春
夢見が悪い日が、ずっと続いているのが問題ではあった。顔色が悪い、とセルベル殿に朝一番に言われ、ベテルギウス殿もじっとしているほうが良いと言って下さったし、たまたま昼近くに来たユルシュル殿にもかなり心配をされた結果、残りの半日を自室で過ごすことにした。かと言って、やることはと言ったら、部屋に置いてある机に向かって、レヴェンデル殿がくださったこの国の本を読んだり、彼女が纏めて下さったこの国の基礎的な知識やら、アメイシャ殿に教わった事などを書き留めたメモの整頓、になってしまう。
何もせずじっとしている、というのは贅沢だと思うのだが、何かしていないと直ぐに寝そうになってしまうので、手を動かすことはしていた。
アメイシャ殿の屋敷には定期的に伺っていて、あれこれと教え事をさせて頂いている。幸い、それが「教鞭をとった」ということで賃金をもらっているし、文字の読み書き程度ならもう暫くしたら、孤児院の子供達に教える仕事も回して頂けることになったのは有難いと思っている。
どこでもそうだが、戦争があれば人が死ぬのは当たり前で、伴って、片親になったり、両親を失う子供たちも少なくはない。この領地内にも孤児院があるらしく、オルフェ殿の屋敷の、言ってみれば城下になるこの街中にもひとつ、ふたつ、とあるのだとはレヴェンデル殿から伺っていた。
アメイシャ殿の父君であるオウル・オルフェ殿にもお会いする機会があったが、穏やかな印象を強く受ける人で、確かに、俺と年頃は近かった。ピスケス殿の年齢は存じないのだが、恐らく彼くらいだろうか。
くらりと感じる眠気はまばたきのたびに襲ってくる。寝ないとまずいとわかっているのだが、寝たくない。でも、流石に、まず過ぎるともわかっている。祭りで買った黒の鉱石が入ったブローチをもう少し調べたいのだがもう頭が動かなくなってきたのも事実だ。
のろのろと座っていた椅子から立ち上がり、なりたくはないが、横になって眠るしかないと腹をくくる。目を閉じたくないのに、眠気に抗えないまま重い瞼が降りてくる。
嫌だ、と思いながら眠る事も、慣れた事だった。
来るだろうあの不安の予感を感じ、きつく胸元を握りしめ、すとん、と視界も意識も途絶える。
深く意識が潜っているうちはまだいい。
浅い意識の中で、それが視線を送ってくる。半分覚醒したような中で、背中側には窓しかないとわかっていても、背後から視線を感じるような錯覚に心臓が早くなる。自分の様な、でも、兄の様な気配が、「あるわけがない」とわかっていながら、「まるでそこにいるような」気持ちばかりが気を急き立てる。起きなくてはいけない、目覚めてしまいたいのに、体は眠ったまま動けない。
視線だけ、ただ視線だけが注がれる。背中も、天井も、目の前にあるだろうドアの向こうからでさえ、見えない目がじっと自分を見ている気がする。監視されている。どこにも自由などない。目覚めたら顔を洗って、身嗜みを整えて、兄の側近が迎えに、それから、留守を預かるから、書類に目を通して、筆記も真似て、身振りと、口調、身につけるもの、態度、それから、沢山の事をしないと、こんな事も出来ないのだから、せめて少しは減らさないと、書類、嘆願書、臣下の観察、こんなことも、もっと出来が良くないと、俺は出来が悪いからしっかりしないとちゃんとしなくちゃ苦しい、苦しい、呼吸の仕方がわからない。俺は、俺、おれってだれだ、おれ、わたし、おれ…苦しい、体をうごかして、眼を、あけないと、ここから、でないと、出てどうする?逃げても無駄だ。でも、逃げないと、逃げて、どうしたらいい。逃げたって誰かが俺を責めるじゃないか。俺の所為、俺が悪い、俺の出来が悪いから兄上に迷惑がかかる、俺が、俺は、価値が、
「ノニンさん」
びくりと体がその声に大きく震えた。同時に体と頭の中に絡みつくような不安感がすっと下がっていく感覚にほっと一息つく。
