幸せの青いことり


 ホライゾンはあらゆる種類の料理と言う料理の本を揃えだしている。幼児向けから『大人の手抜きごはん』とか書いてあるようなやつまで兎に角隙あらば注文している。悪い事じゃないんだがこんなのいつ使うんだよと思いながら届いた品物を包装紙から出している。勝手に開けているわけじゃない。ホライゾンが手が離せないから品物が届いたら開けて机に置いてくれていると助かる、と頼んできたのでそれが今辛うじて、俺が身体を動かすための行動になっている。
 柔らかい段ボールの内側にクッションが付いた包みに入ってたり、随分賑やかな紙に包まれていたり様々だし、書店名がかいてある輸送パックで届いてるのもあるので、手あたり次第開けていく。特にホライゾンはこういう包みにこだわるタイプじゃないし俺も善しあしはわからないのでまあ、見るも無残な包みの姿が広がっている。くしゃくしゃにまるめてゴミ箱に入れる。包みを集めるような趣味の奴もいるらしいから、その手の奴らからしたら悲鳴モンかもしれない。

 机の上に置いていくついでにぱらぱらと中も見てみる。見たことがない料理がたくさんで、なんというか、何の想像もできない。調味料の名前なんて異文化過ぎる。味も全く想像できない。そもそもこんなにきれいに盛り付けてあるモノ食ったことがない。

「何か食べたいのある??」

 足音がしたので、近くにおっさんが来たのがすぐわかる。ひょろひょろして頼りなさそうにみえるくせに足音はしっかり地面を踏んで歩いている感じで、なんとも面白いおっさんだなとつくづく思う。そのまま俺の後ろで立ち止まったかと思うと、少し体をずらしてしゃがみ込むなりそう聞いてきた。
 香水をつけてるのかそれともそういう体臭なのかわからないが薔薇の匂いがする。

「進捗」
「アーーーッ!!聞きたくない!!」

 どうせ仕事に行き詰ったのだろうとあたりをつけてそう言葉にする。大袈裟に耳を塞いでみせるものの、このおっさんの場合、本気で嫌だという顔をしたことは、あの日仕事前に俺が薬を飲むのを見て止めろと言ったときくらいだったとおもう。年上だから失礼だとか、生意気な言葉だ、なんていうタイプでもないし気を使わなくてもいいので、少し発言する時はまだびくつくものの、笑顔で受け答えしてくれるのでいいと思う。

「進んでねえのかよ」
「ちょ、ちょっと煮詰まってるだけだもん」
「もんて」
「そ、それよりなにか興味があるのとか、あったりした??」
「…別に」
「そ、そっかあ…」
「見てもわかんねえし……」
「そうだよね…吾輩もこういうの分からないから…あ、でも辛うじてお肉がヘビーなのはわかるよ」

 開いたページに写っているのは何かの肉を切って、シンプルに焼いただけ、のように見える料理だが、周りに何かいろいろ野菜(たぶん野菜だと思う)が置いてあったりするから手が込んでいるのかもしれない。何が手抜きで何が手が込んでるのかちょっとわからないので、何とも言えないが。

「こんなに買ってどうすんだよ」
「え??だっていっぱいあった方が吾輩も見てて楽しいし、ファゼット君も見てて食べてみたいのがあればいいなーって思って……」
「あっそ……」
「ほら、シリウス君が大きくなったらシリウス君もこれがいいー!とかいうかもしれないし!」
「まあ、そーかもな」

 ぱらりぱらりとページを捲る。どれもこれもシンプルな感じを受けて、タイトルを確認してみると『超シンプル!お手軽料理集』と、書いてある。どうりで焼くだけ煮るだけ炒めるだけみたいな文字が多いと思った。

「ところで…夕飯どうすんの」
「今日はこの前から引き続きでくたくたになるまで煮込んだなんらかの料理だよ!!」
「なんらかのってなんだよ……」
「ええとなんだっけ、オカユ、っていうやつだよ!オコメっていうのを水と一緒に煮込むんだー、シンプルだよね」
「オカユ」
「キョクトでは、体調不良の時に食べる胃に優しい料理だってあったから…」
「ふうん、おっさん物知りだな」
「そんなことないよ!?一生懸命調べただけだから!!」

 わたわたと胸の前で両手を振る仕草はどうがんばっても顔面の年齢と釣り合ってない。狙ってやったわけじゃないだろうがそういう動作どうにかしろと、言うべきか悩んで面倒だからやめた。

「…ありがと…」

 それはそれとして、俺の事を考えてだろう調べて料理までしてくれることには、礼を言っておこう。と思ってそうつぶやく。わかりやすく赤くなったおっさんにこの童貞と突っ込むまでたいして時間差はなかった。
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