春
「いらっしゃいませー、ってお兄さん!いらっしゃい!」
「あ、ああ、こんにちは」
以前、祭りの時に立ち寄った鍛冶屋に足を運ぶとあの時いた青年が作業をしていたところだった。机に熱心に向かっていたにもかかわらずドアが開いた音を聞いて反射的に声をかけたあたりだいぶ店番にはなれているらしい。顔を上げて俺を見るなり破顔する。表情的には大分人懐こい、という印象を受ける。
首のあたりにかけているゴーグルはファッションか何かなんだろうか、と思いながら、手早く机の上を片付けて近寄ってくる青年に笑いかける。
「お兄さんって年じゃないんだが」
「だいじょーぶ、まだまだお兄さんって年齢だって~、それで今日はどうしました?」
「あ、ああ、うん、その、この前買った…ブローチに使っていた鉱石があれば、少し買い付けたいな、と思って」
「石単品?まあ、無くはないけど…今は加工してないのばっかりで」
「うん、手を加えていないものが欲しかったから、逆に助かる」
じゃあちょっと待ってて、といって青年は奥の扉に一度姿を消す。ぐるりと店内を見渡す。刃物類に限らず装飾に使うような金属加工もしているのだろう。どうやって作っているかはわからないのだが綺麗に武器類や、家庭で使うだろう道具にさえ丁寧に彫られた模様が目を惹く。
『ラルジャン』というのがここの工房の名前だった。聞けばオルフェ殿の家でも利用していたり、軍人の利用率のみならず街の人が利用する率が高いとのことだった。彼はこの店の跡取り息子らしく、最近はもっぱら彼が店にいることが多いらしい。短く切った黒い髪と、両耳についているひし形のピアスが目に付く。眠そうに、とろりとした目つきは、男性に使うべきではない言葉かもしれないが、「可愛らしい」と年上の女性には良く思ってもらえそうな、そんな顔立ちの青年だ。
「お兄さんお待たせー!どれがいい?」
「ああ、そう、だな」
のんびりとした声と共に箱をもって彼は再び現れた。箱に入った鉱石をそっと見させてもらうと白い渦状の模様はぽつぽつと点在しているらしく、そこをうまく切り分けて加工に使っているようだった。出来れば渦が少ないものがいい、と持ってきてくれたものを眺め、一番模様が少ないだろうものを買わせてもらうことにした。
「お兄さん自分で加工しちゃったりするタイプ?」
「いや、ちょっと、調べ物が好きで…」
「へえー!!」
スゲーと言う言葉と共に笑う青年は本当に、ずっと、にこにこと笑顔を浮かべっぱなしだ。作り笑いではなくそもそも、恐らくは素で笑顔が多いのだろう。
「ブローチも素敵で、その、使わせていただいてる。父上によく伝えておいて下されば嬉しいんだが」
「ほんとです?へへへ、りょーかいりょーかい」
へにゃへにゃ、と笑顔を浮かべている彼を見ていると、父親が本当に好きなのだろうとわかる。
「あ、名前聞いといていい?親父に伝える時に」
「ああ、ノニンという、宜しく伝えておいてくれ」
「ノニンのお兄さん!りょーーかいっ」
青年の父親は見たことがないのだが、噂を聞くに気難しい、と聞いている。もしかすれば褒め言葉も好かないタイプかもしれない、と思っていたのだが、彼の反応を見るに杞憂のような気もしてきた。
「君の名前も聞いておこうかな…そのうち俺も、ええと、君に武器を作ってもらうかもしれないし」
「ええっ!?俺!?」
「え、うん」
「親父じゃなくて?俺!?」
ぱちぱち、と驚いたように目を瞬かせたあと、そっかあ、俺かあ、と恥ずかしそうに笑う。
「俺はーえっと、ヴィムだ、まだまだ修行中なんだけどよろしくなー」
「ああ、宜しく」
買い付けに必要な金を彼に渡すと、彼はしげしげと此方を見てくる。
「どこか、…何か変だろうか」
「や、お兄さんさっき武器っていってたけどさあ、…騎士にも軍人にも見えないんだよなあ」
