「おや、貴公子殿、ため息か?」

 隣の席で昼食をとっていたベテルギウス殿にそんなことを言われてぎくりと肩を跳ねさせてしまう。そんなにため息をついていただろうかとちらりとレヴェンデル殿をみれば「ついてました」と言わないまでもにっこりと微笑まれて俯いてしまう。

「悩み事があるなら神父殿のとこにでも行って話だけ聞いてもらうのがいいかもしれないぞ?」
「あら、いいですね、女性相手じゃ話しづらい悩みもあるかもしれませんしね」

 そんなことを言われ、背中を押されるようにして、ピスケス殿が管理する教会についてしまう。行かなかったというのも心配してくださった彼女らに悪いと思い、そろそろと扉を開けるとピスケス殿がなにやら祭壇の前で佇んでいた。声をかけていいものだろうかと悩みながらそっと近くの椅子に腰かけ、彼が、恐らくは祈りでも捧げているのだろう。それを邪魔しないようにじっと待つ。暫くしてから閉じていた目を開け、顔を上げた彼がやっとこっちの気配に気がついたらしく、驚いたような顔をする。

「ノニンさん、どうかしましたか」
「ああ、いや、…近くを通って」
「……そうですか」

 静かに隣に腰かけた彼は黙っている。

「その……」
「はい」

 神父の真似をしているだけ、と彼は言っていた。真似をしていても長くそれをしていれば本物のようになっていくものだったりするのだろうとその佇まいと雰囲気に安心もする。

「……誰にも言わないでいただけますか」
「わかりました、貴方に誓いましょう」

 一度だけこちらをじっと見た彼の真摯な目にほっとしながらおずおずと口を開く。

「好きな、女性が居て…」

 彼は何も言わず、相槌も打つことはなく、ただそこで聞いてくれている。

「初めて、心から、好きで、それで……俺は酷い我儘な奴だったんだな、と、反省しているところで」
「我儘?ノニンさんが?」
「ん…その、彼女に好意を向けることは許されていたいと思うことも、なんですが、彼女が嫌なのだろうと予想できるのに、好意を伝えたいと思ってしまう、ところとか…ダメだな、と思って……」
「それは……」

 眉間に少し皺を寄せたピスケス殿が考え込む。

「我儘と言うのか、俺にはわからないが…」

 敬語を取り払ったことで、彼が神父としてではなく、どちらかと言えば個人として俺の話を聞いてくれようとしてくれているのかもしれないと察する。

「彼女に好かれて頂けなくてもいい、と思うのに、好意は伝えたいというのは身勝手だと思うんです…矛盾しているかな、とも」
「……俺は、恋愛事は疎いのでわからない、のだが……そういうものだろうか」
「実を言うと俺もまともな恋愛は、したことなくて…自信がない」
「相手が許しているのならいいんじゃないだろうか…」
「あまり自分の事は話さない方だから、どう、だろう、わからない」

 ピスケス殿が背もたれに身を預けたことで、ぎしりと椅子が軋む。それを聞きながら、ひとつため息がまた零れていく。

「……つい最近その、星祭り、に、良ければご一緒してほしい、と言うだけ言って、逃げてきてしまって」
「……言うだけでも俺からすればすごいが」
「でも結局俺の勝手、なので、なんというか、うん、…反省、しているところで」

 ぎゅ、と両の手を組む。

「彼女が来なくてもいい。ただ、好きな方と過ごす方は多いと聞いていて、…お誘いだけ、してみたかったんです。好きな人と、二人きりで過ごすなんて、したことがなくて…」

 そう、したことがない。してみたい、と、思ったのだ。出来なくてもいいから、真似事だけでもいいから、誘うだけはしてみたかったという身勝手な感情で、一方的に言ってしまった。

「一方的に述べて、困らせてはいないかな、と思うのですが、……彼女が気にしていなければ良いとも、思っていて、」
「来なくてもいい…というのはわかる気はする。相手の都合を強いてまで付き合っていただく必要はないと、俺でも思う」

 ピスケス殿も?と聞き返そうとして横顔を見て、ふと、思考がよぎる。

「……どなたか、その、失礼、…貴方も誰か…」
「いや、俺は、そういうのでは……」

 すい、と視線を俺を見ないように外す。違うとは言われているが、そう、なのかもしれない。ただ、彼の中で「そうだ」と定義は出来ないのかもしれない。

「思い悩むことは悪くはないが、…貴方は誠実そうな方に見える。相手にも貴方のそういうところが見えていれば、嫌悪はされることはないのでは、と言うのは簡単だが難しいことだろうな」
「ははは、聞いて下さるだけでありがたい…こんな相談できる人なんていないから…」
「俺でいいのか」
「良いです、貴方でいい、ありがとう」
「…何か、またあれば…話くらいは聞こう。いつでもどうぞ」

 目を細めて微笑む彼は酷く優しい印象を受ける。ユッテが見たら、怖いと泣きそうな顔ではあるのだが、きっと彼女もピスケス殿に懐くんじゃないだろうかとふと思考が飛ぶ。

「うん、ありがとう、すまなかった」
「謝罪は結構だ。…俺も、何かあったとき、友人として話くらい聞いてくれるか?」
「…うん、うん、勿論だ」
「……なんというか改めて言うと気恥ずかしいものだな、一人でここにいることが多いから、同性の友人と言えばセルベルさんしかいなくてな…」
「ははは、俺は生まれて初めてです、友人という、のは」
「そうか?…光栄だ」
「いやいや…そんな」

 友人、と彼が言葉にしてくれたことが、酷く嬉しいと思ってしまう。本当に俺はこんなに、幸せでいいのだろうか。好きになってもいい人がいて、想うことを許されていて、友人と、穏やかな環境にいて、良いのだろうかと思いながらもう明日に控えている祭りのことを考えるとまたため息が零れる。
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