幸せの青いことり


 ホライゾンと名乗った男に拾われ、このコロニーで生活するようになって、数日が経過した。あの赤ん坊は「シリウス」と名付けられ、今はベビーベッドのなかですやすや気持ち良さそうに眠っている。全く暢気で良いと思う。
 入国の許可を貰えて、此処が家だと案内された家は、「家」というより「屋敷」と言うべきだろう規格サイズだった。庭には低木が植えてあって、すべて薔薇の花らしい。内装もおっさん一人が住むにしては無駄に広く、部屋数も多い。元々本を読むのが趣味で書庫に使う気だったと話してくれたが一人で図書館でもすんのかと言うくらい部屋数がある。その内の一室を与えられたものの、ベッドに寝るのには抵抗があり、床で寝ていたのを発見されて通販サイトでカウチを買われた。明日には届くらしい。
 シリウスの世話も、このコロニーの技術力やら発展力から見ても人工知能が搭載されたアンドロイドくらいいるだろう。そういう世話人のアンドロイドを買えば良いだろうにホライゾンはせっせと自分でシリウスの世話をしている。

 それから、こちらの事も何かと気に掛ける。

 健康面のチェックで、極端に胃が小さいことと、まともな食生活というのを送ってこなかった俺に対してホライゾンが今やっていることは食事を作って一緒に食べるということだった。あのオッサンに関していえば不死者と呼ばれる種族の住む惑星の出身らしいから、食事を摂る必要はないらしいのだ、本来は。

「今日のスープはうまくいったと思う!!思うよ!」

 まともな固形物なんて口に入れた記憶がサプリメントくらいしかない。あとは栄養補給液で補ったりだとか、注射とかそういう程度だ。それが普通だった日常が終わって、これからこのおっさんと送る日々が自分の日常になるのか、と、昨日の夕飯のスープよりまともな色合いをしたスープが目の前に置かれるのをぼんやり見ながら思う。
 大きな固形の具は入っていない。小さくカットされた野菜らしいものがいくつか見えるが、ほとんどはスープだけだ。胃がびっくりするといけないからとかいって徐々に慣れさせるらしい。ちなみに昨日のスープはずいぶん色が焦げっぽい感じだったというか煮込み過ぎたらしいが、生憎まだまだちっとも飯の美味い不味いがわからないのでそうなのか程度で終わった。

「色、薄い」
「こ、これが普通なの、昨日のが濃すぎたの…」
「ふぅん」

 スプーンで掬い、そっと液体を口に運ぶ。確かに昨日のスープよりは、味がそんなに口の中に残らない、気がする。昨日も今日もおとといも、夕飯が同じスープらしいので味の比較ができる。

「無理して固形物入れなくていいからね」

 ちょっとまだ野菜固いかも、と同じようにスプーンを口に運んでから暫く考え込んでいたホライゾンがそうつぶやきながら、緩慢と自分で作った料理を口に入れていく。

「俺だけ食えば、いいんじゃない?」
「シリウス君が大きくなったら三人でごはんできるじゃん!」
「……おっさん食って栄養とる必要あんの?」
「正直言うとないかな…」

 自分がそうだからなんとなくわかるが、食事に慣れていないらしい。

「でもほら、お話とか読むと家族で食事をしたりとかあるし、そういうのしてみたかったんだよねー」
「……ふぅん」

 美味いかどうかもよくわからないまま(それでも昨日よりは飲み込みやすい味だとは思う)、おっさんの話を聞く。随分本を読むのが好きなようで、おっさんの仕事部屋も当たり前のように壁一面が本棚だ。そこから何冊か借りて読ませてもらったし、これからも好きに読んでいい、という言葉を掛けてもらったのがこの屋敷に来て二日目のことで、今日にいたっては家族ときた。

「だからファゼット君とこうして食事が出来るの嬉しいよ。今はええと覚えながら料理してるから、苦労かけると思うけど…。ああ、シリウス君が大きくなるまでになんとかレパートリー増やさないとまずい…」
「別に」
「ファゼット君にも色々食べてみて欲しいし、吾輩も資料の収集になるし…」
「資料?なんの」
「え?仕事の…」
「仕事?アサシンじゃねえの?」
「ち、ちがうよ。ここではそういうのしてないし、そもそも吾輩、出来が悪いから…。ええとここでは学者をしてるんだよ」
「学者」

 まあ、モニター見ながら打ち込んでたり、専門書も多くあるもんだと思っていた。思っていたがまさか学者が本業だとは。

「いろいろ本を読むのが昔から好きだったからね。今は友人と一緒に本の翻訳手伝ったりしてるんだ」
「おっさん友達いんの」
「いっ、いるよお!一応いるよお!」
「職場の仲間って話は無しだぞ」
「ちがうよお!ちゃ、ちゃんと友達だもの…」
「意外」
「ぐうの音も出ないよ!!」
 
 なにせ自分が一番どうみえるかよくわかってるからね!!と何かめそめそ泣くような真似をしながらホライゾンがいじけだす。いや、見る限り本気でいじけているわけではなく、モーション、としてそう振る舞っているだけのようだ。

「今度見てみたい」
「じゃあ彼が来た時に紹介するねえ」
「紹介」
「うん」

 どんな紹介をするのだろう、とぼんやり思いながら、もう少しで完食できそうなスープを啜った。
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