普段ならとっくに店仕舞いをしているのだろうということは想像できる工芸を取り扱う店や手芸の店に関しても、店先にほんのりとろうそくが中に入った鳥の形の台座が特徴的なランプを下げている。街灯とはデザインが似ているので、同じ鳥なのだろう、と思う。昼間にああいったものは見かけなかったので、あの鳥に何か意味はあるんだろうか、と聞きたいところだが下手にこれを尋ねるとまずいかもしれない。
 いろいろな神を崇拝対象にするこの国には、「鳥」の形をした神もいるのだと聞いてはいる。どんな神なのかまでは知らないが、もしあれがその神を模したものだとしたら、質問は自分の首を絞める羽目になる。

「(あとでオルフェ殿に伺おう、それかレヴェンデル殿に)」

 レスライン殿はつかず離れずの距離を背後でとっている。デートとレヴェンデル殿は揶揄したが、、どうあがいても監視員と容疑者だ。
 冷たい視線をひしひしと感じながらも決して邪魔はされない。
 昼間はあまり注目していなかった照明器具の類に明かりが灯され展示されているのをまじまじと見る。オルフェ殿が一体どういったものを気にしていらっしゃるか見当がつかない中ではひとまず自分の為でもあるがいろいろと見ておくほうが良いだろう。

「旦那さん、そちらの旦那さん」

 二度ほど呼ばれ、顔を上げると昼間に寄ったあのアクセサリーの店主…の夫だろう人がにこにこと笑っている。確か昼間は女性だったが、彼は奥の作業台で何かしながらこちらを見ていたと記憶している。夜は流石に女性では危険だし奥へ行くのだろう。俺かという意味を込めて自分を指さすと、うんうんと頷き、手招きされる。

「小姓さんはどうしました」

 目の前に行くなり、小姓と言われ一瞬思考が飛んだが、ああ、オルフェ殿をそう見ていたのか、と思う。確かにまあ、そう見えた可能性はある。彼女は見た目が良い方だろうし。俺はこんなだし。

「屋敷に戻っております」
「そうですか」
「遠くから連れてきたもので、はしゃぎ過ぎたようで」
「ははあ、なるほど、楽しんでもらってよかった」

 女性の店主もそうだったが、こちらの男性も人当たりが良い。加えて彼は今俺のことをつぶさに見ている。服装を見ているのだろう事は想像に容易い。

「旦那はここらの人じゃ?」
「最近越して参りました」
「ああ、だから」

 ちらりと店主が視線を流した場所には恐らくレスライン殿が立っているのだろう。彼女の気圧に押されているのか自然と人は彼女を避けていく。

「女狼殿が後ろをついてるわけだ」
 こそ、と耳打ちのように顔を寄せて言われたその言葉に瞬きをすると、旦那さんは知らないんでしょうがと付け足される。

「あの女軍人さんはここの街じゃかなり有名な人だ。まあ旦那さんは顔はいっちゃあ厳ついが、昼間の話し方を見ているに人はよさそうだからそんなことはないが、噛みつかれないようにしなよ、男にだって勝つんだからあの人は」
「…ありがとう」
「で、小姓さんは結局どっちにするって?」

 一応まだ残ってますよ、と勧められたあの二つの耳飾りは昼とまた違って見える。

「……決められないようだったから、どちらも貰えるかな?あとでプレゼントにするよ」
「言っちゃなんだが旦那、結構しますよ」
「丁寧に作られているものだとわかる、値段はさして問題ではない」

 じゃあ、と丁寧に木箱に収められた二つを渡してもらい、料金を払う。確かに結構かもしれないなとは思うが手間暇がかかっているなら相応のものだろう。
 礼を述べてローブの内ポケットに入れる。

「折角だったら小姓さんとそこの丘に行けばよかった、今日みたいに月が見えている夜は星も良く見えて人気の場所なんですよ」
「……ん、来年はそうしようかな、ありがとう」

 そんな場所があるのか、と聞きながら見てみたい気もするが、人気だとなると今の時間は親しい仲の二人など多くいらっしゃるんだろうと予測はつく。

「(祭りが終った後日にでも行ってみよう)」

 丘、というんだからもしかすると地形の一つでも見えるかもしれないしと思う。ああ、でも、それなら詳しそうな方が後ろにいるが、聞いてみていい物かというのも悩みどころだ。

