君と僕

「どぉしたのリンドー君」

 ソゾに地図を見せられ、ユーディルガーの部屋はここだからと言われて、ドアをノックして出て来た彼は不思議そうにこっちを見下ろした。

「ソゾが暇してたら遊ばないかって」
「…お兄ちゃんにパシリに使われちゃったのかあ?」
「……お使いかな」
「お使い出来て偉い子ですこと」

 寝起きなのだろうなと、いつも以上にぼさぼさの髪と羽織っただけの上着をみてなんとなくそう思う。

「何して遊ぶの?」
「ゲームって言ってたけど、ええと…なんだっけ……なんかこんな小さいのを転がして遊ぶ……スゴロク?」
「うーーーわーーーデジタルならともかくマジのサイコロもってるの?まさか。前時代的なゲームじゃんそれえ、アナログすぎ」
「そうなんだ」

 俺はよくわからないけどユーディルガーは片眉をあげて、「本当かよ」みたいな顔をしている。

「色々あるって言ってたけど」
「ちなみにメンバーは??」
「バレさんとシアさんと」
「カタシロォ?」
「うん、あとルキさんと、ジャンダルさん」
「あいつ一声で何人集めんだよ、はんぱな」
「折角だし遊ぼうって」
「はあーーーまあ?いいけど??着替えるからちょっと時間下さいねえ」
「わかった、じゃあ俺待ってる」

 そういうとユーディルガーは酷く不思議そうにする。

「ここで?」
「うん、ユーディルガーが身嗜み整えたいなら、俺待つ」
「……んん、はいはい、わかった、お兄さん急ぐから、此処と言わず中に入って待ってなさい」

 ほらほら、と手首を掴まれて引っ張られる。そんなに力はないんだ、と思いながら素直に部屋に入ると、やっぱりいい匂いがしてついくんくんと匂いを嗅いでしまう。

「ユーディルガーの部屋って良い匂い」
「そ?適当に座ってていいよ」

 ばさばさと勢いよく服を脱いでいくのは気前が良いなと思ってつい見てしまう。諜報部だとは言ってたけれど、剣士の家系、みたいなことを言ってた気がする。その通り、きちんと鍛え上げられた背中の筋肉が浮いていて、決して鍛錬は怠っていないのだと見ればわかる。

「凄い筋肉だな」
「あー…リンドー君やソゾ程じゃあないと思いますよぉ?」
「そうかな?ユーディルガー、凄く綺麗だ」
「あらあ、どうもぉ」

 くくく、と笑うユーディルガーに少し不思議な気持ちだったものの、はっと、自分が発した言葉を反芻してまたやってしまったと反省した。

「ご、ごめん」
「いえいえ、偉い偉い、言われる前に気が付けたねえ」
「うう」
「まあまあ、素直なのは良いことだから」

 嫌がられている雰囲気はない。本当に心が広い人なんだ、と思いながら自分の学習しなさにげんなりしてしまう。

「カタシロとかはそういうの言われるの嫌みたいだから気をつけなさいね」
「あ、そ、そうなんだ。わかった、注意しておく」
「そーしなさいそーしなさい」

 でもシアさんより、ユーディルガーの方が綺麗に見える、と思ったのだけどこれもやっぱり言わない方がいいと黙った。素直なのはいい、と彼は褒めてくれるけど気分を害する人もいるのは確かなわけだし、言葉を飲み込む癖をつけておくのは悪いことじゃないと思う。俺の場合は特に。

「ユーディルガーは、あんまり、遊んだりしないのか?」
「あー、まあ、そうだね」
「そうなんだ」
「ソゾとかとは遊ぶけどね」
「ふうん」

 綺麗な緑色の髪を結っていた髪留めが彼の人差し指に引かれて役目を一度終える。少しだけそこに留まっていた三つ編みは、彼が動いた瞬間にばらばらにほどけて癖がついてしまった髪の毛が彼の背中にかかる。波打つようにうねった髪が、肩甲骨をするりと流れて脇の方に落ちて、

「あらちょっとー、リンドー君ってば人の背中見過ぎ」
「えっ」
「貧相な身体とは思ってないけど流石にそうガンガン視線注がれちゃうとお兄さんも恥ずかしいぞぉ」
「え、あ、ごめん」

 首を竦めるとふはは、と彼が笑って、近づいてくる。

「うそうそ、意地悪いった、ごめんな」

 許すように優しく頭を撫でられて、どことなく申し訳なさとくすぐったさがある。

「……でも、見てたのは、ごめん…」

 ユーディルガーだったから、こうも許されているんじゃないかとつくづく思う。同性だけど、やはり上半身とはいえ素肌をじろじろみるのは失礼だったと思う。

「そんな見るようなもんないけどなあ、俺」
「そ、うかな、筋肉がついてて凄いと思う…」
「マッスルボディだったらソゾとかダンのがすげーから」
「そうなのか?」
「ダンは着やせするけどね」

 ああ見えて肉体派、と言ったユーディルガーの言葉に納得する。ソゾも優しそうな顔はしているけど、ダンはもっとだ。どちらかというなら雰囲気は美人というより顔の良い優男、という雰囲気だし、事実物腰も柔らかい。ソゾと一緒になって輪の中心になることも多い。体格は、ぱっとみるとスレンダーなのだが、ユーディルガーがそういうんだったら、肉体派らしく筋肉のついた身体なんだろう、と思う。

「いいな、俺ももう少し肉付けたい」
「ついてんじゃないの?」
「ううん…それがいまいちで」
「あら、ほんとぉ?」

 ぺたぺたとユーディルガーの手が腹を触る、腹筋の割れ方がいまいちで、というか割れる割れないは置いておくとしても筋肉のつき方が悪い。それを手で確かに感じたらしいユーディルガーが、あらら、といった感じで笑う。別に馬鹿にされているという笑い方じゃなくて、これは、なんていうか、もれてしまった笑い、という感じだ。

「な?」
「確かにね」

 だからもう少し筋トレしないと、と零すとユーディルガーが笑ってソゾに付き合ってもらえ、なんていう。

「ソゾは加減してくれない時があるんだよなあ」
「ははははは、あいつ夢中になるとすぐ力入るからな」

 わかるわかる、と笑う彼は楽しそうだ。そうこう話しているうちにユーディルガーはせっせと着替えを終えて、髪の毛をさくさくと手櫛で整え、編み込んでいく。

「櫛は?」
「めぇんどくさぁい」
「ええ……」
「いいのいいの、別に好きな子に会うわけじゃないんだからさ」

 適当適当、と笑う彼は、手慣れた手つきでその緑の髪を結い終わり、さあ、いこうかと立ち上がった。

end.
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