「あら、凄い汗」
短く浅い呼吸を繰り返しながら、レヴェンデル殿が目の前にいて、笑っているのだけは確認できた。
「な、に、も、してない、から」
「え?」
「な、にも、してない、何もしてない、大丈夫、だから、俺、貴女に、何もしていない、酷い事もしてない、大丈夫だから、」
自分で何を口走っているのかわからない。それでも、女性とともに一室にいて、彼女に決して手を出していない事だけは主張しないといけないという意識だけが頭の前にこびりついている。
「ええ、なにもされてませんから安心なさって、ノニンさんが紳士な方って、私ちゃあんとわかってます」
「ごめ、…すまない、すいませ、ん、なにもしないから」
浅いままの呼吸は落ち着かない。ひゅ、ひゅ、と繰り返す中で混濁していた意識が平常心を取り戻してきそうで、必死に手繰り寄せる。大丈夫、兄上に命令されて抱くことはない、大丈夫。兄上は此処にはいない、大丈夫。
「過呼吸ですかねえ」
「か……?」
「ふふふ、ゆっくり息を吸って、吐いて、そうそうお上手です」
レヴェンデル殿がベッドに腰かけたのだろう。ギ、と音が鳴るのを聞いてまた体を丸くする。声を聴きながら必死に言われた通りにしようとする。ふ、という小さなため息のような呼吸音ひとつに体を硬直させてしまう。
「あら、」
かたん、とサイドテーブルの机の引き出しを開けたレヴェンデル殿が、祭りの日に貰ったあの袋をつまんで取り出したのが目に見えた。
「持ってるなら使った方が楽ですよ?はい、どうぞ」
「………あ、りがとう」
「いいえいいえ、魘されているお顔も素敵でしたけど、それじゃあセルベルちゃんが心配しちゃいますからね」
ぎゅ、と握った袋から香る優しい匂いに少しだけ心が凪いできた。
「……切迫感というか、脅迫概念みたいなものが御有りです?」
「よ、よく、わからないが、そう、なのかな」
「あらあら、大変」
ふふ、と笑う彼女のいつもの笑顔と笑い声が、ここは別の世界だと伝えてくれるように思える。そもそも、自国には彼女のような風貌の女性はいないし。
「この匂いに使われている植物には確かに精神を落ち着かせる効果があるんですよね、ふふふ、若い子は呪いといってるみたいだけど、事実効果はあったりするので」
「そう、なのか、何でも知ってらっしゃるんだな……」
「伊達に長生きしてません」
「……そ、そうなのか」
お若く見えるのだが、多分、ジョークなのだろうと思う。
「ピスケスさんがこういうの詳しいんですよ?彼、お医者様でもありますからね」
「そう、なのか」
「一度診て貰ったら…ああでも専門もありますものね、難しいかも」
「お、お気持ちだけで、いいから」
「あらあ、…いつか倒れますよ」
「…だから、今回は…倒れる前に、寝たんだ」
「あら、経験済みでしたか」
正直、若いころから何度かこれをやらかして、倒れることはあった。死んだように眠れるので逆に絶好の機会ではあったが、兄上に酷く冷たい目を向けられることも確かだ。当然だ、自己管理が出来ていないのだから。
「一人で寝るのが寂しいなら、というのは簡単ですけど、女性は苦手なんですものね」
「す、すまない、その、すまない」
「ふふふ、………気になる女性となら安心できるかしら?」
「………も、っと、無理だろうな、」
「そうでしょうねえ、向こうは貴方の事かなり疑ってますもの。デートはいかがでしたか?」
やはり彼女の事なのか、と少し、先ほどとは違う意味合いで心臓が早くなる。
「どうも、なにも、監視だから………」
「あらあら、残念……因みに、ひとめぼれ?」
ふふ、と笑う彼女は無邪気だ。
「……そ、……それは、その、」
「まだわからない?」
「……まだ、何も存じないのに、…好意を寄せるのは、申し訳がない…」
