夏
ユッテは始終楽しそうにしている。街中は歩いてはいるもののたいして詳しいというわけでもないから、レスライン殿の提案があって丘の上まで足を延ばしている。春の祭りの時は恋人で賑わうらしい場所も普段はなんということはない、見晴らしのいい丘だ。少し開けていて、こういう所がピクニック、などに来るにはちょうどいいのかなと思う。そんな経験はないので、昔人から聞いた話になってしまうのだが。
「先生みてー!お花!」
「ああ、可愛いね」
せっせと花を摘むことを楽しんでいるユッテは花かんむりをつくっているらしい。ユッテからあまり目を離さないようにしながら隣に立っているレスライン殿をちらりと伺い見る。穏やかで優しい横顔は、ユッテを見ているからだろう事は想像に容易いのだが、
「(素敵、だ)」
いつまでも見ていたい、と思うも、あまり見ているのはやはり彼女からすれば意味もなく観察しているように思うわけで、不審がられてしまうだろうとユッテに視線を戻す。
「本当に貴様は記憶喪失か?」
「ぇ」
「そのまま前を見ていろ」
ぴしゃりときつく言われて慌てて背筋を伸ばす。前を向いたまま彼女の話を聞く姿勢を見せる。
「今日はあくまでユッテの誕生日だからこうして、貴様と仲良しこよししてやっているだけだが、依然として貴様は信用が出来ない」
「……そう、ですよね」
改めて言われて、やはりまだそうか、と納得もするが、ゼルマ殿やレヴェンデル殿たちとのやりとりに少しずつ、慣れてきてしまっているぶん、寂しさはどうしても心の底を掠めていく。
「…ユッテが懐いている、というところは致し方がないが」
「…も、申し訳ありません」
ふ、とひとつためいきが聞こえた気がした。表情を伺おうとして、き、と我慢して前を向いたまま耳を傾ける。ユッテは一生懸命、花かんむりを作っている。
「なんで懐かれているか、俺もわからなくて…」
「貴様はあの子の父親にすこし似ているからな」
「そうなんですか」
「…………雰囲気だけだ」
雰囲気というのは、内面的な、と捉えていて差支えないのだろうか。外見はユッテに怖い、と泣かれたから違うのだろうなあとは思うのだが。
「……レ、レスライン殿、は、あの」
「先生ーー!!!見てみて!!」
彼女に話しかけようと、意を決したところで、出来た、とユッテが駆け寄ってくる。手には綺麗に作られた花の冠というより、小さな花の輪があってそれを彼女が、俺に差し出してくれる。
「あげる!!」
「ああ、ありがとう、ユッテは上手だね」
けっして大きくはない花の輪を受け取ってどうしようか、と考えてしまう。でも、せっかくユッテがくれたのだから大事にしておきたい。腕くらいにははまるだろうか、と通してみて、壊すことなく綺麗に手を通って手首にひっかかったのをみて安堵する。
「うん、本当に綺麗に出来てる。ユッテは手先が本当に器用だな」
「先生もつくる?」
「…作ってみようかな」
「じゃあ来て!!」
手を引かれて先ほどまでユッテがしゃがみ込んでいた場所に誘導される。これを使うの、と彼女が手折って渡してくれる花はセルベル殿の宿の近くでもよく見る野花だ。白と、赤と、黄色と、形は同じだが様々な色がある。茎が少し丈夫で折れずにしなる。、編むのにはむいているのだろう。ユッテがやり方を丁寧に教えてくれながら、コツを掴めばある程度は出来るものだ、とサクサクと編む。あっという間に赤い花だけで作った輪をみてユッテが先生器用、と褒めてくれる。
「これはユッテにあげよう、頭を少し下げて、」
「わあ…先生、お話に出てくる王子様みたい」
「そうかな」
花かんむり、は、臣下の子供たちがよく遊んで作ってくれたし、すこし編み方は違かったが大体同じで、帽子をとって、ユッテの頭にそっとそれを両手で乗せると彼女ははにかみながらも見上げてくる。
「おじさんだけど、王子様みたい」
「ははは、まあ、王子様って年じゃないかな確かに」
ぷち、と白い花を摘みながらまたもう一つ作り始めるとユッテがこそこそと寄ってくる。
「それ、おねえちゃんのぶん?」
「……う、うん、そうだよ、……喜んでくれたら嬉しいけど、どうかな」
「黄色いのと赤いのもいれて!」
