気は相当早いとはわかっているが、冬が来る前にある程度の薪の貯蓄もいるだろうし、何だったら色々細工する用に小さくしておくのは悪い事ではないな、と、いつの間にかアルゼン殿が持ってきては積み上げられている丸太をせっせと転がして作業している定位置に置く。三等分にして、薪にしていこうか、それともそのまま置いておこうかと考えていると背後から草を踏む音がしてくる。

「ノニン!!!」

 威勢のいい大きな声に流石に気配は感じていても驚いて肩を跳ねさせると、声の主はあっはっはと大きな口を開け、すまんと謝罪をしてきた。相変わらず、肩には丸太を担いでいる。

「アルゼン殿」
「おお、畏まんな!ゼルマでいい」
「では、ゼルマ殿」
「殿もいらない!敬語もいらない!」
「…ゼ、ゼルマ」
「よぉし!アタシはかたっ苦しいのは苦手なんだ!助かる!」

 快活に笑いながらごろごろと、丸太がまた積み上げられていく。近所に住んでいるとはいっても方向的にそうとう森の奥なのだが、家らしい姿は勿論ここからでは確認が出来ない。

「ノニンは今日もコツコツ作業か!マメな奴だな!」
「まあ……タダ飯を食うわけにはいかない、しな…」
「おっ、そうだな!!」

 よく通る気持ちのいい笑い声は聞いていても苦にならない。畏まらない会話、というのもなかなかに難しいと実感する。威圧的になってはいけないし、かといって程度もわからないし、うっかりすると、敬語やらつかってしまいそうになる。

「タダ飯食っていたら今頃アンタの背骨をへし折っていたとこだったな!!!あっははは!!」

 確かに折るのは簡単そうだな、と下手な成人男性よりもたくましい腕を見て納得してしまう。彼女はかなり肌の露出が、レヴェンデル殿とは違う意味で多いが、傷だらけの肌を惜しげもなく晒して、こうして笑っている姿は清々しく思う。

「暇だろ?さっきセルベルに許可とってきたんだ、アタシに付き合ってくれるな?」
「え」
「決まりだな!!」

 おかしい、まだ返事もしていないどころか許可をとる云々の前にもう決定事項だったのでは、と思考しているうちに腕を掴まれて引きずられるようにして彼女が来たのであろう道を、彼女に引っ張られて歩き始めることになっている。

「あ、お、おれ」
「良い良い!気にすんな!」
「いや何も言ってないんだが」
「おお!そうだな!最初からお前を借りてくつもりだったから返事を聞く気はこれっぽちもなかったのは謝ろう!!」

 滅茶苦茶な事を言う人だな、とぼんやりと思う反面、全く裏のないのだろうはっきりした物言いは好ましい、と思う。

「ちゃ、ちゃんとついて行きま…行くから、手を離して…」
「ん?なんで?」
「え…そ、その、お、俺は、男だし」
「おう、そんで?」
「……ゼルマは、女性、だから、その…申し訳ない、だろ」
「何が?」
「な、なにが、って、その、……御互い男と女、だし、接触するのはゼルマに申し訳、」

 きょとん、としていた彼女だったが、ぱ、と手を放してくれたかと思うとまた大きな声で笑い出す。何か変な事を言っただろうかと伺っていると笑い終えたと同時に、笑顔はそのままにしてすまないと謝罪される。

「ノニンはシャイな奴だな!!」
「ぇ、そ、そうかな…」
「なんだ?アタシみたいなのでも意識すんのか?」
「意識というか、その、あー、俺は…あまり女性と接触しないようにしてる、し、苦手ではあるかな、う、うん」
「成程な!ありがとよ!!」
「えっ」
「久しく女として見られたことがないんだよ!!ほら、アタシは昔っからこの通りだからよ!あっはっは!いやあ!ちょっとばかし嬉しいもんだ!」

