君と僕

「あらー、リンドー君おひさしー」
「こんにちわ」

 ぼさっとした長い緑の髪を、いかにも適当に結わえたという感じのその人はにやりとした特徴的な笑みを浮かべて本を読んでいた。基地内にある公園スペースの数少ないベンチ、しかもかなり隅の方に座っているその人を見かけて挨拶を、と話しかければ片手を上げて挨拶してもらえた。同期生であることは知ってはいても年上らしいので一応挨拶、だ。

「訓練は?」
「今日は非番で」
「あぁそぉ、キチョーなお休みエンジョイしてきなさいな」
「…じゃあ、ユーディルガーの隣、いいかな」
「俺ぇ?ふぅん…いいよ、どぉぞどぉぞ」

 たいして真ん中に座っていたというわけじゃないのに、俺が座るためにもう一度位置を変えて彼が座り直してくれる。

「キチョーな休みでしょーに、友達と遊んだらあ?」
「ソゾはカタシロ達と遊んでるけど」

 朝一番に遊ぶか?と部屋に飛び込んできたソゾに、今日はいいかなとつたえたとき、そっかと快活に笑ってまた今度なと、そう言って飛び出していったのを思い返して少し笑ってしまう。

「あらら、混じれないタイプぅ?」
「いや、その、ユーディルガーと仲良くなろう、って思って」
「えーなにぃそれぇ、俺が言うのもなんだけど、変わってるぅ」
「友達になるには色々話さなくちゃだし」
「まぁ、そぉかなあ」

 ぱら、と頁をめくる音が聞こえてくる。手にはブンコ、とかいう種類の形態であってたと思う本がある。

「何を読んでるんだ?」
「エッチな本」
「ふうん」
「ツッコミなし?」
「いや、別に不思議じゃないかなあって」
「まー、お年頃なら読むかって?」
「うん」

 くっくと笑うのが特徴的だと思ってしまう。カンノウショウセツ、というのがあるのは知ってる。

「読んでないよ、これはさあー童話集みたいなもん」
「童話…」
「好きなの、こーゆぅのー、お子様向けとか言いつつもシビアな話題がおおいとことか」
「そうなんだ」

 ふっとユーディルガーがこっちを見て笑う。先ほどの笑い方と違う、微笑む、という方の笑い方をする彼はなんというか、そう、年は近いけどどこか落ち着いていて優し気だと思う。この前初めて会った時にも何の躊躇いもなく微笑んでもらったのを思い出す。
 諜報部、と言うからもしかすれば「そういう笑顔を作る」事に長けているかもしれないけど、ソゾと話していた時の彼は始終優し気に彼を見ていたと思う。
 そんなことを考えていると彼の手にある本がぱたんと栞すら挟まれず閉じられる。

「あ、読書の邪魔をする気はなくて」
「おしゃべりしたいって言ってんのに俺が本読んでて生返事っつうのはまずいっしょ」
「でも、読んでたんだろ」
「何回も読んでるからおおざっぱな内容は頭に入ってんの」

 お気遣いどうも、とだらんとした声が告げる。改めて見るとユーディルガーは全体的に、制服の着方もだらしがないな、と思う。髪の毛も特に熱心に手入れをしているわけではないらしくぼさ、っとしていて編み方も「編めばいい」という雰囲気だ。それでも「編み込む」という手間はかける不思議な男だとも思う。襟もよれていて、綺麗にはしているのだろうが皺をとるだとかいう作業はしていないのだろうとも思う。

「なぁにそんな熱烈に見てぇ」
「や、襟がよれてるとおもって」
「あぁ、めんどうなんだよね、わかるだろ?こんな性格だから」
「まだユーディルガーがどんな性格か知らないから同意は出来ないよ」
「あらぁ、そぉ…真面目だねえ」
「ユーディルガーも真面目だってソゾが言ってたけど」

 今度は短く、くくくと笑って彼の肩が揺れる。

「リンドー君ほどじゃあないですよぉ?でもまあ君はそーゆータイプね、ソゾとはまた違うから楽しくなりそーねえ」
「そういう?」
「自分が見たものを信じそーなタイプってこと」
「…何かダメかな」
「いやいや、良いことだと思いますよぉ、戦場じゃあ都度状況は変化するしねえ、人の心も然りですからぁ」

 うんうん、と頷いているユーディルガーは茶化すように発言こそするものの、その瞳は真面目だ。

「ユーディルガーの出身は?」
「惑星ガーディア」
「ガーディアというと、あの竜騎士の居る?魔術士が多い惑星だったけ」
「とはいっても俺はそんなんじゃあないよ、柔軟性が高いっつうのと外に放り出してもダイジョーブな立場だったんでここにいるだけぇ…一応家柄は騎士家系ではあるけどねえ、俺剣とか振り回すの苦手だからー」

 惑星ガーディア、と言えばそこそこに有名だ。まだまだ惑星自体に宇宙の概念は浸透していないながらも中央部の国家においては強力な竜と騎士兵を外に配して星を護っている変わった惑星でもある。
 彼は今謙遜していたものの、頭は廻るのだろうと思う。公用語を覚えるのだって大変だろうに。

「騎士家系で大丈夫ってことは末とか真ん中くらいか?」
「末っ子ですぅ、どーもー、っつっても俺が居た時はの末っ子だからもしかしたら増えてんのかもしれないけどキョーミないねえ」
「興味ないのか」
「もともと剣振り回すの苦手だったし騎士にもなりたくなかったからさあ、折り合い悪いってやつぅ、だから入隊してから一回も帰った事ないねえ、」
「帰る気もないんだろ」
「そうそう、よくわかるねえ」
「俺も同じだし」
「あらぁ、そお?リンドー君人が良さそーだからそんな風に見えないけどねえ」