「ああ………その、引退した、から、そうかもな。護身用に短剣をもっておきたくて」
「へえー!そぉなんだ」
「今も持っているんだが、実はもう少し刃が太いものが欲しいと思ってたところなんだ」
「ええ?…だったら猶更…親父がやった方がいい感じで作れると思うんだけどな」
「それもいいかもしれないが、俺は君に作ってほしいな」
「ええー?そこまで言っちゃう?」
驚いた声はあげたものの、ヴィムは随分と嬉しそうに笑う。そのあと、そこまで言うなら頑張って作るよと言った彼に笑みがこぼれた。本来の店主である彼の父親と懇意にしてもいいのかもしれないが、よそ者の俺を果たして「頑固者」と話に聞く店主殿が受け入れてくれるかは怪しい。
ヴィムはまだ若い。柔軟性もあるだろうし、何より、底抜けに明るい笑顔が俺は好ましく感じているところだった。
「もし作れるようだったら試しに一本、と言いたいんだが、俺もまだ懐が寒いし…少し暖かくなってからまた頼むよ」
「うんうん、わかった!それまでに俺も腕上げとかなくっちゃ」
「そうだな、そうしておいてくれ」
笑顔のまま見送られ、店を後にする。厚めの布で包んでもらった鉱石が小さく一定の大きさに切りだしてもらっているとはいえ、少しばかりローブの内ポケットでごわついている。
以前祭りの時、この石に触れてふと気がついたのだが、どうもこの石には魔力を通す力があるらしかった。魔力をため込めるかどうか、加工してあるブローチを実験に使うのにはあまりにも惜しいため、今日未加工品を買い付けに来たわけだったが、見せてもらったものも買い付けたものも含め結構な大きさで、彼があの時言ったようにあまり珍しくない石、という実感をした。持ち方も彼は平然としていたし、高い鉱石だったら彼ほど熱心なら丁重に扱いそうなところだったがそうでもなかった。
少し袖が重い、と思考しつつ街をぶらついて帰ろうか、とのろのろと歩いていると、突然背後から駆け寄ってくる音が聞こえる。スリか何かだろうかと警戒して振り返るとベテルギウス殿だった。
「よおーー!貴公子殿!」
「ベテルギウス殿、なんだか久しいな」
「ああ!そうだな!暫く私も忙しかったからな」
パシンと小気味よい音で背中を叩かれて笑ってしまう。ベテルギウス殿とはあまり会話がないのだが、それなりに顔を見れば挨拶くらいはしていたし、部屋に戻ってきている気配も感じてはいた。
「今日は買い物か?」
「ああ、まあ、」
「うんうん!貴公子殿もだんだん笑うことが多くなったな!」
「そう、だろうか」
「セルベルも言ってたから間違いはないだろう!なに、記憶なんてちょっとずつ思い出していけばいいのさ」
キラキラという表現が似合うだろう彼女は隣を歩きながらそう言って笑う。
「皆優しい人ばかりで申し訳がないよ」
「そんなことはない!たまたま優しいだけだ!ラッキーだったな!」
「ははは、じゃあラッキーだな、と思うことにする」
「うんうん!!」
からりと笑った顔はゼルマ殿とはまた違った快活さだ。
「ベテルギウス殿もお買い物に?」
「ああ!そうなんだよ、まあなんてことはないんだが…これが貯まったので久々に買い物だ」
小さな包みを見せてくれたそれにはおそらく結構な金貨か銀貨がはいっているのかもしれない。基本、銅貨で買い付けは出来るのだが、鍛冶屋や凝った服飾となってくると銅貨以上の金額になってくる。
「良い買い物が出来るといいな」
「ああ、ありがとう、貴公子殿もよい一日を!!」
ではな、と片手をあげ、彼女は服飾関係の店が立ち並んでいる方向に去っていく。
「よい一日を、か」
思えばそんな言葉世辞でしか言ってもらったことが無い、と思いつつ、セルベル殿やベテルギウス殿がくれる言葉は、世辞だとは思いたくない程、いい笑顔がかならずついてくる。
少しだけ深呼吸をして、少しだけ、背を伸ばし、その日はただぐるりと散策を楽しむことにした。
