夏
ため息をつくとまた心配をかけてしまうだろう、と無意識につきそうになったものを飲み込んだ。
レスライン殿が、あの夜以来、ますます俺を睨みつけてくる。
うん、原因は明白なのだ。わかっている。勝手に、許可なく薄着の女性を抱きしめてしまったから怒っているのだ。そもそも、女性扱いをしてしまったことも、多分お怒りなのだ。ああ、と後悔しても遅く、それでもユッテと居る時は気を遣っては下さっていることが心苦しくもある。謝らなくてはいけないと思うのに、彼女に話しかけるタイミングを逃し続けて何日経過したのか、多分9日くらいは経ったと思う。
「ため息ついてると幸せがにげちゃいますよ?」
つんとつつかれた頬にぎょっとして肩を跳ねさせると、心配そうに書物を読む手をとめて此方を見ているアメイシャ殿と、つついてきたレヴェンデル殿が笑っている。
「す、すまない、ため息、そんなについてただろうか」
我慢していたというか意識してしないようにしていたのに、と口を覆うとおかしいとでも言わんばかりにレヴェンデル殿がくすくすと肩を揺らして笑う。
「してませんよ」
「……え」
「あんまりにも深刻そーーーな顔してるので」
「どうかなさったんですか」
してやられたのか、と相変わらずレヴェンデル殿の鋭さに項垂れているとアメイシャ殿にまで心配をされてしまう。
「いや、たいしたことじゃなくて…」
「エデルガルドと喧嘩したんですか?」
「え!?レスライン殿とですか!?」
「えっ!!??」
図星ーと言いながら指を小さく指してきたレヴェンデル殿は、最近分かったのだが茶目っ気がかなりある人らしい。俺の思う以上に冗談も言う。
「彼女、彼の事を警戒していますから」
「そ、そうなのですか、…しかし、ノニン殿は身元も不確かですから。レスライン殿が警戒なさってしまうのは仕方がないことですね…」
どうにかできないでしょうかと真面目に考えこむアメイシャ殿の横でにやにやと笑っているレヴェンデル殿につい首を竦める。
「提案があるんですがアメイシャ」
「はい」
「…暫く彼女をノニンさんの護衛にしては?」
「え゛」
提案の内容に思わずぎょっと声を上げた俺に対してアメイシャ殿は目を輝かせている。
「護衛…なるほど、距離を詰める方が良いかもしれません!ノニン殿の事を知っていただくのにはとてもいい提案です」
「アメイシャから頼めばきっと彼女も首を縦に振りますよ」
「レヴェンデル殿」
「ご不満?」
「そ、そこまでしていただかなくても…いい、から…」
「そーいえばぁ、エデルガルドが今日は来ておりませんでしたあ?」
わざとらしい声音にはからかうというよりもあからさまに注意を引かせるような音が乗っていて、アメイシャ殿は、そうだった、そうならば、と言わんばかりに頷いた。
「で?」
「私も手が離せないから、貴女この人についてわからないことがあったら教えてあげてください」
「は?」
「私もいろいろ忙しいんですよ、ほら、ついでに監視が出来て良いでしょ、お願いしますね」
「ギーゼラ・レヴェンデル!!」
「ばいばーい」
記憶喪失ということになっている俺は「文字も頭から抜け落ちていることが多々見受けられた為、読み書きの訓練も兼ねて書庫を貸切って勉学をする」ことになったが、「指南役であるレヴェンデル殿は用事があって付き添えない」ので、ちょうど参上していたレスライン殿が見張りついでに指南してくれないか、という流れに落ち着いてしまった。端的に言えば、こういう場をお膳立てしたから仲直りをしろという事ではあるのだが、レヴェンデル殿はどことなく楽しそうに笑っていた。
久しぶりにみた彼女とは相変わらず視線が合うことが無い。ただそれだけなのにじくじくと気持ちが痛む。
ぴりりとした空気はどちらかと言えば「レヴェンデル殿が不信だ」という雰囲気なのだが、もしかすれば俺も、気に入らないのかもしれない。おろおろと視線を彷徨わせているとレヴェンデル殿が一方的にレスライン殿へ「俺を押し付けた」といった感じで、たいして広くはないがそれでも充実していそうな量の書物が揃っている書庫に、レスライン殿と共に、取り残されてしまった。