こそこそと、相変わらず小声で話かけてきながらユッテがあちこちから赤と、黄色とを摘んで来る。
「先生作るの早いね」
「うん、多分、ちょっとやったことがあるんだと思うな…先生忘れてることがいっぱいあるけど、たぶんね」
「そぉなんだ」
きらきらとみてくれるユッテには申し訳ないと思いながらも、昔、城の広い中庭で子供たちと遊んだときの事を思い出しながら丁寧に編んでいく。
「お姉ちゃんぜったいよろこんでくれるよ!」
「そう、だったらいいな、…先生、女の人が苦手だから、自信ないよ」
「ユッテが呼んできてあげる!」
もう編み終わる、というところでぴょんと跳ねた彼女が俺の後ろにかけていく。ユッテの元気のいい声と、あまり位置は移動していなかったらしいレスライン殿の草を踏む足音が聞こえてくる。
止める暇もなければ心の準備さえ出来ていない中その、彼女の足音がまるで秒読みのように責め立ててくるようで手が震えてしまうのを堪える。彼女がユッテに優しいのは知っているが、俺には、といえば疑っていらっしゃるのだし、女性扱いも酷く嫌なようだったし、嫌われてしまうかもしれない。
「ユッテ、私はここでいいんだ、花を潰してしまう」
「もうちょっときて、いいもの見せてあげるから!」
「いいもの?」
「いいもの!!座って!」
とす、と膝を草の上につく音が聞こえる。
「頭下げて、お姉ちゃん」
「こうか」
おずおず見た先に、ユッテに言われるがまま頭を下げたレスライン殿と、にこにことこちらに笑いかけてくるユッテがいて、小さく息をのんだ後、少し離れて横にいるレスライン殿の方に体を向ける。警戒されないようにそっと腕をあげて伸ばす。彼女が瞬間的にこちらをぎろりと見たのと、頭の上に、作った冠を置けたのは同時で、
「おねえちゃんもおそろい!」
はしゃぐような声を聞きながら、驚いたような顔のレスライン殿と目があう。まるで遠くに全ての音が置いて行かれるような錯覚になりながら、素直に手をひいて下ろせばよかった。引かず、そのまま金の髪を指先でなぞり、耳の横をつたって、それから、頬を指先で撫でてしまって…びくりと彼女が肩を跳ねさせ、はっとする。
「おねえちゃん?」
「ぁ、あぁ、おそろい、だな」
苦しい。心臓が痛い。しくじった、と思ってもどうにもできなくて、顔が熱くなってしまう。慌てて彼女から顔と体を逸らしたのも失敗だ。
「ユッテもお手伝いしたの!」
「そうか、ありがとう」
二人の声をどこか遠い気持ちで聞いている。自分がどんな顔をしていたか想像は出来ても、実際どうなのか確かめる手段を持っていない。
「先生、作るの上手なんだよ!」
ねえ、とユッテの声がして、慌てて顔を上げる。
「ユッテのも作ってくれたの!」
「じょ、上手かな、上手なユッテにそう言ってもらえて、嬉しいよ」
「上手だよお!」
とっても上手、と朗らかに笑ってくれる。それから、まじまじとこちらを零れそうな青い瞳が見てくる。
「先生、どうしたの?」
「えっ、な、なにか、変かな…」
いやまあ、変だろうな、という自覚は、あるので何とも言えないんだが。
「おかお赤いよ」
「ぁ…っと、…」
少し視線を彷徨わせてしまう。ユッテに嘘はあまりつきたくはないが、でも、言ってしまえばレスライン殿は勝手に決めつけるなと怒るかもしれないし、どうするべきかを何度も頭の中で考えて、
「お姉ちゃんに、受け取ってもらえてうれしいな、と、思って、先生は、女の人苦手だから、えっと、その、受け取ってもらえたのが嬉しいんだよ」
結局言えたのはそのくらい、だった。
「そっかあ」
「う、うん」
彼女を見る勇気はこれっぽちもない。ただ、赤い顔、と指摘されたのを誤魔化すように首の後ろに、彼女に触れなかったほうの手を回して何度か、強く、首の骨を押す。痛みで誤魔化すには下手過ぎる手段で、かといってほかの選択肢は取れない。不自然にこの場から離れることはできない。ユッテとなにやら会話を交わしているレスライン殿の気配を感じながら二人に悟られないように何度も深呼吸を繰り返す。
少しかさついた頬の感触を指先が鮮明に覚えていて、握っては放して、親指でぎゅ、と押して、忘れようとしてしまうのだが、忘れたくもなく、まだ親しくもないのに、勝手に女性の肌に触れてしまったことに罪悪感が募る。