「あ、ああ、こんにちは」
以前、祭りの時に立ち寄った鍛冶屋に足を運ぶとあの時いた青年が作業をしていたところだった。机に熱心に向かっていたにもかかわらずドアが開いた音を聞いて反射的に声をかけたあたりだいぶ店番にはなれているらしい。顔を上げて俺を見るなり破顔する。表情的には大分人懐こい、という印象を受ける。
首のあたりにかけているゴーグルはファッションか何かなんだろうか、と思いながら、手早く机の上を片付けて近寄ってくる青年に笑いかける。
「お兄さんって年じゃないんだが」
「だいじょーぶ、まだまだお兄さんって年齢だって~、それで今日はどうしました?」
「あ、ああ、うん、その、この前買った…ブローチに使っていた鉱石があれば、少し買い付けたいな、と思って」
「石単品?まあ、無くはないけど…今は加工してないのばっかりで」
「うん、手を加えていないものが欲しかったから、逆に助かる」
じゃあちょっと待ってて、といって青年は奥の扉に一度姿を消す。ぐるりと店内を見渡す。刃物類に限らず装飾に使うような金属加工もしているのだろう。どうやって作っているかはわからないのだが綺麗に武器類や、家庭で使うだろう道具にさえ丁寧に彫られた模様が目を惹く。
『ラルジャン』というのがここの工房の名前だった。聞けばオルフェ殿の家でも利用していたり、軍人の利用率のみならず街の人が利用する率が高いとのことだった。彼はこの店の跡取り息子らしく、最近はもっぱら彼が店にいることが多いらしい。短く切った黒い髪と、両耳についているひし形のピアスが目に付く。眠そうに、とろりとした目つきは、男性に使うべきではない言葉かもしれないが、「可愛らしい」と年上の女性には良く思ってもらえそうな、そんな顔立ちの青年だ。
「お兄さんお待たせー!どれがいい?」
「ああ、そう、だな」
のんびりとした声と共に箱をもって彼は再び現れた。箱に入った鉱石をそっと見させてもらうと白い渦状の模様はぽつぽつと点在しているらしく、そこをうまく切り分けて加工に使っているようだった。出来れば渦が少ないものがいい、と持ってきてくれたものを眺め、一番模様が少ないだろうものを買わせてもらうことにした。
「お兄さん自分で加工しちゃったりするタイプ?」
「いや、ちょっと、調べ物が好きで…」
「へえー!!」
スゲーと言う言葉と共に笑う青年は本当に、ずっと、にこにこと笑顔を浮かべっぱなしだ。作り笑いではなくそもそも、恐らくは素で笑顔が多いのだろう。
「ブローチも素敵で、その、使わせていただいてる。父上によく伝えておいて下されば嬉しいんだが」
「ほんとです?へへへ、りょーかいりょーかい」
へにゃへにゃ、と笑顔を浮かべている彼を見ていると、父親が本当に好きなのだろうとわかる。
「あ、名前聞いといていい?親父に伝える時に」
「ああ、ノニンという、宜しく伝えておいてくれ」
「ノニンのお兄さん!りょーーかいっ」
青年の父親は見たことがないのだが、噂を聞くに気難しい、と聞いている。もしかすれば褒め言葉も好かないタイプかもしれない、と思っていたのだが、彼の反応を見るに杞憂のような気もしてきた。
「君の名前も聞いておこうかな…そのうち俺も、ええと、君に武器を作ってもらうかもしれないし」
「ええっ!?俺!?」
「え、うん」
「親父じゃなくて?俺!?」
ぱちぱち、と驚いたように目を瞬かせたあと、そっかあ、俺かあ、と恥ずかしそうに笑う。
「俺はーえっと、ヴィムだ、まだまだ修行中なんだけどよろしくなー」
「ああ、宜しく」
買い付けに必要な金を彼に渡すと、彼はしげしげと此方を見てくる。
「どこか、…何か変だろうか」
「や、お兄さんさっき武器っていってたけどさあ、…騎士にも軍人にも見えないんだよなあ」
「ああ………その、引退した、から、そうかもな。護身用に短剣をもっておきたくて」
