君と僕

「イスト・ユーディルガー、さん」
「やだあ、さんだなんてえ、もう俺達、友達じゃん?って言うと君はうんそうだねえっていうタイプではないよねえ」
「ああ、うん、そう」

 黒い艶やかな髪を長く伸ばした男の顔は、はっきりいうと陰鬱そうだ。少し長くとがった耳、下がった眉、瞳が小さく垂れた眦は目つきが悪い…などとといちゃもんをつけられているのをソゾと何人かが間に入って諫めたのがきっかけで、彼、ミケと名乗っている彼もまたソゾの友人枠の一員になってしばらくたつ。
 何処で見かけても彼はいつも一人でいて、ぽつんと食堂の隅の、窓際の席にいる。ぼんやりと、飲み物を片手に外を見ていることが多い。
 一応顔見知りなわけだから、と声をかけて座ったところで、フルネームで覚えていてくれたことに少し驚く。

「何見てるの?」
「…何も、別に」
「あらあ、そおー」
「……ユーディルガーさんは、」
「ユーディルガーでいいよ」
「そう……、…ユーディルガーは、夕食?」
「そうそう」
「嘘」
「あはは」

 同じように飲み物しか持ってない俺に、ミケは無表情でそう告げる。愛想笑いをする、ってことはないらしく、彼はいつ会ってもこうなのだけど、笑いかけると笑おうとして止めるようなそぶりはしてくれるので、笑うのが下手なだけかもしれない。

「俺はねえ待ち合わせ―」
「待ち合わせ?」
「そうそう」

 言うとすぐにも、遠くから賑やかな声が聞こえてくる。静かな食堂に声はよく通るし、また二人で何やらと会話を弾ませているらしい、

「ユーディルガー」
「よー、お二人さん、おかーえり」
「ただいまー!!」

 両腕を広げて満面の笑みで寄ってきたのはソゾだ。

「はぁいおかえりー!」

 とりあえずこちらも両腕を広げて立ち上がると抱擁される。バシバシと背中を強めに叩いて歓迎すると気持ちのいい笑い声と一緒に離れていく。

「リンドーくんもやっとくー?」

 これはまあ、ソゾが俺やらカタシロによくやる行動なんだけど、基本的に仲が良いと誰とでもハグするらしい。
 傍で見ていたリンドウへ声をかけるとあたりを少し見渡した後首を左右に振ったのでそう?と笑って席へ戻った。

「ミケじゃん!」
「……」
「元気かー???」
「ああ…元気だよ……」

 ソゾは俺の左隣に腰かけると、右隣に座っていたミケに笑いかけている。ソゾに対してもミケの返事は変わらない。

「紹介するなー、こいつナツヒコっていうんだ」
「……ミケです」
「ナツヒコ・リンドウです、よろしくお願いします」

 すう、と静かに頭を下げたミケはちらりとリンドウを一瞥しただけだった。

「今日は早かったじゃんー二人ともー」
「ほら、装置つかった惑星間の転移に慣れる練習だったからさあ」
「感覚狂うって聞いたけどぉ?」
「やばいやばい」

 けらけらと笑うソゾはヤバイといいながらも適応力早いからすぐ馴染んだんだろうなとわかる。少し青い顔をしてるリンドウは、多分感覚の狂いに酔ってるんだろう。
 さっきも少し反応が薄かったから暫くそっとしておこう。

「ユーディルガー」

 飲み物をとってくるからと立ち上がったソゾが、席から離れて少しして、小声で話しかけてきたのはミケだ。

「ん?」
「……これ、リンドウさん、に、」
「……なあにこれえ」

 手渡されたのは小さな包みに入った飴玉、に見えるものだ。ただし、無色透明、見て楽しむようには作られていないようでもある。そういう飴がないわけじゃあないけど、なんで、とまだ多くを知らないミケをつい見つめてしまう。

「リンドウさん、酔いが酷いんだよね……、それ、一時的にしか作用しないけど緩和する術式を中に入れてるから……」
「ええ…すご、ミケ何者…」
「……ただの趣味だから、リンドウさんに、渡して」

 きゅ、と押し付けられた手が冷たい。
 言われるがままリンドウに渡すと彼も不思議そうに俺を見る。うわあ、改めて見ると顔色悪いな。食堂が一番重力安定してるからソゾもここで待ち合わせだなんていったんだろう。

「ミケから」
「…あ、ありがとう」
「………別に、」

 つい、と視線をテーブルに向けたミケは飲み物に口をつける。でもそれもちびり、くらいなもので、あとは俯きがちに外を眺めている。
 一つ席をあけた隣で袋をゆっくりとあけ、しげしげと見つめたリンドウが飴をそっと口に含んでもごもごと中で転がしているらしいのを見ていると、だんっ、と勢いよく飲み物が入っているだろう容器が置かれる。

「ソゾォ、あのねえ、いくら蓋ついてても置き方気を付けないと零すぞ」
「おっ、ごめぇん……」
「しょうがないなあ、素直さに免じて許してあげよう」
「へへへ」

 気を付けるから、というソゾは真っ先に飲み物をリンドウの方へ押してやる。それから無理しないで良いんだからなと声掛けをするあたり面倒見が本当にいい。背中を摩る手がまた分厚く包帯で覆われているのもまあ、ソゾの練習の結果だろう。怪我するなというのは難しいことだけど、出来れば訓練でくらい無傷で出来ないかねえと思うのは日和過ぎるだろうか。

「お、ナツー何食べてんだ?」
「えっと、…ミケさんがくれた、」
「えー、俺にはー?」

 ないの?とソゾがニコニコして聞くとミケはちらりとソゾを見ただけで、ないよ、と返す。

「ええーーーないのかあ」
「ソゾは元気いっぱいでしょーが」
「くうーーー……」
「……元気じゃない時にあげるから」
「おっ!!やったぜ!!!」
「そんな日暫く来そうにないよなあ」
「まあ、俺元気が取り柄だからな」

 ふっふっふ、と自慢げに笑う男につられて笑ってしまう。

「でしょうねえ」
「元気ないときはフラれた時だから」
「あっはっは、マジでえ?」
「マジでマジで」
「あはは……」
「おっ、ナツも元気出てきたかあ?」
「うん、ミケさんのおまじない、凄いや」

 少しだけ血色のよくなったリンドウがそういうものの、言われた方はまた小さく首を左右に振るばかりだ。ミケって結構シャイだったりするんだろうか、するんだろうなあ。もしかすると。

「ユーディルガーはおまじないとかねえの?」
「俺ぇ??ないない、いたいのとんでけくらいはしてやれるよ」
「いた・・・?ランベールみたいな治癒術かなにかか?」
「そんなわけないじゃない、俺のは超気休め、口だけのやつですぅ」

 けたけたと、楽しそうな笑い声が響くのを聞きながら、今日も元気で二人が顔を見せてくれたことに安心している。

「明日休みだから遊ぼうぜー」
「ソゾ体力バカ過ぎるでしょ」
「有り余ってるって言え」


end.
5/5ページ