春
オルフェ殿の後ろをただ黙ってついて歩くに留めながら、彼女が興味を示して歩み寄るその歩を止めない事が、指名を受け一応保護者としてレヴェンデル殿に任された己の務め、と思っている。
領主というものを、セルベル殿の発言で分かってはいたが殆どの民は見たことが無いようだった。顔を見せたとしても屋敷のバルコニーから、だとかしかるべき建物の高見となれば声は通ったとして顔までは見えぬだろう。次期当主ともなればますますだ。傍に控えていたとしても彼女へ注目はなかなかいかぬのではないか。
誰も彼女を自分たちの国を統治している者の娘「アメイシャ・オルフェ」であるとは気がついていない。気さくに声をかける。
「ノニン殿、ノニン殿!来てください」
「はい、何でしょうか」
言われるがまま寄っていった先の店先には貝殻か何かで作ったのだろう工芸品が並んでいる。女性が好きそうなデザインが多い、と思う。
「これは貝殻で作ったものなのですよね」
彼女の問いかけに店の主人は人の好さそうな顔で「ええ、そうですよ」と答える。
「素敵です…」
ほう、とため息をつく彼女の視線が一点へ注がれている。耳飾りにする為に作られているのだろう金属に吊るされた小さないくつかのアクセサリーが台座にちょこんと並べられている。
「欲しいのですか?」
彼女が何か欲しがったら買ってあげて、まあ貴方自身の買い物でもいいけれどとレヴェンデル殿から渡された資金は一応ある。
「うーん、実は、悩んでいます」
「はあ……」
「こちらと、こちら……どちらも素敵なのですが、色で悩んでしまって」
だからノニン殿に意見を仰ごうと思って、と彼女が笑う。
いや、待ってくれ、俺でいいのか、と聞きたい気持を堪える。
「普段着る服に合わせて買う、というのも手だと思います」
「…うーん」
ひとつは、黒っぽい色の貝殻の内側に朝日を思わせる色があしらわれたもので、色は、なにでもって着色されているのか想像はつかないのだが貝殻自体の色と着色された色を楽しめるだろうとは思う。
もうひとつは淡く透き通っている。台座の色が透けて見えるほどの薄い貝殻なのか、それとも、貝殻を真似て作られた人工的な作品かは触ったわけではないので判別がつけられない。
どちらをつけても若々しい彼女には良く似合うだろう、と思う。
「うー」
「決めかねているなら一旦別所を見てくるのも手です」
「そう、ですよね、うう、時間は有限ですから」
そうします!と名残惜しそうに後退る彼女はそれでも楽しんでいらっしゃるように見える。
「それと私はあまり、あの、センスなどないので、聞きはしますが良い回答は出来かねますメイ殿」
「良いんです!!意見をくださるだけでありがたいので」
幾度となく向けられる屈託のない笑顔は慣れない。慣れないながらも彼女の素直さを見せて頂いているような気持にもなり、身が引き締まるような思いになる。
「あちらの店に行ってみましょう」
軽やかな足取りで進む彼女について行った先は花屋、のようにも見える。
「いらっしゃいませ、良かったらどうですか?おひとつ」
店先にいた女性が、オルフェ殿に小さな花で出来たコサージュを手渡してくる。オルフェ殿は何という事もなくすんなりと両手でそれを受け取りしげしげと観察している。
「御父様もどうぞ、奥様へ」
素晴らしいという出来ではないのだが、作ったものの丁寧さを感じるなと眺めていると俺にもそう声をかけ、女性が手渡してくる。真っ白な花で作られたコサージュはあまりにも小さい。
「母上が喜びますね、父上」
恐らく俺と彼女を「親子」と捉えたため、「奥様」という単語も出たのだろう。しかしこれを奥方へというのは、どういう意味合いか計りかねていると、オルフェ殿が笑顔で「子」のふりをする。
「…あ、そ、そう、だな」
「今日は無料で配っておりますの」
「ありがとうございます!私も心に決めた方にこれを送る日を楽しみに、大切にしたいと思います」
「ええ、ええ、そうなさって」
ああ、そういう、と納得したのと、行きましょうとオルフェ殿に声をかけられたのは同時だった。店から遠ざかりながら少しだけ人だかりから外れていく。
「コレは、つまり婚姻の代わりだろうか」
「もっと軽い感じです。昔はそのようでしたけど…今は恋人同士で贈り合うプレゼント、と言った感じで」
ロマンチックですよね、というオルフェ殿の小さな手の中にすっぽりと収まっているそれは本当に可愛らしいと感じるものだ。六つの花弁を持った小さな花がぎゅっと集まってそこにある。
「な、なるほど」
「赤い花は一応、今でも婚姻を申し込むときに贈る方もいらっしゃいます。あの店は白を配っていたので、こちらは素敵だと感じた方に贈るものですね」
「はあ…」
色でか、となかなか自国では馴染みのない文化についつい手の中のソレを見つめる。
「俺が持っていてもなんというか、」
「素敵な方だと感じる方に贈っては?」
「そんな気さくに贈ってしまっていいのか」
「……あ、そうですよね、人によって受け取り方が…ううん、難しいですよね…」
「覚えてはおく、ありがとう」
「いえいえ、此方こそありがとうございます」