「あらあら、……あらあ」
酷く楽しそうで、興味深いといった声についちらりとレヴェンデル殿を見てしまう。顔にも、とても興味深い、とかいてあるような気がして気恥ずかしくなってくる。いや、何も悪いことはしていないのだが。やはり、直感的すぎる、だろうか。
「エデルガルドがどんな顔するか楽しみにしなくちゃ」
絶えない笑い声は心底楽しそうではある。
「そ、その、そんなに嫌いなのか…?」
「いえ?私は別に嫌いじゃないですけど…ただほら、彼女、ああいう方でしょ?秘密主義の私とは合わないんですよねえ」
「…そ、そうか」
「私がいつも含みを持たせるのが、カーってなるんじゃないです?こう、グワーッと」
足をぱたぱたと動かしていう彼女はいつもより少しだけ、幼いように思えてしまう。まるで楽しい友達とのやりとりを話すかのように笑顔だ。
「つまるところ私は貴方とエデルガルドの野次馬になりたいんですよね」
「そ、そ、そうか」
「ええ、ええ」
だから是非気持ちを見定めて動いてくださいね、と彼女は笑う。
「まあゼルマみたいなのが良いっていうならあっちでもいいですよ」
「野次馬したいだけなのか…?」
「そうですね、楽しいですからね」
くすくすともれる笑い声に力が抜ける。はは、とつい笑うと、なんとなく、体の力もどんどん抜けてきて、次第に気持ちのいい微睡が襲ってきた。
「今度は大丈夫ですよ、今夜だけは私、ギーゼラ・レヴェンデルが、貴方の厄災をはらう懐刀になります」
「それは、……申し訳が」
「あとで料金は頂きます」
「そ、そう、か、なら、いいか……」
「ええ、だから、」
今夜は、ゆっくり、と優しい声を聴きながら、とぷりと黒の中に意識が落ちていった。深い眠りのまま、目覚めたのは強い風の音でだった。起きた時はもう陽が随分高い位置に昇っていて、当然レヴェンデル殿はどこかに消えていた。
ああ、そういえば、今日は窓からいらしたのか、鍵を開けていらしたのか結局わからなかったなと思考しつつ、彼女が気を利かせて世間話をしてくれたのだろう事にも感謝するばかりだった。後で何か本当にお礼をしなくては、と思いながら久しぶりに寝入ったせいか、体は少し気だるかった。
何もせずじっとしている、というのは贅沢だと思うのだが、何かしていないと直ぐに寝そうになってしまうので、手を動かすことはしていた。
アメイシャ殿の屋敷には定期的に伺っていて、あれこれと教え事をさせて頂いている。幸い、それが「教鞭をとった」ということで賃金をもらっているし、文字の読み書き程度ならもう暫くしたら、孤児院の子供達に教える仕事も回して頂けることになったのは有難いと思っている。
どこでもそうだが、戦争があれば人が死ぬのは当たり前で、伴って、片親になったり、両親を失う子供たちも少なくはない。この領地内にも孤児院があるらしく、オルフェ殿の屋敷の、言ってみれば城下になるこの街中にもひとつ、ふたつ、とあるのだとはレヴェンデル殿から伺っていた。
アメイシャ殿の父君であるオウル・オルフェ殿にもお会いする機会があったが、穏やかな印象を強く受ける人で、確かに、俺と年頃は近かった。ピスケス殿の年齢は存じないのだが、恐らく彼くらいだろうか。
くらりと感じる眠気はまばたきのたびに襲ってくる。寝ないとまずいとわかっているのだが、寝たくない。でも、流石に、まず過ぎるともわかっている。祭りで買った黒の鉱石が入ったブローチをもう少し調べたいのだがもう頭が動かなくなってきたのも事実だ。
のろのろと座っていた椅子から立ち上がり、なりたくはないが、横になって眠るしかないと腹をくくる。目を閉じたくないのに、眠気に抗えないまま重い瞼が降りてくる。
嫌だ、と思いながら眠る事も、慣れた事だった。
来るだろうあの不安の予感を感じ、きつく胸元を握りしめ、すとん、と視界も意識も途絶える。