 腰に手を当て、胸を張って笑う彼女は楽しそうに見える。

「い、嫌な気にさせていないなら、良かった」
「いやあ、アタシはかなり嬉しいが?心配しなさんな!そんなことで目くじらたてやしない」
「あ、ああ、ありがとう」
「よしよし、じゃあちょっとばかりついて来てくれ!手伝って欲しいんだ」

 大股で歩く姿に少しだけ、彼女を重ねそうになるが慌てて消す。まだ多く知らない事ばかりなのに、「そう」と言えないと、どうしても、何度でも思う。

「何を手伝……」

 どれくらい歩いたか知れない。黙って歩くゼルマ殿の後ろをついていくばかりもと思い、手伝う内容を尋ねようとした視界に、開けた場所と、小さな小屋と、それから、大きな、獣が横になっているのが見えた。

「ぅわ……」
「仕留めたんだがデカすぎてなあ!」
「は!?仕留めた!?」
「おお!」
「こ、これを?」
「おおっ!」

 にかにかと笑う彼女は誇らしげだ。自国で見るような、熊のように見えるのだが、こちらでもこれは熊なんだろうか。いくつか呼称が同じ動物がいるらしいことには安心したが、果たしてこの形状の獣は、熊と呼んでいるんだろうか。
 いやそれよりも武器の類を持っていないように見えるのだがまさか素手でやり合ったというんだろうか。

「気性が荒すぎる熊が稀にうちに突っ込んで来るんだ。まあ大抵は負かして追い返すがこいつなかなかな殺気でなあ」
「か、かなり大柄な個体に見えるんだが」

 ああ、呼称は熊でいいのか、と安心したが、いやしかし、正直言って横たわっているが、立ちあがったら2mはゆうに超えていると思う。

「斧持ってなかったら死んでたな!あっはっはっはっはっは!!!!」
「あ、危ないだろ…!ゼルマだって女性なんだから!き、危険なことは!ダメだ、ろ…」

 つい慌てて言葉を荒げたが、、いやしかし、強さを誇りにしているとしたら侮辱かと段々小声になっていくのは情けない。
 不安になりながら彼女を見ると、変わらず、にこにこと笑っている。

「おお、そうだな!!ノニンからしたらアタシも女なんだもんな!気を付ける!!ありがとよ!!」
「セ、セルベル殿だって心配する」
「おっ、確かにな!!」

 ばんばん、と獣を叩いて笑う彼女は本当に言葉を素直に出していると確信が出来る。思ったままを口にして、警戒は、あまりしなくてもいいのかもとつい緊張感が緩んでしまう。

「幸い今回は軽傷だったからな!心配すんな!流石に大怪我負ってぴんしゃんしてる化物じゃない」
「手当は」
「もうした!手慣れたもんだ!ああ、それよりあれなんだよ、こいつデカすぎるからな?アタシ捌くから、ノニンはアタシの言う通りに毛皮やら肉やら仕分けてくれるか」
「え、あ、ああ、なるほど」
「怪我に関してはなあ、一度大怪我してエデルガルドに怒られたからな!!気を付けてる!!」

 ぴく、とつい頭が反応してしまうのが情けないのだが、そうか、彼女はレスライン殿とお知り合いなのか。

「知ってるか?エデルガルド・レスラインってやつなんだけど」
「あ、ああ、セルベル殿の兵役中の上官だった方と聞いたし、その、お会いした」
「おお、そうか!アタシとは喧嘩友達みたいなもんなんだ!!!良かったらアイツとも仲良くしてやってくれ!!」
「う、うん、わかった…仲良くなれる、と良いんだが」
「ああー…まあ、気難しい奴だけど、そのうちアイツもお前が可愛い奴ってわかるさ」

 聞きなれない単語につい、癖で俯きがちになる顔を上げて見てしまう。

「……………可愛い?俺が?」
「おお、可愛い可愛い!」

 何処が、と聞きたかったが、彼女が意気揚々と捌くためだろうナイフを取り出し、作業をし始めたことで結局、かわいいとは何処が、と聞けないまま、小さな荷車に肉やら骨やら、皮やらと積み込んではセルベル殿の宿に運び出す、という作業で、一日を終えた。
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