閑話

「先生、先生の髪の毛くしゃってしてるから、あんであげるよ、私ね、あのね、とっても上手なの」
「そうか?じゃあ、頼もうかな…」
「いいよ!やったげる!座って!」

 孤児院は存外、ピスケス殿が管理している協会の近くにあった。上は15歳、下は、今俺の三つ編みを編みなおしているユッテという子で、5歳、と聞いた。黒々とした髪の毛がいつも綺麗に結われたり、短く編み込まれていて、最初こそ俺の顔が怖い、と泣かれたものだったが今ではすっかり懐いてくれていた。なかなか年上の子達を優先して教えている分彼女には多くを教えてやれないのだが、帰り際に寄ってきてはこうしてあれこれと言葉をかけてきては引き留めようとしているのだろうなというのは察した。

「先生はいつもひとりで髪のお手入れしてるの?」
「ああ、うん、そうだよ」
「わあー!すごい!」
「ははは、ありがとう」

 いいこいいこ、と言いながら彼女が頭を、その小さい手で撫でる。せっせと熱心に編みなおされている三つ編みは、お世辞にも上手、とは言い難いのだが、歪ながら一生懸命均等にしよう、としてくださっているということが微笑ましく思う。

「あのね、ユッテね、あみものも出来るよ」
「それは凄いな…先生はそういうの、さっぱりで」
「おしえてあげようか!」
「今度教わろうかな……じゃあ、そうだな、先生は代わりにお裁縫を教えようか」
「先生男の人なのにおさいほーできるの?」

 すごい、と大きな目をぱちぱちとさせる姿につい頬が緩む。子供たちは純粋に、こうして言葉をぶつけてくれる。警戒や勘繰らずに済むのがいくらかでも気持ちに安心感をもたらしてくれた。

「先生は、えっと、ひとりでなんでもしなくちゃダメだったから」
「先生はユッテとおんなじね」

 えへへ、と笑う彼女に懐かれた原因もここらへんなのだろう、と思う。孤児院の経営者の話では、ユッテはもう少し小さい頃に、それこそ両親を戦争で亡くしたのだという。二人とも軍属で、名誉の戦死ではあったのだろうが、残された彼女にとってはそんなものは何の意味もなさない。
 俺に身寄りがない、というのを知って、同じと懐きだし、今では隙あらばべったり、という感じなのだ。悪くはないし、恐らく彼女も寂しい気持ちはあるのだろうと思うとつい構ってしまう。あまり情をかけてしまうのもまずいとは思うのだが。

「できたー」
「ああ、ありがとう、助かったよ」
「うん!」

 道具の類は孤児院にもともと置いてあるので、手荷物が少なくて済むのはいい。セルベル殿に都度必要なものをメモに書き出してもらって帰りに買って帰るのがここ最近の決まったパターンだった。

「今日もおかいものしてかえるの?」
「うん、……一緒に行くかい?」
「いいの?」
「うん、でもちゃんと聞いてきてからだ」
「きいてくる!」

 ぱたぱたと走っていく小さな背中を見て、また甘やかしてしまっただろうか、と思ってしまう。どうも彼女のしょんぼりとした顔に弱い自覚があった。彼女は授業中も大人しくて、恐らく、根は明るい子なのだろうがどこか我慢もしているのだろうなと思わせるそぶりを感じる。話し方は静かだが、今のようにはしゃぐ姿は可愛いものだと思う。

「良いって!」

 ぱたぱたと走ってきた彼女が嬉しそうに笑う。

「じゃあ、行こうか」

 手を差し出すと飛びつくようにして握ってくるのもすっかり慣れて来たなと思う。一度街で会ったピスケス殿には、預金があるなら宿住まいであっても引き取れることも教えて頂いたのだが、そこまで情を彼女にかけていいのかもわからないし、そもそも、俺と一緒にいてこの小さな彼女が幸福になるとは限らない。小さな手をした彼女を、俺の所為で不幸にしてしまうことが恐ろしい。

「今日はなにをかってかえるの?」
「ええと、今日はちょっと重たいもの、かな…」
「そーなんだ」

 まだ昼を少し過ぎたとはいえ人通りは多い街中を、彼女を連れてあるくのは少し危ない。馬は街外れの小屋に預けているので乗せて歩けるわけもない。出来るだけ彼女が人混みに潰されないように人通りの少ない道順を歩くので、いつもちょっとした散歩のようになる。
 ユッテもそれは楽しんでくれているらしく、時々疲れたと自己申告してくれるのも助かる。買い物をしつつ、彼女がつかれたと申告したら公園のベンチに座って他愛ない話もする。

「編み物はお姉さんたちに教えてもらっているのか?」
「ううん、ユッテのともだち」
「そうか、良かったね」
「うん」

 ぷらぷらと足を揺らしながら彼女は小さく頷く。

「あのね、先生、あの、ね」
「うん?」

 もじもじ、と俯いているユッテが声を小さくして此方を伺ってくる。

「ユッテね、あの、ね、おたんじょうび、夏なの、それでね」
「うん」
「お、おたんじょうび、にね、ユッテとね、……今日よりながく遊んで欲しい、な、って」
「……先生で良いのか?」

 ぶんぶん、と音がしそうなくらいにユッテの首が縦に動いている。

「だ、だめ?」
「…ユッテが先生でいいなら大丈夫だよ、お誕生日が近くなったら、また先生に教えてくれるかな、必ず来るから」
「う、うん!」
「じゃあ、約束だ」

 そう言って笑うと、小さな体が突撃してきて、腕を目一杯広げて俺に抱き着いている。パッとあげた顔はとても嬉しそうで、つい、此方も笑みがこぼれた。
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