「せーんせい!」
うつむいたまま考え事をしていると、ユッテが勢いよく胸の中に飛び込んでくる。ふらつくだとか後ろによろめくだとかいう無様な所を見せずに済んでよかった、と安心しながらユッテの髪を撫でる。すこし汗をかいているだろうか。
「…日陰に行こうか?今日は少し暑いし、水も飲んだほうが良いと思う」
「行く!!!」
そのまま抱き上げると少し驚いた後、くすぐったそうに笑ったユッテがぎゅっと腕を回して首に縋ってくれる。休むならこっちにこいというレスライン殿に従って歩いて行った先には随分大きな樹が立っていた。ユッテを下ろし、ローブの中に入れていた小さな水筒を渡すと何度かにわけて飲んでいて、冷たいと喜んでいた。念のため、こっそり温度を遮断していたのだが、きちんと控えめな魔術でもきいているようで良かった。
ローブを脱いで樹の根元に敷く。座っていいよ、とユッテに言えば楽しそうに笑いながら座るというより寝ころんでいる。もしかしたらこのまま眠る可能性もあるな、と思いつつ、レスライン殿へも声掛けをする。
「どうぞ」
「……いや、…その」
「おねーちゃんもごろんしよー!」
「私が寝ては先生が座るところが無くなってしまうから、此処に座るよ」
そういって隅の方に、コートの裾を右手で太腿に抑えるようにして座るのをみて、ゼルマ殿が仰っていた、出自は悪くはない、ということを少し思い出す。粗野なように振る舞っている印象は受けていたのだが。
「先生も一緒!」
「ああ、ちゃんと座って休むよ」
俺と、レスライン殿とに挟まれるかたちに収まったユッテは暫く上機嫌で転がっていたのだが、案の定、気がつけばすやすやと寝息をたててしまっていた。そっと汗ばんでいたユッテの前髪を指先で払うと眠っていてもくすぐったそうに笑う彼女が愛おしい。俺もまともな者であれば、彼女くらいの子どもくらい、いたのだろうか、と今更考えてしまう。最も、自国では、無理な事ではあるのだが。
「ノニン・シュトロムフト」
そんなことに思いを馳せながら考えていると、レスライン殿の発した真剣な声に、反射的といっていいほど早く顔をあげる。じ、っとこちらを見ている彼女と、確かに目があって、また、逸らしてしまった。彼女の右手には、花の冠が優しく握られている。
「先生みてー!お花!」
「ああ、可愛いね」
せっせと花を摘むことを楽しんでいるユッテは花かんむりをつくっているらしい。ユッテからあまり目を離さないようにしながら隣に立っているレスライン殿をちらりと伺い見る。穏やかで優しい横顔は、ユッテを見ているからだろう事は想像に容易いのだが、
「(素敵、だ)」
いつまでも見ていたい、と思うも、あまり見ているのはやはり彼女からすれば意味もなく観察しているように思うわけで、不審がられてしまうだろうとユッテに視線を戻す。
「本当に貴様は記憶喪失か?」
「ぇ」
「そのまま前を見ていろ」
ぴしゃりときつく言われて慌てて背筋を伸ばす。前を向いたまま彼女の話を聞く姿勢を見せる。
「今日はあくまでユッテの誕生日だからこうして、貴様と仲良しこよししてやっているだけだが、依然として貴様は信用が出来ない」
「……そう、ですよね」
改めて言われて、やはりまだそうか、と納得もするが、ゼルマ殿やレヴェンデル殿たちとのやりとりに少しずつ、慣れてきてしまっているぶん、寂しさはどうしても心の底を掠めていく。
「…ユッテが懐いている、というところは致し方がないが」
「…も、申し訳ありません」
ふ、とひとつためいきが聞こえた気がした。表情を伺おうとして、き、と我慢して前を向いたまま耳を傾ける。ユッテは一生懸命、花かんむりを作っている。
「なんで懐かれているか、俺もわからなくて…」
「貴様はあの子の父親にすこし似ているからな」
「そうなんですか」
「…………雰囲気だけだ」
雰囲気というのは、内面的な、と捉えていて差支えないのだろうか。外見はユッテに怖い、と泣かれたから違うのだろうなあとは思うのだが。
「……レ、レスライン殿、は、あの」
「先生ーー!!!見てみて!!」