睨まれることもなければ、声をかけられることもない。動かなくてはますます不審がられてしまうかもしれない、ともそりもそりと移動して本棚を見ていれば、レスライン殿が移動に合わせて、距離こそ置かれているがついてきているのは感じる。
一応これらは、オルフェ家の蔵書、ではある。人の所有物を傷つけないように本を取り出して、パフォーマンスとしてぱらぱらと斜めに視線を走らせながら文字をかいつまんで拾う。手に取ったものは恋物語が多く載った書物らしい。そっと棚に戻し、数冊となりの本を抜き取る。これは多分だが軍事系の書物、な気がする。部外者の俺があまり国内事情が書かれたものを読んではまずいかもしれないと棚に戻す。
折角だから、読んでみたい本はある。あるが、彼女が背後に控えている手前妙な質問も出来ない。例えば上の階級なら知っていて当然といった知識や、軍属の常識、もあまり身についていない。常識的な事を聞いても、普通ならまあ、そんなことも記憶にないのかで済むかもしれないが、彼女にそれは通用しない気もしている。
「嫌なら出て行けばいい」
はっきりとした言葉に思わず顔をあげ彼女を見る。
軍帽を深くかぶっていて、表情は分からない。
「あの女が勝手にしたんだ、貴様、あの女といた方が気が楽なんじゃないのか」
「そ、んな、こと」
「あいつが何を考えてるかは知らんが、義理立ててここにいる理由はないだろう」
手に取りかけていた書物を戻し、彼女の方を向く。相変わらず、背を伸ばした立ち姿は凛としていて、隙がない。
「俺…」
「私といても時間の無駄だとまだわからないのか」
「…無駄、」
無駄だなんて思えない。思うわけがない。口を開こうとしてレスライン殿がドアに向かって歩きだした背中を慌てて追いかけた。
「レ、レスライン殿」
「ドアを開けてやるから出て行け、さっさと」
冷たいままの音に焦りがでる。彼女がドアノブに手をかける。ノブを下に下げて引けば、ドアは開く。開いたら、俺は出て行かなくてはいけないのだろうか、と焦って、ドアを片手で抑えて、思いのほか大きく、バン、と鳴った音に、俺だけが驚いてしまった。彼女はただ、冷たく見上げてくる。
「す、みません、でした」
彼女が何かを言おうとして薄く開いた唇にドキリとしながら思考を外し、先に、謝罪をしなくてはと言葉を出す。扉を強く封じてしまったことも、先日酷いことをしたことも。
「この、間、貴女に、無礼を…」
「……」
彼女の唇が閉じる。冷たいままの瞳がこちらをまるでみない事が心を刺す。
「ほ、んとうに、その、すいません、でした…、あ、あの、あんな…」
「別に」
感情の乗らない音にきつく目を閉じたくなる。
「レスライン殿の、お時間を、頂いてしまって」
「……どうでもいいな」
「だ、って、お休みでした、のに」
「どうでもいいといった」
「ど、どうでもよく、ない、です、お、俺にとっては、どうでもよくなんか」
彼女の右手がドアノブを引こうとする。あわてて手に力を入れて、ドアを抑えるが、ぎろりと睨み上げられてしまう。
「あ、しゃ、謝罪を、謝罪をさせて、ください、きちんと、あの」
「なに?」
「あ、なたを、抱きしめてしまった、から…謝罪を…させてください…申し訳ありません、でした」
「謝るくらいならしないでほしいものだが?」
仰る通りだ、と返す言葉もない。
「私のようなのなんか抱きしめて何が楽しいんだか」
「好きな女性を抱きしめたいと思うのは、いけないことです、か」
「女性?はっ……」
「わ、笑わないでください…」
彼女は何処か冷笑するような、そんな冷めた顔をするものだから、つい、反抗してしまう。そんな風に言わないでほしい、と思うものの、この世界での女性への待遇と、自分の置かれていた自国でのことなどを考えてみるに、そんな台詞が出るほどに、彼女は冷遇され続けてきたのだろうかだとか、そういう言葉を出して先手を打つしかない程、言われ続けているのか、だとか考えてしまうと、言うな、ともいえずにいる。
