幸せの青いことり

 夕飯を終えたあと、一緒にお風呂、とキュレイにせがまれたものの丁重にお断りをして、先にシャワーを浴びて部屋で待っている。何かするかとはいったけど、部屋にあるのはデカイベッドとデカイカウチと壁にちょこちょこある本くらいだ。ゲームは、というとホライゾンさんがいうに「ファゼット君の年齢からみて陣取りゲームとか知略系をしてるの私的にとても渋い」とのことだ。キュレイが楽しむかさっぱりわからないが一応、ゲームをインストールする専用の端末を引っ張り出してはおいた。

「ファゼットさん」

 ドアノブの高さが、ホライゾンさん規格なせいで、ちょっと高い位置にあるもんだから背伸びをしながらドアを開けて入ってきたキュレイは随分血色がいい。綺麗な髪の毛は上手にくるくると団子状に丸まって留めてある。

「一応、夜更かし用にいろいろ出したけど」
「わあー!」

 ぱたぱたと寄ってきたキュレイからは良い匂いがするが、よく考えなくてもホライゾンさんが用意したボディーソープやら使ったのだろうから俺と変わらない香りの筈なのにやたらいい匂いがする。謎だ。

「ゲームですか!」
「ああ、うん…」
「こういうの父上はなかなかさせて下さらないので触ってみたいです!」
「そうなんだ……」
「父上、ゲームが苦手っておっしゃってました!」
「へえ」

 失礼かもしれないが、端末機器は使いこなすのにゲームが苦手なのが意外だと思ってしまう。

「これは陣取りゲーム、この端末だと二人対戦できる…。こっちは一人用だけど、興味があるならクリア済みのデータ引き継いでやってみてもいいよ」
「良いんですか!」
「…い、いいけど」
「おしえてくださるんですか!?ファゼットさんが!?」
「え、そりゃ、教えるよ」
「します!!」

 ふすふすと鼻息も少し荒く意気揚々と端末を見下ろすキュレイは、押していいですか、と確認をしてから俺が頷いたのをみてゲームのアイコンをタップする。OPムービーは見慣れたものだが楽しそうに眺めるキュレイはきらきらと目を輝かせている。
 起動し終わってからはべったりと横に張り付かれてあれは、これは、と質問攻めされてしまう。少し鬱陶しい、と思うものの近い年の子とあまり、こういうこともしたことがなかったからどことなく、こんなのもいいかと思ったりもする。

「先にこっちに工場をたてて、生産ラインを作っとくのがいい」
「そうなんですか、工場、これですか!!」
「そう、輸送速度も大事だから、道路工事もしないと…」
「あわ、やることが多いんですね…」
「まあ、最初はそう思うけどこなれてくるとまあ、作業だから」
「作業」

 むむむ、と唸った後少しずつ自分で考えてゲームをし始めているキュレイは言われたことをほぼほぼ素直に実行しているように見える。

「いっぱい考えることがあって、夢中になりますね」
「対戦ゲームもしてみる?」
「良いんですか!」
「ああ、まあ、これはここでセーブしていいよ、次来た時続きからすれば」
「次も来ていいんですか!!!!!」
「えっ、あ、う、うん、いいよ」
「ファゼットさん!!!」

 ぎゅむ、と抱き着かれて、そんな力もないので倒れてしまう。よっぽど嬉しいらしいと思うのだがなんでそこまで感極まってハグされているのかはいまいちわからない。それでもキュレイがにこにことしてると、まあ、こいつが楽しそうだからいいか、で完結してしまう。

「また来ます!!お泊りします!!」
「わかった、わかったから、離れて……」
「離れます!」

 がばりと起き上ったキュレイはそれはもう満面の笑顔だ。

「眠いのがどっかにいってしまいました!」
「ええ……」
「もう少し遊べます!!いつもより、とても夜更かし中です!」
「随分寝るの早いなお前」
「ファゼットさんは夜更かしなさるんですか?」
「まあ、なさるというか、寝つきが悪いから」
「そうなんですね!」

 常々感じてはいたが、キュレイのやつ、受け答えが笑顔つきだ。元気いっぱい、というのはこいつのことを言うんだ。いや、お人形みたいに可愛くて元気いっぱいってどんだけ設定盛ったんだと思うが。

「ファゼットさん!」
「えっ、あ、はい」

 神妙な顔で名前を呼ばれ、ついキュレイを見ると、僅かに紅潮した頬が目に入る。いや、止せ、そんな顔すんな。顔面が武器なのかってくらい恐ろしいほど絵になるぞ。

「今日はご一緒に寝てくださいますか」
「え?」
「おねがいします!」
「えっ、…え?ね、」
「この通りです!」

 いやいや、俺に祈るな。

「か、勝手にすれば??」
「そんな!勝手になんてできません!ファゼットさんの許可を得たいのです!」
「でもお前どうしても俺と寝たいんだろ」
「そうなんです!」
「一応言っとくけどな、俺が、ちゃんと「嫌だ」って言える選択肢も言葉の中に置いておくんだぞ?一人で寝ろ」
「うううーーーー!!!!」

 ぎゅむ、とシーツに顔を押し付けて丸まったせいで、下に行くにつれて色の濃くなっていく髪の毛がしゃらりとシーツに広がる。どんだけだ。

「あのなあ、お前さあ、もう10は過ぎただろ?」
「推定年齢は過ぎました……」
「一人で寝てるんだろ?」
「ねております」
「じゃあ一人で寝れるだろ」
「うううううう」

 うずくまったまま顔を上げないでうめいている。

「シリウスさんとはご一緒できてどうして私はダメなんですかあ」
「シリウスはだってチビだし…」
「私も小さいです!」
「年下だけどお前最近そこそこ背が伸びて来ただろ」
「ぅうううううう」

 とてもじゃないが、ただでさえ俺と接点が多いってだけでも俺はこいつの他の交友関係も気にしてなるべく「QQの奴と遊んでる」だなんて言われないようにしたいのに、汚い自分とだなんてベッドを一緒にさせるわけにもいかない。遊ぶだけならまあまだいいけど。

「こんなことを言ってはダメだと父上に言われますけど、うう、ずるいです、うらやましいです、わたしもシリウスさんになりたかったです」
「今日はなんか無茶苦茶言うなお前」

 めそめそと涙声で話す言葉が心底悔しそうで困惑する。俺なんかのことでこんなに落ち込むなよと言いたいんだが。

「ギ、ギゴウさんとかと寝るだろ」
「?? 父上とはお部屋が別です」
「………」

 怖い夢を見るとホライゾンさんと寝てしまう、ということは黙っておいた方が良い。俺のプライドの問題で。

「……わ、わかったよ、しょうがねえな」

 思えばこいつ一人っ子、ってやつだ。シリウスは俺かホライゾンさんにべったりだし、遊んでいる時や家に来て話をしている時に多分そんな話を聞いたんだろうなと思う。うらやましい、ずるい、とこいつの口から出たのもかなり驚いたが、そうだな、そうだ。イイコのイメージが強いキュレイがこんなに我儘をいう、ってことは本当にそうしたいんだろうなとも思える。
 現に頷いたらきらきらしだしたし。

「ファゼットさんんんん」
「あーーもう、くっつくな!」

 俺と仲良くしていじめられたりしても知らねえ、と思いながらもちょっとやはり心配でもある。だというのに、ぎゅ、と肩を押してもキュレイはびくともしない。

「えへへ、うれしいです!」
「わかった、わかったから」

 目じりに溜まっている涙を袖で拭ってやっただけで、嬉しそうに笑われるとああ、もう、何でもいいかと思えてしまう。
20/20ページ