潰さないようにローブの内についている収納スペースにそっと入れ、次に行きましょうと軽やかに歩く彼女を追いかけることにした。
領主というものを、セルベル殿の発言で分かってはいたが殆どの民は見たことが無いようだった。顔を見せたとしても屋敷のバルコニーから、だとかしかるべき建物の高見となれば声は通ったとして顔までは見えぬだろう。次期当主ともなればますますだ。傍に控えていたとしても彼女へ注目はなかなかいかぬのではないか。
誰も彼女を自分たちの国を統治している者の娘「アメイシャ・オルフェ」であるとは気がついていない。気さくに声をかける。
「ノニン殿、ノニン殿!来てください」
「はい、何でしょうか」
言われるがまま寄っていった先の店先には貝殻か何かで作ったのだろう工芸品が並んでいる。女性が好きそうなデザインが多い、と思う。
「これは貝殻で作ったものなのですよね」
彼女の問いかけに店の主人は人の好さそうな顔で「ええ、そうですよ」と答える。
「素敵です…」
ほう、とため息をつく彼女の視線が一点へ注がれている。耳飾りにする為に作られているのだろう金属に吊るされた小さないくつかのアクセサリーが台座にちょこんと並べられている。
「欲しいのですか?」
彼女が何か欲しがったら買ってあげて、まあ貴方自身の買い物でもいいけれどとレヴェンデル殿から渡された資金は一応ある。
「うーん、実は、悩んでいます」
「はあ……」
「こちらと、こちら……どちらも素敵なのですが、色で悩んでしまって」
だからノニン殿に意見を仰ごうと思って、と彼女が笑う。
いや、待ってくれ、俺でいいのか、と聞きたい気持を堪える。
「普段着る服に合わせて買う、というのも手だと思います」
「…うーん」
ひとつは、黒っぽい色の貝殻の内側に朝日を思わせる色があしらわれたもので、色は、なにでもって着色されているのか想像はつかないのだが貝殻自体の色と着色された色を楽しめるだろうとは思う。
もうひとつは淡く透き通っている。台座の色が透けて見えるほどの薄い貝殻なのか、それとも、貝殻を真似て作られた人工的な作品かは触ったわけではないので判別がつけられない。
どちらをつけても若々しい彼女には良く似合うだろう、と思う。
「うー」
「決めかねているなら一旦別所を見てくるのも手です」
「そう、ですよね、うう、時間は有限ですから」
そうします!と名残惜しそうに後退る彼女はそれでも楽しんでいらっしゃるように見える。
「それと私はあまり、あの、センスなどないので、聞きはしますが良い回答は出来かねますメイ殿」
「良いんです!!意見をくださるだけでありがたいので」
幾度となく向けられる屈託のない笑顔は慣れない。慣れないながらも彼女の素直さを見せて頂いているような気持にもなり、身が引き締まるような思いになる。
「あちらの店に行ってみましょう」
軽やかな足取りで進む彼女について行った先は花屋、のようにも見える。
「いらっしゃいませ、良かったらどうですか?おひとつ」
店先にいた女性が、オルフェ殿に小さな花で出来たコサージュを手渡してくる。オルフェ殿は何という事もなくすんなりと両手でそれを受け取りしげしげと観察している。
「御父様もどうぞ、奥様へ」
素晴らしいという出来ではないのだが、作ったものの丁寧さを感じるなと眺めていると俺にもそう声をかけ、女性が手渡してくる。真っ白な花で作られたコサージュはあまりにも小さい。
「母上が喜びますね、父上」
恐らく俺と彼女を「親子」と捉えたため、「奥様」という単語も出たのだろう。しかしこれを奥方へというのは、どういう意味合いか計りかねていると、オルフェ殿が笑顔で「子」のふりをする。
「…あ、そ、そう、だな」
「今日は無料で配っておりますの」
「ありがとうございます!私も心に決めた方にこれを送る日を楽しみに、大切にしたいと思います」
「ええ、ええ、そうなさって」
ああ、そういう、と納得したのと、行きましょうとオルフェ殿に声をかけられたのは同時だった。店から遠ざかりながら少しだけ人だかりから外れていく。
「コレは、つまり婚姻の代わりだろうか」
「もっと軽い感じです。昔はそのようでしたけど…今は恋人同士で贈り合うプレゼント、と言った感じで」
ロマンチックですよね、というオルフェ殿の小さな手の中にすっぽりと収まっているそれは本当に可愛らしいと感じるものだ。六つの花弁を持った小さな花がぎゅっと集まってそこにある。
「な、なるほど」
「赤い花は一応、今でも婚姻を申し込むときに贈る方もいらっしゃいます。あの店は白を配っていたので、こちらは素敵だと感じた方に贈るものですね」
「はあ…」
色でか、となかなか自国では馴染みのない文化についつい手の中のソレを見つめる。
「俺が持っていてもなんというか、」
「素敵な方だと感じる方に贈っては?」
「そんな気さくに贈ってしまっていいのか」
「……あ、そうですよね、人によって受け取り方が…ううん、難しいですよね…」
「覚えてはおく、ありがとう」
「いえいえ、此方こそありがとうございます」
潰さないようにローブの内についている収納スペースにそっと入れ、次に行きましょうと軽やかに歩く彼女を追いかけることにした。