でも、結局この思考も俺の推測や妄想の域を出ず、これで彼女を哀れんだり何かするのは、違う。本当に彼女が高潔な人なら、あまりにもそれは失礼過ぎる思考に違いはない。俺は、俺の感覚で、やはり彼女を捉えるほかない。
「俺にとっては、貴女は、綺麗で、美しい、人で、だから、」
「美しい?私が?目が悪いんじゃないのか」
「う、美しいです、貴女は、美しい人です。…凛とした、姿だって、素敵です」
「………」
「だ、だから、……ほ、ほんとうに、好き、だから、失礼な事をしてしまった、ので、謝らせて、ください」
「…勝手に謝ってろ」
どうしたら彼女に、僅かでも、俺の言葉が真だと伝わるのかがわからない。でもこのような感情さえ、ただの俺の身勝手でしかない。想う事は許されていて、しかし、彼女は俺の言葉を受け止めるなどとは言っていない。
「貴様の世辞なんぞいらん」
「せ、っ世辞、なんか、じゃ!」
大きくなってしまった声に、彼女がやっと、こちらをきちんと見てくれる。
「……世辞だろう」
感情の籠らない音がぽつりと零れて床に落ち、散らばるような気さえした。
「レスライン殿の、金の髪を、俺は美しいと思っています……。瞳の色だって…綺麗、で、顔の傷だって、その、俺にとっては、魅力的に見える、のに、」
「………話は済んだか」
「う、ぅぅ……」
昔から何もうまくできなかった。いつも兄の方が、何でもうまくやって見せた。勉学も剣術も、魔術も、男女のやりとりだって。
どうして、どうして俺はうまくできないのだろうと歯がゆくなる。真摯に言葉を手向けているつもりではいるのに、結局、彼女にも届いていない気がする。いや、届くだけが、ありがたいのだ。聞いて貰えるだけ、有難いと思わなくてはいけないのだ。
欲しい、と初めて思うのに、欲してはいけないとも思う。
自分の我儘を、彼女に押し付けている俺は、馬鹿だ。
「出ろ」
彼女のその小さな言葉に、ドアを抑えていた手をどける。静かに、重く開いた扉の向こうに、ただ、俺は向かう事しか出来なかった。
レスライン殿が、あの夜以来、ますます俺を睨みつけてくる。
うん、原因は明白なのだ。わかっている。勝手に、許可なく薄着の女性を抱きしめてしまったから怒っているのだ。そもそも、女性扱いをしてしまったことも、多分お怒りなのだ。ああ、と後悔しても遅く、それでもユッテと居る時は気を遣っては下さっていることが心苦しくもある。謝らなくてはいけないと思うのに、彼女に話しかけるタイミングを逃し続けて何日経過したのか、多分9日くらいは経ったと思う。
「ため息ついてると幸せがにげちゃいますよ?」
つんとつつかれた頬にぎょっとして肩を跳ねさせると、心配そうに書物を読む手をとめて此方を見ているアメイシャ殿と、つついてきたレヴェンデル殿が笑っている。
「す、すまない、ため息、そんなについてただろうか」
我慢していたというか意識してしないようにしていたのに、と口を覆うとおかしいとでも言わんばかりにレヴェンデル殿がくすくすと肩を揺らして笑う。
「してませんよ」
「……え」
「あんまりにも深刻そーーーな顔してるので」
「どうかなさったんですか」
してやられたのか、と相変わらずレヴェンデル殿の鋭さに項垂れているとアメイシャ殿にまで心配をされてしまう。
「いや、たいしたことじゃなくて…」
「エデルガルドと喧嘩したんですか?」
「え!?レスライン殿とですか!?」
「えっ!!??」
図星ーと言いながら指を小さく指してきたレヴェンデル殿は、最近分かったのだが茶目っ気がかなりある人らしい。俺の思う以上に冗談も言う。
「彼女、彼の事を警戒していますから」
「そ、そうなのですか、…しかし、ノニン殿は身元も不確かですから。レスライン殿が警戒なさってしまうのは仕方がないことですね…」
どうにかできないでしょうかと真面目に考えこむアメイシャ殿の横でにやにやと笑っているレヴェンデル殿につい首を竦める。
「提案があるんですがアメイシャ」
「はい」
