君と僕

「ユーディルガー」

 一人で食べる食事は嫌いじゃあない。誰にも急かされることはないし、テーブルマナーだとか気遣う必要もない。ゆっくり時間をかけて食べてもいいし、最悪食べなくてもいい。食べたくないなら「食事を摂る」という選択を生活からちょいっと外してしまえる気軽さも好きだ。
 行儀は悪い、とわかっていながらも、誰に怒られるというわけでも指差されるわけでもないこの、フォークで無心に皿をとんと叩いたり、添えている葉物をちょいちょいと弄っているのもやめられない。勿論食べるが。
 カウンター席で真っ暗な世界で光っている星を眺めながら緩慢に咀嚼などしてそうして次の一口までの時間を潰していると、右隣の椅子を引いて座った姿と声に、おお、と返事をしたくてもものが口に入っていて何も言えない。
 代わりに右手でもっていたフォークで皿の縁をひとつだけ、カン、と叩くと相手…リンドウは八重歯と言うか牙の退化したそれというか、それを見せてにこりと笑う。

「こんばんは」
「ん」

 噛むのがめんどくさいなあと思いながらも噛まない事には満腹感も得られないし飲み込むために食材を砕くことも出来ないのでもぐもぐと口を動かしながら、咀嚼しているので喋れないんだなあという意味を込めて自分の頬を指さすと、伝わったのかそうでないのかわからないがリンドウがうんと頷く。

「いつから食べてるんだ?」

 いつからだっけ、と思いつつかれこれ一時間は定食メニューをだらだらと食べている気がしている。

「…一時間?」

 フォークを持っていた指を少しだけずらし、人差し指を静かに立てるとリンドウはすぐわかってくれたらしい。

「随分ゆっくりなんだな」

 首を縦に動かすとふは、と彼が笑った音がした。

「俺はすぐ食べてしまうからなあ」

 その量を?というくらいの大盛メニューがプレートの上に盛られている。ソゾのやつとか、ミハルも結構食べる大食漢だけどやっぱ体動かす奴らはめちゃくちゃエネルギー使うからか?と考えたけど、同じ肉体系でもダンやカタシロはこいつら程じゃあないんだよなあ、と思うと単純に燃費の問題って可能性はある。
 飲み込んで、もう少しばかり残っている葉物にぷす、とフォークを突き立てて口に運ぶ。運んでる最中、リンドウのでかい一口によくそんなお口が開くもんだわあと感心しつつ、放り込んでぱりぱりと噛む。

「んっ」

 美味しかったらしい。というのは大きな目がくりん、と瞬いたあと二口目が早かったからだ。
 なんとまあ美味しそうに食事する男だこと、と眺めていると、リンドウと目があって、にこっと目が細くなる。
 ごくり、とかみ砕いたものを飲み込んで、なあに、と言えば、

「ん、楽しいなあと思って」

 なんて心底楽しそうに言う。

「食事?」
「ああ、ソゾと知り合ってから誰かと一緒に食べるってしたけど、いいものだなあって」
「あらあ、俺でも適用されちゃってる感じぃ」
「ああ、ユーディルガーも友達だし」
「あらあ、どうもお」

 うん、と笑う彼は、よく見なくともわかるほど随分と生傷を作っている。あらら、すごいこと、とマジマジ見てしまう。前回会った後、遠征みたいな、まあ、本当に危なくない場所への訓練ついでの遠征だから大怪我するってことはない。どちらかと言えばこの生傷は手合わせとかして出来たタイプだなというくらいには軽傷にみえる。打撲とか擦り傷が多い。
 そういえば昼間にあったソゾとカタシロなんかお互いの頬にデカイ湿布みたいなの貼ってたなあと思い出す。あの二人の場合「訓練でやった」のか「喧嘩した」のかわかんないのがネックだけど。

「リンドー君怪我しちゃってるじゃあん?」
「ああ、うん、手当はしてるよ」
「そうじゃないとお兄さん不安だわあ」
「大丈夫、ユーディルガーが不安にならないようにするよ」
「そーしてくれたら大助かり」

 言葉は異なるけどソゾのやつも、あのミハルってのも大概鉄砲玉みたいなとこはあっても「心配してくれる相手がいる」というのを頭のどこかに置いてるので無茶をしないのは有難い。
 最近また友人枠に増えたミケとランベールっていうのが心配性というタイプでその影響もあるかなとは思っている。ジェルヴェとディエーヴァはなんていうか我関せずってタイプだけど仲間思いさんではあるのかなあと分析中。