「お兄さん」

 あとは何を見よう、と思っていると先ほどとは違う店から元気よく声を掛けられる。俺か、俺でいいのかときょろきょろしてしまったが店先の若い男がうんうんとまた頷いているのでそうなんだろう。

「お兄さん、うちの店のブローチはどうかな?きっとお兄さんに似合う」

 上等品だ、と言って布を目の前で開いて見せる店員は商売意欲があるななどと思いつつ拝見する。男性向けに作られているのかもしれないシンプルで、豪奢過ぎないデザインと施されている細工は確かに、上等だ。こちらの知識に詳しくなくてもわかる。

「美しい石だな」
「だろ?」

 銀色の土台にはめ込まれた黒い石は周囲の明かりを僅かに吸って輝いている。中央に渦のように入った白い模様が目を引くのだが、石を囲うようにあしらわれている蔦の囲いも手が込んでいる。

「向こうの山の領地で採れる石なんだ、まあ、石自体は高級じゃないんだが模様が不思議だろ」
「周りの細工をしている職人が名工だろうか?とても良く作られている」
「そう、そうなんだ!まあうちの親父なんだけどな!」

 ヘヘヘと笑う男は身内を褒められたからか随分嬉しそうにする。

「どうして俺に声をかけたんだろうか」
「や、その、」
「…正直、自分で言うのはなんだが羽振りが良さそうに見えるとは思えないんだ」
「襟、その襟の刺繍だ」

 襟、と思わず触れる。確かにこの刺繍自体相当手の込んだものだとは思ったが。

「その縫い付け方は『ルミノクス』って工房の職人がやるやり方なんだ。経験豊富じゃないと出来ないし、なにせ値が張るんで俺達みたいな庶民じゃなかなかに高級品なんだよ。中には紛い物みたいなものも出たりするけど、お兄さんのは正規品で違いないと思うんだ。もしかしてお兄さんだったらこの良さ分かってくれるかもと思って」
「まあ、着ければ宣伝にもなるだろうしな」

 はにかむ男は素直だ。本当に、これほど素直に腹の底を隠さない人に逢うこともないだろうと思う。

「わかった、貰おう」
「えっ、いいの!?」
「良いよ」
「やった!じゃない、ありがとうございます!」

 ぽんぽんと即決し過ぎか、と思うが、オルフェ殿に渡そうと思った耳飾りの方が値が張ったし、まあ、いいか、と思う。どうぞと元気よく渡されたブローチを受け取り、少しだけ後ろにいるだろう彼女を気にしつつ石に手を添える。

「(もしかして…)」

 あとで確かめよう、とブローチを一緒に渡された布に包み、先ほどの耳飾りと同じようにローブの内側のポケットにしまい込む。
 昼間と変わらない品物をだす店もあれば、夜は違う品ぞろえをしている店もある。宝石の様なきらきらとした食べ物はオルフェ殿は好きなのだろうかと思うが、困ったことに、俺にはここの世界の女性が好むだろうものがわからない。自国の流行り廃りは気を付けてはいたものだが。所が変われば品が変わるように趣味嗜好、流行り廃りも違うはず、近いのかもしれないが断言はできない。
 ふっと顔を上げ、後ろを見渡すが彼女の姿は見えない。それでも視線は感じるので祭りの雰囲気のなか何処かにいるのではないかと思うのは、彼女と同じように深い緑の軍服を着た男が何人か、狭い路地に立っていたのを見たせいだ。

「何処に行く」

 きっと祭りから逸れれば、いやそうでなくとも監視を自分から申し出たのだ、追跡はしている筈だと踏んで人通りの少なそうな路地に入り込んだが正解だった。祭りのにぎやかさを後ろに、その声はよく届く。

「聞きたい事が、あって」

 す、と細められた眼光は鋭く射貫いてくるようで背筋が自然と伸びる。

「そ、その……街の、彼女ほどの女性の間で、人気のものなどご存知、だろうか」

 案外男でも知っているのかもしれないが把握しているものなら女性の方が多いだろうとは思う。

「知ってどうする」
「出かけることは初めて、と言っていたし、ええと、昼間に、ぬいぐるみなど買われていたので、夜売っているもので、流行りのものなどあったら、彼女に、渡そうと思う」
「……」
「媚を売るとかではない、まあ、結果そう見えるのは仕方がないが、その、ああ、なんていうのか……その、少しでも彼女が楽しむものを渡せれば、」
「広場の屋敷の方向にある店のベルト飾りだ」