「…暫く彼女をノニンさんの護衛にしては?」
「え゛」
提案の内容に思わずぎょっと声を上げた俺に対してアメイシャ殿は目を輝かせている。
「護衛…なるほど、距離を詰める方が良いかもしれません!ノニン殿の事を知っていただくのにはとてもいい提案です」
「アメイシャから頼めばきっと彼女も首を縦に振りますよ」
「レヴェンデル殿」
「ご不満?」
「そ、そこまでしていただかなくても…いい、から…」
「そーいえばぁ、エデルガルドが今日は来ておりませんでしたあ?」
わざとらしい声音にはからかうというよりもあからさまに注意を引かせるような音が乗っていて、アメイシャ殿は、そうだった、そうならば、と言わんばかりに頷いた。
「で?」
「私も手が離せないから、貴女この人についてわからないことがあったら教えてあげてください」
「は?」
「私もいろいろ忙しいんですよ、ほら、ついでに監視が出来て良いでしょ、お願いしますね」
「ギーゼラ・レヴェンデル!!」
「ばいばーい」
記憶喪失ということになっている俺は「文字も頭から抜け落ちていることが多々見受けられた為、読み書きの訓練も兼ねて書庫を貸切って勉学をする」ことになったが、「指南役であるレヴェンデル殿は用事があって付き添えない」ので、ちょうど参上していたレスライン殿が見張りついでに指南してくれないか、という流れに落ち着いてしまった。端的に言えば、こういう場をお膳立てしたから仲直りをしろという事ではあるのだが、レヴェンデル殿はどことなく楽しそうに笑っていた。
久しぶりにみた彼女とは相変わらず視線が合うことが無い。ただそれだけなのにじくじくと気持ちが痛む。
ぴりりとした空気はどちらかと言えば「レヴェンデル殿が不信だ」という雰囲気なのだが、もしかすれば俺も、気に入らないのかもしれない。おろおろと視線を彷徨わせているとレヴェンデル殿が一方的にレスライン殿へ「俺を押し付けた」といった感じで、たいして広くはないがそれでも充実していそうな量の書物が揃っている書庫に、レスライン殿と共に、取り残されてしまった。
睨まれることもなければ、声をかけられることもない。動かなくてはますます不審がられてしまうかもしれない、ともそりもそりと移動して本棚を見ていれば、レスライン殿が移動に合わせて、距離こそ置かれているがついてきているのは感じる。
一応これらは、オルフェ家の蔵書、ではある。人の所有物を傷つけないように本を取り出して、パフォーマンスとしてぱらぱらと斜めに視線を走らせながら文字をかいつまんで拾う。手に取ったものは恋物語が多く載った書物らしい。そっと棚に戻し、数冊となりの本を抜き取る。これは多分だが軍事系の書物、な気がする。部外者の俺があまり国内事情が書かれたものを読んではまずいかもしれないと棚に戻す。
折角だから、読んでみたい本はある。あるが、彼女が背後に控えている手前妙な質問も出来ない。例えば上の階級なら知っていて当然といった知識や、軍属の常識、もあまり身についていない。常識的な事を聞いても、普通ならまあ、そんなことも記憶にないのかで済むかもしれないが、彼女にそれは通用しない気もしている。
「嫌なら出て行けばいい」
はっきりとした言葉に思わず顔をあげ彼女を見る。
軍帽を深くかぶっていて、表情は分からない。
「あの女が勝手にしたんだ、貴様、あの女といた方が気が楽なんじゃないのか」
「そ、んな、こと」
「あいつが何を考えてるかは知らんが、義理立ててここにいる理由はないだろう」
手に取りかけていた書物を戻し、彼女の方を向く。相変わらず、背を伸ばした立ち姿は凛としていて、隙がない。
「俺…」
「私といても時間の無駄だとまだわからないのか」
「…無駄、」
無駄だなんて思えない。思うわけがない。口を開こうとしてレスライン殿がドアに向かって歩きだした背中を慌てて追いかけた。
「レ、レスライン殿」
「ドアを開けてやるから出て行け、さっさと」