「へえー!そぉなんだ」
「今も持っているんだが、実はもう少し刃が太いものが欲しいと思ってたところなんだ」
「ええ?…だったら猶更…親父がやった方がいい感じで作れると思うんだけどな」
「それもいいかもしれないが、俺は君に作ってほしいな」
「ええー?そこまで言っちゃう?」
驚いた声はあげたものの、ヴィムは随分と嬉しそうに笑う。そのあと、そこまで言うなら頑張って作るよと言った彼に笑みがこぼれた。本来の店主である彼の父親と懇意にしてもいいのかもしれないが、よそ者の俺を果たして「頑固者」と話に聞く店主殿が受け入れてくれるかは怪しい。
ヴィムはまだ若い。柔軟性もあるだろうし、何より、底抜けに明るい笑顔が俺は好ましく感じているところだった。
「もし作れるようだったら試しに一本、と言いたいんだが、俺もまだ懐が寒いし…少し暖かくなってからまた頼むよ」
「うんうん、わかった!それまでに俺も腕上げとかなくっちゃ」
「そうだな、そうしておいてくれ」
笑顔のまま見送られ、店を後にする。厚めの布で包んでもらった鉱石が小さく一定の大きさに切りだしてもらっているとはいえ、少しばかりローブの内ポケットでごわついている。
以前祭りの時、この石に触れてふと気がついたのだが、どうもこの石には魔力を通す力があるらしかった。魔力をため込めるかどうか、加工してあるブローチを実験に使うのにはあまりにも惜しいため、今日未加工品を買い付けに来たわけだったが、見せてもらったものも買い付けたものも含め結構な大きさで、彼があの時言ったようにあまり珍しくない石、という実感をした。持ち方も彼は平然としていたし、高い鉱石だったら彼ほど熱心なら丁重に扱いそうなところだったがそうでもなかった。
少し袖が重い、と思考しつつ街をぶらついて帰ろうか、とのろのろと歩いていると、突然背後から駆け寄ってくる音が聞こえる。スリか何かだろうかと警戒して振り返るとベテルギウス殿だった。
「よおーー!貴公子殿!」
「ベテルギウス殿、なんだか久しいな」
「ああ!そうだな!暫く私も忙しかったからな」
パシンと小気味よい音で背中を叩かれて笑ってしまう。ベテルギウス殿とはあまり会話がないのだが、それなりに顔を見れば挨拶くらいはしていたし、部屋に戻ってきている気配も感じてはいた。
「今日は買い物か?」
「ああ、まあ、」
「うんうん!貴公子殿もだんだん笑うことが多くなったな!」
「そう、だろうか」
「セルベルも言ってたから間違いはないだろう!なに、記憶なんてちょっとずつ思い出していけばいいのさ」
キラキラという表現が似合うだろう彼女は隣を歩きながらそう言って笑う。
「皆優しい人ばかりで申し訳がないよ」
「そんなことはない!たまたま優しいだけだ!ラッキーだったな!」
「ははは、じゃあラッキーだな、と思うことにする」
「うんうん!!」
からりと笑った顔はゼルマ殿とはまた違った快活さだ。
「ベテルギウス殿もお買い物に?」
「ああ!そうなんだよ、まあなんてことはないんだが…これが貯まったので久々に買い物だ」
小さな包みを見せてくれたそれにはおそらく結構な金貨か銀貨がはいっているのかもしれない。基本、銅貨で買い付けは出来るのだが、鍛冶屋や凝った服飾となってくると銅貨以上の金額になってくる。
「良い買い物が出来るといいな」
「ああ、ありがとう、貴公子殿もよい一日を!!」
ではな、と片手をあげ、彼女は服飾関係の店が立ち並んでいる方向に去っていく。
「よい一日を、か」
思えばそんな言葉世辞でしか言ってもらったことが無い、と思いつつ、セルベル殿やベテルギウス殿がくれる言葉は、世辞だとは思いたくない程、いい笑顔がかならずついてくる。
少しだけ深呼吸をして、少しだけ、背を伸ばし、その日はただぐるりと散策を楽しむことにした。