 ぱちぱちと目を瞬かせているユーディルガーは本当にそう思ってくれているのかもしれない。

「基本的に俺達魔神っていうのは種族にもよるけどある程度の年になったら一人で暮らしだすんだ、だからまあ、帰っても俺は家族がいないので」
「はあ、シビアだねえ」

 うん、と相槌を打つ。

「外では違うらしいって知ったのも入隊してからだったから」
「でもほら、魔術士もそっちいたでしょ」
「厳密にいうなら召喚士の類なんだけど、彼らは俺達と家庭の文化が違うからそういうものだなあーくらいにしか思ってなくて…だから、うん、その、笑わないでくれると嬉しいけど」
「はいはい、厳粛に聞きますよお、どうぞ」

 すっと細められた瞳は何処までも優しい。ほっと安心する気持ちに包まれながら少しだけ、言うのが気恥ずかしい気持ちもある。

「おかえり、って言われて、嬉しくて」

 ちらりと伺うと、ユーディルガーは微笑むが、茶化したりなんて雰囲気はなく、首を傾げて、多分、先をどうぞと促してくれた。

「おかえり、っていってくれたのが嬉しくて、そういうの、いいなあって思ったんだ…だから、そのーえっと、ユーディルガーが迷惑じゃない限りでいいんだけど、此処に戻ってきた時は君に会いに来ていい?」
「俺はリンドー君におかえりーっていえばいいわけだ?」
「変なお願いで申し訳ないんだけど、うん」
「いいですよお、お兄さんそのくらいなら喜んで」
「い、いいのか?」
「君から頼んだんでしょーが、いいの」

 彼の指先がそう言って頬をぐに、とつついてくる。

「ありがとう、嬉しい」
「いえいえ、俺もソゾやらにおかえりっていうの好きだからね、いいよ」
「うん、ありがとう」

 ぽん、と優しく叩かれた肩は少し、軽くなった様な気持ちだ。

「でもいう相手が女の子じゃあなくてよかったねえ」
「え?」
「リンドー君は可愛らしく凛々しいお顔立ちだからねえ、気を付けないと女の子は勘違いしちゃうぞぉ」
「ぁ、う、うん、そうだ、そうだな、気を付ける」
「よろしいよろしい、素直な子はお兄さん大歓迎」

 はははと声を上げて笑う。これはたぶん「リアクション」として表面に出した「笑顔」だろうな、と直感的に感じる。多分彼の本来の笑顔、というのはさっきの、微笑むに近いものなのかもしれない、と、まだ知らないながらそう思う。
 直感でなんて変な話だけど、魔神種はそもそも「召喚士」と契約して初めて深く自分の力を発揮できる種族で、直感的なものが鋭いらしい、というのは入隊してから検査の時に言われたと思う。だから相性のいい術者を見極めるのにいいんだとかなんだとか。

「素直、ってことはソゾの事も大歓迎なんだな」
「ソォゾォ?お前、ああ、ごめん、リンドー君、あんな底抜けに良い奴大歓迎しないわけがないでしょぉ」
「あはは、お前でもいいよ」
「いやいや、そういうわけにはいかないからぁ」

 ごめんごめん、と笑う彼はまだ穏やかに笑う。「建前の笑顔」か「本当の笑顔」か、見極めるのはまだ、難しい。

「ソゾは明るくていい奴だ、わかってるでしょぉ」
「うん、わかる。…ひとりでつまんなそーにしてるから声かけたって言われた時は笑ったけど」
「ソゾちゃんらしい~」

 くくくと笑う彼は俯いたときに少しだけ垂れた髪を耳にかける。

「よっぽどほっとけないセンサーが反応する顔してたんでしょぉなあ」
「ほっとけないセンサー?」
「あいつ、お人好しですうって顔してるだろ」
「ええ?」

 言われてみれば、まあ、そんな顔はしているかな、と思う。とっつきやすい笑顔と言動は、個人的に好印象だ。

「ソゾちゃんなあ、ちょーーーっとめんどくさそうな子の気持ちを開くのが上手なのよ。本人は気がついてないんだけどねぇ」
「俺も面倒くさそうだったかな」
「どうかな、単純に兄貴風吹かせたいだけって時もあるからな」
「兄貴風かあ」
「手のかかるお兄ちゃんだけど同期生だし、仲良くしてやって」
「ユーディルガーの方がなんだかお兄さんみたいだな」
「ソゾちゃんがおこちゃま過ぎるかなあ?まあそこが好きなんだけどね」

 人工的な風がそよりと吹いて彼の髪を少しだけ揺らす。ふわりと風に乗って微かに香ってきた匂いにくん、と鼻を鳴らしてしまうと、彼と目があって、なあに、と笑われた。

「良い匂いがしたな、と思って」
「良い匂い?何かな?」
「なんだろう?」
「洗髪剤かもねえ」
「そっか」
「今の友達っぽい会話だったかなあ?」
「そう、かな?」
「まあまあ、ともかく、日常的な会話でもウェルカムだから、暇してたらソゾちゃんでも友達でも連れて来なさいよ、大概俺ここに座って読書してるか部屋で寝てるし」
「ああ、わかった」
「ほんと素直ねえ君」
「素直な方が歓迎されるんだろ?」

 きょと、っとした後、ははは、と本当に楽しそうに笑ったユーディルガーは、勿論、と頷いてくれた。

end.
2/5ページ