深く意識が潜っているうちはまだいい。
浅い意識の中で、それが視線を送ってくる。半分覚醒したような中で、背中側には窓しかないとわかっていても、背後から視線を感じるような錯覚に心臓が早くなる。自分の様な、でも、兄の様な気配が、「あるわけがない」とわかっていながら、「まるでそこにいるような」気持ちばかりが気を急き立てる。起きなくてはいけない、目覚めてしまいたいのに、体は眠ったまま動けない。
視線だけ、ただ視線だけが注がれる。背中も、天井も、目の前にあるだろうドアの向こうからでさえ、見えない目がじっと自分を見ている気がする。監視されている。どこにも自由などない。目覚めたら顔を洗って、身嗜みを整えて、兄の側近が迎えに、それから、留守を預かるから、書類に目を通して、筆記も真似て、身振りと、口調、身につけるもの、態度、それから、沢山の事をしないと、こんな事も出来ないのだから、せめて少しは減らさないと、書類、嘆願書、臣下の観察、こんなことも、もっと出来が良くないと、俺は出来が悪いからしっかりしないとちゃんとしなくちゃ苦しい、苦しい、呼吸の仕方がわからない。俺は、俺、おれってだれだ、おれ、わたし、おれ…苦しい、体をうごかして、眼を、あけないと、ここから、でないと、出てどうする?逃げても無駄だ。でも、逃げないと、逃げて、どうしたらいい。逃げたって誰かが俺を責めるじゃないか。俺の所為、俺が悪い、俺の出来が悪いから兄上に迷惑がかかる、俺が、俺は、価値が、
「ノニンさん」
びくりと体がその声に大きく震えた。同時に体と頭の中に絡みつくような不安感がすっと下がっていく感覚にほっと一息つく。
「あら、凄い汗」
短く浅い呼吸を繰り返しながら、レヴェンデル殿が目の前にいて、笑っているのだけは確認できた。
「な、に、も、してない、から」
「え?」
「な、にも、してない、何もしてない、大丈夫、だから、俺、貴女に、何もしていない、酷い事もしてない、大丈夫だから、」
自分で何を口走っているのかわからない。それでも、女性とともに一室にいて、彼女に決して手を出していない事だけは主張しないといけないという意識だけが頭の前にこびりついている。
「ええ、なにもされてませんから安心なさって、ノニンさんが紳士な方って、私ちゃあんとわかってます」
「ごめ、…すまない、すいませ、ん、なにもしないから」
浅いままの呼吸は落ち着かない。ひゅ、ひゅ、と繰り返す中で混濁していた意識が平常心を取り戻してきそうで、必死に手繰り寄せる。大丈夫、兄上に命令されて抱くことはない、大丈夫。兄上は此処にはいない、大丈夫。
「過呼吸ですかねえ」
「か……?」
「ふふふ、ゆっくり息を吸って、吐いて、そうそうお上手です」
レヴェンデル殿がベッドに腰かけたのだろう。ギ、と音が鳴るのを聞いてまた体を丸くする。声を聴きながら必死に言われた通りにしようとする。ふ、という小さなため息のような呼吸音ひとつに体を硬直させてしまう。
「あら、」
かたん、とサイドテーブルの机の引き出しを開けたレヴェンデル殿が、祭りの日に貰ったあの袋をつまんで取り出したのが目に見えた。
「持ってるなら使った方が楽ですよ?はい、どうぞ」
「………あ、りがとう」
「いいえいいえ、魘されているお顔も素敵でしたけど、それじゃあセルベルちゃんが心配しちゃいますからね」
ぎゅ、と握った袋から香る優しい匂いに少しだけ心が凪いできた。
「……切迫感というか、脅迫概念みたいなものが御有りです?」
「よ、よく、わからないが、そう、なのかな」
「あらあら、大変」
ふふ、と笑う彼女のいつもの笑顔と笑い声が、ここは別の世界だと伝えてくれるように思える。そもそも、自国には彼女のような風貌の女性はいないし。