「ああ、そうだあ、おかえりぃ、リンドー君」

 そういえばそう約束したっけ、と、思い返して告げれば彼は一瞬固まった後、ごくんと口の中のものを飲んで「た、ただいま」となんだか少し気恥ずかしいといった感じで返してくれる。

「あらあ恥ずかしがってくれちゃってえ」
「じ、自分で頼んだけど実際言われると、うん、ちょっと、その、くすぐったいや」
「はあー初々しいことでえ」
「あはは」

 鋭利な爪が傷つけることなくその頬をひっかいていて、器用だなあと思う。もしかすれば皮膚は比較的丈夫なのかもしれないけどそれにしても穴のたちそうなくらい鋭利な爪がよくもまあ傷ひとつつけないものだと感心する。

「…うん、でも、うん、やっぱりいいものだなって思う」
「ん?ああ、おかえりが?」
「うん、良い」
「俺でもリンドー君のお役に立てるなら良かったなぁと思うよ」
「お役、っていうか、なんだろうな」

 やっぱり一口がでかいよなあ、と食いっぷりを見ながら自分ももう残りわずかな野菜をやっつけちゃおうかとちまちま放り込んで咀嚼する。

「ユーディルガーばかりに頼ってしまうのも、悪いなあとは思うんだけど、うん、女性に頼むのはやはり気が引けるっていうのか」
「んー」
「同性だから頼みやすい、というところはあるのかも、俺も良くわからないんだけど…ユーディルガーは優しいし」
「んん?」

 そうかな?という意味を込めて、言葉が発せないのでそんな返事になってしまうのだが、目いっぱい不思議そうな音は出した。

「優しいよ、笑った顔とか、俺は好きだし」
「んー…」

 ソゾにはよく「またそんな人の事茶化してる顔するなよー」とけらけらと笑われることもあるし、そんな優しく笑っているつもりもない。出来るだけ人が警戒しそうなにやっとした顔を心掛けて、というよりもともとそんな笑い方っていうのはあるんだけど。
 笑った顔が好き、ときたかあ、ふうんと頷きながらやっとのことで飲み込む。

「リンドー君ほんと、女の子とお喋りする時は気をつけなさいね」
「……あ、そうか、今のも確かにまずいか」
「素直でよろしいけどねえ」」
「うーん…」
「悩むことでもないでしょ」
「でも気を付けて発言しないと…女性と話すこともないわけじゃないから」
「そぉねえ、それに越したことはねぇわな…ダンみたいに王子様~って感じキープしてみたいならいいけどねえ」
「ダンは確かにそんな感じはあるけど…俺王子様って柄じゃないしな」

 ダンっていう奴は顔がいい。カタシロも顔がいいけどカタシロとは違う方面だ。彼が綺麗系…それも中性的っていう言葉がピタッとはまる綺麗な男だとすればダンは顔が整ってる美形、という感じがある。垂れた目が優しく、金の短い髪は少し癖が強い。癖ッ毛らしく、伸ばしている最中とも聞いた。
 リンドウは確かに王子様という柄でも外見でもないでしょうなあと思う。どちらかといえば年上の女の子が好きそうな少年さの残ってるタイプで、そういうとこはソゾと近いなあと思う。

「年上に好かれそうだよねえリンドー君は」
「ええ?」
「ほんとほんと」
「ううん、そう、なのかな」
「そぉだよー」

 ソゾは年上というより、見たところ同年代の女の子がいいみたいだけど。

「年上の女の人ってなんか怖くないか?」
「年下が好み?」
「う、ううん、多分…?わからないけど」
「まあまあ、そのうち良い人が見つかるでしょ」
「そう、そうかな」
「そーだよー、まあ、見つからないのも人生ですな」
「ユーディルガーは年上が好きなのか?」
「はあー、おれぇ?うーんそうだねえ、どちらかといえば年が近ければ問わないかなあ…別にい」

 ふぅんと相槌をうってくれたリンドウは少しだけ考えるようなそぶりをしたあと、まあ、何か一人で納得したこともあったのかうんうんと頷いている。

「ユーディルガーって面倒見がいいから、きっといいひと見つかると思う」
「そ?ありがとー」
「うん」

 ふふ、と笑った彼は、やはりまだ幼さが残る青年だ。

end.
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