彼女に話しかけようと、意を決したところで、出来た、とユッテが駆け寄ってくる。手には綺麗に作られた花の冠というより、小さな花の輪があってそれを彼女が、俺に差し出してくれる。
「あげる!!」
「ああ、ありがとう、ユッテは上手だね」
けっして大きくはない花の輪を受け取ってどうしようか、と考えてしまう。でも、せっかくユッテがくれたのだから大事にしておきたい。腕くらいにははまるだろうか、と通してみて、壊すことなく綺麗に手を通って手首にひっかかったのをみて安堵する。
「うん、本当に綺麗に出来てる。ユッテは手先が本当に器用だな」
「先生もつくる?」
「…作ってみようかな」
「じゃあ来て!!」
手を引かれて先ほどまでユッテがしゃがみ込んでいた場所に誘導される。これを使うの、と彼女が手折って渡してくれる花はセルベル殿の宿の近くでもよく見る野花だ。白と、赤と、黄色と、形は同じだが様々な色がある。茎が少し丈夫で折れずにしなる。、編むのにはむいているのだろう。ユッテがやり方を丁寧に教えてくれながら、コツを掴めばある程度は出来るものだ、とサクサクと編む。あっという間に赤い花だけで作った輪をみてユッテが先生器用、と褒めてくれる。
「これはユッテにあげよう、頭を少し下げて、」
「わあ…先生、お話に出てくる王子様みたい」
「そうかな」
花かんむり、は、臣下の子供たちがよく遊んで作ってくれたし、すこし編み方は違かったが大体同じで、帽子をとって、ユッテの頭にそっとそれを両手で乗せると彼女ははにかみながらも見上げてくる。
「おじさんだけど、王子様みたい」
「ははは、まあ、王子様って年じゃないかな確かに」
ぷち、と白い花を摘みながらまたもう一つ作り始めるとユッテがこそこそと寄ってくる。
「それ、おねえちゃんのぶん?」
「……う、うん、そうだよ、……喜んでくれたら嬉しいけど、どうかな」
「黄色いのと赤いのもいれて!」
こそこそと、相変わらず小声で話かけてきながらユッテがあちこちから赤と、黄色とを摘んで来る。
「先生作るの早いね」
「うん、多分、ちょっとやったことがあるんだと思うな…先生忘れてることがいっぱいあるけど、たぶんね」
「そぉなんだ」
きらきらとみてくれるユッテには申し訳ないと思いながらも、昔、城の広い中庭で子供たちと遊んだときの事を思い出しながら丁寧に編んでいく。
「お姉ちゃんぜったいよろこんでくれるよ!」
「そう、だったらいいな、…先生、女の人が苦手だから、自信ないよ」
「ユッテが呼んできてあげる!」
もう編み終わる、というところでぴょんと跳ねた彼女が俺の後ろにかけていく。ユッテの元気のいい声と、あまり位置は移動していなかったらしいレスライン殿の草を踏む足音が聞こえてくる。
止める暇もなければ心の準備さえ出来ていない中その、彼女の足音がまるで秒読みのように責め立ててくるようで手が震えてしまうのを堪える。彼女がユッテに優しいのは知っているが、俺には、といえば疑っていらっしゃるのだし、女性扱いも酷く嫌なようだったし、嫌われてしまうかもしれない。
「ユッテ、私はここでいいんだ、花を潰してしまう」
「もうちょっときて、いいもの見せてあげるから!」
「いいもの?」
「いいもの!!座って!」
とす、と膝を草の上につく音が聞こえる。
「頭下げて、お姉ちゃん」
「こうか」
おずおず見た先に、ユッテに言われるがまま頭を下げたレスライン殿と、にこにことこちらに笑いかけてくるユッテがいて、小さく息をのんだ後、少し離れて横にいるレスライン殿の方に体を向ける。警戒されないようにそっと腕をあげて伸ばす。彼女が瞬間的にこちらをぎろりと見たのと、頭の上に、作った冠を置けたのは同時で、
「おねえちゃんもおそろい!」
はしゃぐような声を聞きながら、驚いたような顔のレスライン殿と目があう。まるで遠くに全ての音が置いて行かれるような錯覚になりながら、素直に手をひいて下ろせばよかった。引かず、そのまま金の髪を指先でなぞり、耳の横をつたって、それから、頬を指先で撫でてしまって…びくりと彼女が肩を跳ねさせ、はっとする。
「おねえちゃん?」
「ぁ、あぁ、おそろい、だな」
苦しい。心臓が痛い。しくじった、と思ってもどうにもできなくて、顔が熱くなってしまう。慌てて彼女から顔と体を逸らしたのも失敗だ。