 言葉に詰まってうつむいていた顔を上げると顎で方向を示される。

「ベ、ベルト…、ああ、そうか、衣類の」

 そういえば街で見かけた娘さんたちは、ゆったりとした一枚布で出来ている衣服を胸の下か、腰あたりをベルトで締めていたが、ああいうのがファッションなのだろうと見ていた。あれが流行なのか。

「あ、ありがとう、聞いてよかった」
「この程度私の部下でも知っている」
「う、うん、すまない…女性の事は、女性に聞いて置くのが一番誤差がない、から…」
「どうだか」

 ふん、と帽子の鍔の角度を直した彼女の顔は変わる事無く冷たいままでいる。

「でも、その、女性の貴女なら、街中でも同性の事は気に掛けるだろう、と思ったので……男では気にかからない所も見るだろ?」

 個人差はあるかもしれないのだが、女性というのは色々と観察しているように思っている。これは、俺の勝手な認識なので実際はわからないのだが。アクセサリーを変えた、とか、髪型が違う、とか、爪の色だとか、とにかくそういう小さな変化があるのを見つけては褒めていた女官たちを見かけていたせいもあった。

「仕事で見ているだけだ」
「それでもやはり、男女では観点が違う場合もあるので、助かる…、日中は全体的な服装しか俺は気にしていなかった、から、有難く思う」
「さっさと行け、無駄話が過ぎる」

 ギロリと睨まれたことに首を竦めて彼女の横を通り抜けるように広場に向かう。やはりというべきか雑踏に紛れている様子はなく、またどこかで見ているんだろう。それがここの領地を守っている彼らのやり方なのかもしれない。自国の祭りの時は、それなりに腕の立つ騎士を配置してみてわかるよう抑止力の代わりにもしていたが。
 言われた方向に向かえばなるほど、ベルトにつけるのだろう小さな飾りが吊るされたり机の上に並べられている。モチーフなどきっとそれぞれあるのだろうが意味までわからないのは困ったものだ。月と太陽と、あるだろうとは思っていたがロージエ殿の鎧甲冑にもあったあの生き物と、花と、貝殻のものもあるので魚介の中身まではこちらに通ってはいないのかそれとも乾燥して届けていて、外側のものを活用する職人がいるのかわからない。

「すまないのだが、……娘に買っていきたい」
「娘さんにですか」

 女性の店番が珍しくいる、と思いながら話しかける。奥には大分逞しそうな男性もいるので、まあ、安全は確保されているのだろう。

「娘はあまり女性らしい服装を好まなくて、その、そういった服に合うものが欲しい」
「ああ、でしたらこれはどうです?ちょっと男性的かもしれませんが魔狼と月のモチーフです。両側に小さな星もあしらっています」
「ああ、なるほど…」
「それかこちらの剣月花の、あまり女性がつけるには鋭すぎるかなあと思うんですが、男性寄りの服を好むお嬢さんでしたら服に似合うかと」

 円の縁に沿うように月と三つ目の狼があしらわれている小さな飾りと、剣のように花びらの先がとがっている変わった花の飾りを見せられる。金額は、高くない。庶民で流行っていることもあって、先ほど購入したものと比べればとても安価だろう。

「じゃ、あ、…月の方、を貰う」

 確か、彼女はレスライン殿に尊敬の念を抱いていた、と思う。レスライン殿の事を狼と言っていた店主も居たし、部外者の俺が言う事ではないのかもしれないが、オルフェ殿を護ると固く誓っているレスライン殿のあだ名である狼のモチーフは、オルフェ殿も喜ぶんじゃあないだろうかと一人で決めて包んでもらう。

「じゃあこれはオマケ、どうぞ」
「あ、ありがとう」

 受け取ったものはこれまた小さな袋で、何が入っているのだろうと思いつつひとまず買い出しのような真似は済んだと括って、公園らしきあの場所へ一度戻ることにした。
20/26ページ