「この匂いに使われている植物には確かに精神を落ち着かせる効果があるんですよね、ふふふ、若い子は呪いといってるみたいだけど、事実効果はあったりするので」
「そう、なのか、何でも知ってらっしゃるんだな……」
「伊達に長生きしてません」
「……そ、そうなのか」
お若く見えるのだが、多分、ジョークなのだろうと思う。
「ピスケスさんがこういうの詳しいんですよ?彼、お医者様でもありますからね」
「そう、なのか」
「一度診て貰ったら…ああでも専門もありますものね、難しいかも」
「お、お気持ちだけで、いいから」
「あらあ、…いつか倒れますよ」
「…だから、今回は…倒れる前に、寝たんだ」
「あら、経験済みでしたか」
正直、若いころから何度かこれをやらかして、倒れることはあった。死んだように眠れるので逆に絶好の機会ではあったが、兄上に酷く冷たい目を向けられることも確かだ。当然だ、自己管理が出来ていないのだから。
「一人で寝るのが寂しいなら、というのは簡単ですけど、女性は苦手なんですものね」
「す、すまない、その、すまない」
「ふふふ、………気になる女性となら安心できるかしら?」
「………も、っと、無理だろうな、」
「そうでしょうねえ、向こうは貴方の事かなり疑ってますもの。デートはいかがでしたか?」
やはり彼女の事なのか、と少し、先ほどとは違う意味合いで心臓が早くなる。
「どうも、なにも、監視だから………」
「あらあら、残念……因みに、ひとめぼれ?」
ふふ、と笑う彼女は無邪気だ。
「……そ、……それは、その、」
「まだわからない?」
「……まだ、何も存じないのに、…好意を寄せるのは、申し訳がない…」
「あらあら、……あらあ」
酷く楽しそうで、興味深いといった声についちらりとレヴェンデル殿を見てしまう。顔にも、とても興味深い、とかいてあるような気がして気恥ずかしくなってくる。いや、何も悪いことはしていないのだが。やはり、直感的すぎる、だろうか。
「エデルガルドがどんな顔するか楽しみにしなくちゃ」
絶えない笑い声は心底楽しそうではある。
「そ、その、そんなに嫌いなのか…?」
「いえ?私は別に嫌いじゃないですけど…ただほら、彼女、ああいう方でしょ?秘密主義の私とは合わないんですよねえ」
「…そ、そうか」
「私がいつも含みを持たせるのが、カーってなるんじゃないです?こう、グワーッと」
足をぱたぱたと動かしていう彼女はいつもより少しだけ、幼いように思えてしまう。まるで楽しい友達とのやりとりを話すかのように笑顔だ。
「つまるところ私は貴方とエデルガルドの野次馬になりたいんですよね」
「そ、そ、そうか」
「ええ、ええ」
だから是非気持ちを見定めて動いてくださいね、と彼女は笑う。
「まあゼルマみたいなのが良いっていうならあっちでもいいですよ」
「野次馬したいだけなのか…?」
「そうですね、楽しいですからね」
くすくすともれる笑い声に力が抜ける。はは、とつい笑うと、なんとなく、体の力もどんどん抜けてきて、次第に気持ちのいい微睡が襲ってきた。
「今度は大丈夫ですよ、今夜だけは私、ギーゼラ・レヴェンデルが、貴方の厄災をはらう懐刀になります」
「それは、……申し訳が」
「あとで料金は頂きます」
「そ、そう、か、なら、いいか……」
「ええ、だから、」
今夜は、ゆっくり、と優しい声を聴きながら、とぷりと黒の中に意識が落ちていった。深い眠りのまま、目覚めたのは強い風の音でだった。起きた時はもう陽が随分高い位置に昇っていて、当然レヴェンデル殿はどこかに消えていた。
ああ、そういえば、今日は窓からいらしたのか、鍵を開けていらしたのか結局わからなかったなと思考しつつ、彼女が気を利かせて世間話をしてくれたのだろう事にも感謝するばかりだった。後で何か本当にお礼をしなくては、と思いながら久しぶりに寝入ったせいか、体は少し気だるかった。