろくはないがしんとしたゲートの待合の椅子に座っていると声を掛けられた。
 少し淡く青みがかった短い黒髪の、優しそうな顔をした大人だったが、その公用語は荒っぽい音だった。

「……」

 小さく頷くと大人は、そうかい、といって隣に一席分あけて腰かけた。小さく丸い黄色いピアスが目に付く。

「兄弟か?」

 腕の中のまだ専用のポッドにはいったままの赤ん坊を見てそう尋ねられ咄嗟に首を左右に振る。

「……お、れが、頼まれて買った、子」
「そうかい。……そいえば知り合いが買い付けに行くって出て行ったが、そいつかな?」
「……わ、からない」
「お前さんは?業者の子か?」

 口調は荒いが努めて優しい音をだそうとしてくれているらしいことはよくわかった。何と答えればいいのかわからなくて結局小さく頷く。

「雇われた……、おじ、さんがついて来い、っていうから、ついてきた…」
「ふうん、家族は反対しなかったのかい?」
「かぞく、は、いない、から…別に問題ない…」
「……悪いこと聞いたな」
「良い……」

 この大人は一体どういうつもりで自分に声をかけてきたんだろうかと考える。安全な場所だとあのオッサンは言っていたが絶対じゃない。甘い言葉で騙す大人は沢山いるしあのオッサン結構ふわふわしているから周囲の奴にいいように言われていて騙されている可能性だってある。
 待っていろと言われた俺に出来ることは、この赤ん坊をなにがあってもとられないようにするしかないという事だけだ。

「お前さん随分眠ってないんじゃないか?」
「……おじさんには関係ない、です」
「確かにそうだな」

 はは、と笑う声に不快感は滲んでいないようだ。

「ついて来いって言ってきたってことはお前さん今日から此処に住むのか?」
「え…?……わからない……無理、じゃないかな」
「無理?」
「……お、れ、惑星QQの出身、だから、あの人は、なんとかする、っていったけど、ダメ、だとおもう……」
「へえ、惑星QQの。ふうん、はじめて実際の奴を見たぜ、ニュースなんかではよくみるが」
「……噂は、よくない、のしってるから、ダメって言われると思うけど…あの人が、優しくして、くれたのは、忘れない、から、それでもいい」

 無理を通してどうにかなるものじゃない。俺はまだチビだけどそれはわかる。俺みたいな奴は無理だ。
 それでもあのおっさんが、一時でも感じさせてくれた優しさなんかは忘れないだろうと思う。初めて名前を知りたいと思ったことも、手を繋いでくれたことも、名前を呼んでくれたことも。全部忘れないだろうと思う。別れは仕方がないけど、これだけはきっと大事に掴んで死ぬまで離せない感情になると思う。

「どうかな、ここはテレムニルバだから案外通るぜ」
「なにそれ」
「ここは可能な限り全ての人を許し、迎える場所として建てられたコロニーだって話だからなあ。案外うまくいくと俺は思うぜ」
「根拠がない事言うんだな」
「根拠はあるんだがお前さんに言っても今は納得できねえだろうなあ」

 じっと男を見てしまう。大人は信用できない。あのおっさんは、おっさんだけしか、今は心を許せない。

「ま、きっとうまくいくぜ、ようこそ、永世中立コロニーテレムニルバへ」
「握手はしない」
「警戒心の強いやつだなあ、ま、そんくらいタフな方が赤ん坊任せた人も安心だろうさ。大人はいつでも子供を手に掛けれるからな」

 ふは、と笑う男はどこか飄々としている。何故話しかけられているのか見当がつかない。

「お待たせファゼット君、時間がかかったけどなん……ひえっっ」
「うっ……レ、レイフッ」

 奥の扉からおっさんと、知らない男が出てくる。おっさんの姿を見て安心したが、二人そろって俺の後ろを見て「まずい」みたいな顔をしている。

「ようお二人さん。お前さんたちが楽しく会話が弾んだうえ、親密さも増したようでなによりだぜ俺は」
「レ、レイフ、も、戻るの早いなあ……用事は良いのか?」
「ははは、それより、俺に言うことがあんだろ」
「ひんっ」
「うっ…」

 ちょっと来な、とふたたび、腕を掴まれた二人が少し離れた場所で何やら小言らしきものを言われているのを、茫然と見ていた。そんなこと知るはずもわかるわけもない赤ん坊だけがポッドの中でふにゃふにゃと笑っていた。


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