「ユッテもお手伝いしたの!」
「そうか、ありがとう」
二人の声をどこか遠い気持ちで聞いている。自分がどんな顔をしていたか想像は出来ても、実際どうなのか確かめる手段を持っていない。
「先生、作るの上手なんだよ!」
ねえ、とユッテの声がして、慌てて顔を上げる。
「ユッテのも作ってくれたの!」
「じょ、上手かな、上手なユッテにそう言ってもらえて、嬉しいよ」
「上手だよお!」
とっても上手、と朗らかに笑ってくれる。それから、まじまじとこちらを零れそうな青い瞳が見てくる。
「先生、どうしたの?」
「えっ、な、なにか、変かな…」
いやまあ、変だろうな、という自覚は、あるので何とも言えないんだが。
「おかお赤いよ」
「ぁ…っと、…」
少し視線を彷徨わせてしまう。ユッテに嘘はあまりつきたくはないが、でも、言ってしまえばレスライン殿は勝手に決めつけるなと怒るかもしれないし、どうするべきかを何度も頭の中で考えて、
「お姉ちゃんに、受け取ってもらえてうれしいな、と、思って、先生は、女の人苦手だから、えっと、その、受け取ってもらえたのが嬉しいんだよ」
結局言えたのはそのくらい、だった。
「そっかあ」
「う、うん」
彼女を見る勇気はこれっぽちもない。ただ、赤い顔、と指摘されたのを誤魔化すように首の後ろに、彼女に触れなかったほうの手を回して何度か、強く、首の骨を押す。痛みで誤魔化すには下手過ぎる手段で、かといってほかの選択肢は取れない。不自然にこの場から離れることはできない。ユッテとなにやら会話を交わしているレスライン殿の気配を感じながら二人に悟られないように何度も深呼吸を繰り返す。
少しかさついた頬の感触を指先が鮮明に覚えていて、握っては放して、親指でぎゅ、と押して、忘れようとしてしまうのだが、忘れたくもなく、まだ親しくもないのに、勝手に女性の肌に触れてしまったことに罪悪感が募る。
「せーんせい!」
うつむいたまま考え事をしていると、ユッテが勢いよく胸の中に飛び込んでくる。ふらつくだとか後ろによろめくだとかいう無様な所を見せずに済んでよかった、と安心しながらユッテの髪を撫でる。すこし汗をかいているだろうか。
「…日陰に行こうか?今日は少し暑いし、水も飲んだほうが良いと思う」
「行く!!!」
そのまま抱き上げると少し驚いた後、くすぐったそうに笑ったユッテがぎゅっと腕を回して首に縋ってくれる。休むならこっちにこいというレスライン殿に従って歩いて行った先には随分大きな樹が立っていた。ユッテを下ろし、ローブの中に入れていた小さな水筒を渡すと何度かにわけて飲んでいて、冷たいと喜んでいた。念のため、こっそり温度を遮断していたのだが、きちんと控えめな魔術でもきいているようで良かった。
ローブを脱いで樹の根元に敷く。座っていいよ、とユッテに言えば楽しそうに笑いながら座るというより寝ころんでいる。もしかしたらこのまま眠る可能性もあるな、と思いつつ、レスライン殿へも声掛けをする。
「どうぞ」
「……いや、…その」
「おねーちゃんもごろんしよー!」
「私が寝ては先生が座るところが無くなってしまうから、此処に座るよ」
そういって隅の方に、コートの裾を右手で太腿に抑えるようにして座るのをみて、ゼルマ殿が仰っていた、出自は悪くはない、ということを少し思い出す。粗野なように振る舞っている印象は受けていたのだが。
「先生も一緒!」
「ああ、ちゃんと座って休むよ」
俺と、レスライン殿とに挟まれるかたちに収まったユッテは暫く上機嫌で転がっていたのだが、案の定、気がつけばすやすやと寝息をたててしまっていた。そっと汗ばんでいたユッテの前髪を指先で払うと眠っていてもくすぐったそうに笑う彼女が愛おしい。俺もまともな者であれば、彼女くらいの子どもくらい、いたのだろうか、と今更考えてしまう。最も、自国では、無理な事ではあるのだが。
「ノニン・シュトロムフト」
そんなことに思いを馳せながら考えていると、レスライン殿の発した真剣な声に、反射的といっていいほど早く顔をあげる。じ、っとこちらを見ている彼女と、確かに目があって、また、逸らしてしまった。彼女の右手には、花の冠が優しく握られている。