冷たいままの音に焦りがでる。彼女がドアノブに手をかける。ノブを下に下げて引けば、ドアは開く。開いたら、俺は出て行かなくてはいけないのだろうか、と焦って、ドアを片手で抑えて、思いのほか大きく、バン、と鳴った音に、俺だけが驚いてしまった。彼女はただ、冷たく見上げてくる。
「す、みません、でした」
彼女が何かを言おうとして薄く開いた唇にドキリとしながら思考を外し、先に、謝罪をしなくてはと言葉を出す。扉を強く封じてしまったことも、先日酷いことをしたことも。
「この、間、貴女に、無礼を…」
「……」
彼女の唇が閉じる。冷たいままの瞳がこちらをまるでみない事が心を刺す。
「ほ、んとうに、その、すいません、でした…、あ、あの、あんな…」
「別に」
感情の乗らない音にきつく目を閉じたくなる。
「レスライン殿の、お時間を、頂いてしまって」
「……どうでもいいな」
「だ、って、お休みでした、のに」
「どうでもいいといった」
「ど、どうでもよく、ない、です、お、俺にとっては、どうでもよくなんか」
彼女の右手がドアノブを引こうとする。あわてて手に力を入れて、ドアを抑えるが、ぎろりと睨み上げられてしまう。
「あ、しゃ、謝罪を、謝罪をさせて、ください、きちんと、あの」
「なに?」
「あ、なたを、抱きしめてしまった、から…謝罪を…させてください…申し訳ありません、でした」
「謝るくらいならしないでほしいものだが?」
仰る通りだ、と返す言葉もない。
「私のようなのなんか抱きしめて何が楽しいんだか」
「好きな女性を抱きしめたいと思うのは、いけないことです、か」
「女性?はっ……」
「わ、笑わないでください…」
彼女は何処か冷笑するような、そんな冷めた顔をするものだから、つい、反抗してしまう。そんな風に言わないでほしい、と思うものの、この世界での女性への待遇と、自分の置かれていた自国でのことなどを考えてみるに、そんな台詞が出るほどに、彼女は冷遇され続けてきたのだろうかだとか、そういう言葉を出して先手を打つしかない程、言われ続けているのか、だとか考えてしまうと、言うな、ともいえずにいる。
でも、結局この思考も俺の推測や妄想の域を出ず、これで彼女を哀れんだり何かするのは、違う。本当に彼女が高潔な人なら、あまりにもそれは失礼過ぎる思考に違いはない。俺は、俺の感覚で、やはり彼女を捉えるほかない。
「俺にとっては、貴女は、綺麗で、美しい、人で、だから、」
「美しい?私が?目が悪いんじゃないのか」
「う、美しいです、貴女は、美しい人です。…凛とした、姿だって、素敵です」
「………」
「だ、だから、……ほ、ほんとうに、好き、だから、失礼な事をしてしまった、ので、謝らせて、ください」
「…勝手に謝ってろ」
どうしたら彼女に、僅かでも、俺の言葉が真だと伝わるのかがわからない。でもこのような感情さえ、ただの俺の身勝手でしかない。想う事は許されていて、しかし、彼女は俺の言葉を受け止めるなどとは言っていない。
「貴様の世辞なんぞいらん」
「せ、っ世辞、なんか、じゃ!」
大きくなってしまった声に、彼女がやっと、こちらをきちんと見てくれる。
「……世辞だろう」
感情の籠らない音がぽつりと零れて床に落ち、散らばるような気さえした。
「レスライン殿の、金の髪を、俺は美しいと思っています……。瞳の色だって…綺麗、で、顔の傷だって、その、俺にとっては、魅力的に見える、のに、」
「………話は済んだか」
「う、ぅぅ……」
昔から何もうまくできなかった。いつも兄の方が、何でもうまくやって見せた。勉学も剣術も、魔術も、男女のやりとりだって。
どうして、どうして俺はうまくできないのだろうと歯がゆくなる。真摯に言葉を手向けているつもりではいるのに、結局、彼女にも届いていない気がする。いや、届くだけが、ありがたいのだ。聞いて貰えるだけ、有難いと思わなくてはいけないのだ。
欲しい、と初めて思うのに、欲してはいけないとも思う。
自分の我儘を、彼女に押し付けている俺は、馬鹿だ。
「出ろ」
彼女のその小さな言葉に、ドアを抑えていた手をどける。静かに、重く開いた扉の向こうに、ただ、俺は向かう事しか出来なかった。