「いやあ!久しいなあ貴公子殿!」
「ベテルギウス殿」

 仕事だと出て行ったきりまるで音沙汰もなかったが(そもそも連絡手段がどういうものがあるのかさえいまだ知らないのだが)、のしのしと歩きながらベテルギウス殿が久方ぶりに顔を見せた。

「そちらの方、は?」

 元気そうにしているなら、まあまずは、いいのかと思いつつ、丸太を数本肩に担いでいる女性が目に付いてしまう。背格好はベテルギウス殿とさほど変わらないように見えるのだが、肌を多く見せ、しかも、生々しい傷跡が多く目についてしまう。赤い髪と、赤い瞳も、やはり条件反射で、確か赤色の瞳と髪を持っているのはと思考を巡らせかけて押しとどめる。

「ああ、こっちはゼルマだ、この宿に丸太やらなにやら運んでくれる」
「なんだ!これがベテルギウスのいう貴公子ってのか」
「なかなかに素敵だろう?特に顔の傷が男ぶりを引き立てていて実にいいと思わないか?攻撃的に見えてぞくぞくするだろ?」
「わかるかこんな目深にフードなんか被って」

 ばさり、と問答無用とばかりにフードを脱がされ、マジマジと見上げられる。自分より確かに小柄な女性ではあるが、女性、にしてはベテルギウス殿しかり、二人とも背が高い方だと思う。
 ギラギラとした瞳と、快活に笑う笑顔と、行動の速さで警戒することを失念してしまっていた。

「はーん、お前こういう顔が好きなのか?」
「いいや全く!!」
「なんだそりゃ」

 大きな声で笑う彼女は、また、違ったタイプの女性のようだ。

「あっ、ゼルマさんでしたか」

 笑い声を聞いたのか、セルベル殿が裏口を開けて様子を見に来た。姿を確認すると小さく笑ったように思う。

「おお、坊主、また持ってきたから使ってくれ」
「いつもありがとうございます」
「いいんだいいんだ、アタシも助かる!」

 大きな声は、先日会ったユルシュル殿とはまるで対極にあるものだ。そこそこに幅のありそうな丸太を数本、ごろごろと転がし、しかし疲れた様子もないあたりかなりの重量は担げるだけの力があるのだろう。

「ゼルマ・アルゼンだ!アンタは?」
「うっ…」

 油断していたわけではないが、急に、ぐ、っと距離が近くなり、つい後退る。

「ノ、ノニン、です」
「名前を思い出せたんだな貴公子殿!良かった良かった!」
「あ、ああ、すまないベテルギウス殿、ご心配をおかけした」
「アンタ男の割には腰が低いな」

 じろじろとアルゼン殿に見つめられて委縮してしまいそうになる。そんなにいけないことだろうか、いや、しかし、女性が優位ではないのなら、正しい反応なのかもしれない。身の回りには彼女たちのように自ら剣をもって戦う女性が当然のようにいたし、国を治めると言えば普通は女王の方が優位だ。
 それを、もともと男が多く生まれる家柄であったとはいえ兄はたった一人で周囲の女王を配下に置いて大国にしてしまった。という事を考えればやはり兄は才能ある人で、自分は足元にも及ばないやはりただの替え玉か、盾にもならぬ存在かと少し思考にどんよりとしたものがまざる。

「まあ、自分が一番偉いっつうような男よりはアンタみたいな方がアタシは好きだが」
「奇遇だなあ、私もだ」
「ベテルギウスに同調されてもなあ」

 大きな笑い声はそんな思考を飛ばすようだ。ああ、よかった不快にはさせなかったようだと安堵する。

「何はともあれ、距離はあるが近所だ、よろしく頼むぜ」
「は、はあ」

 豪快な笑い方が本当に印象的だ。ばし、と背中を叩く力は、恐らく素手でやり合うと勝てるかどうかさえ怪しい力を感じる。

「ノニンさん記憶喪失なので、ゼルマさん、何かあった時はよろしくお願いします」
「おお、そうかそうか、アンタも大変だな!!まあ!そのうち思い出せるさ!」
「あ、ああ、ありがとう」

 気楽にやろう、という彼女は、外見から受ける印象は少し傷跡のせいもあって身構えるが、随分気持ちとしてはすっきりした方だと感じた。白黒ハッキリ言いそうな、そんな人に見える。

「ああ、そうだそうだ、セルベルにアタシは用事があるんだ」
「そうだったな!」
「じゃあまたなノニン」
「あ、ああ」

 既に厨房に顔をひっこめただろうセルベル殿に会うために、堂々とした歩き方で向かって言った二人を見ながら、良く似ている二人だと思う。ついでにいうなら、やはり、セルベル殿の周囲には逞しい女性が多く集まっている気がしながら、頂いた丸太を切り分けないと、と作業に戻ることにした。
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