短文詰め合わせ

 物心がついた頃、思い返すと自分はよく書庫にいたと思う。


 両親は気が付けばいなかったし、年の離れた兄がいるくらいで、まあ、その兄も年齢的にざっくりみてしまうと「父親」といってしまっても差し支えない年の差だったりするわけだが。
 兄は仕事で屋敷を開けていて、他に使用人もいるわけではなく、広い屋敷をうろついても楽しいことはなかった、ので、ただ本を読んでいたと思う。物語の世界は凄く新鮮で楽しかったし、兄は多分、知識程度としてしか認識していなかったのだろうけど、自分にとっては空想の世界が酷く楽しいもので、気が付けばのめり込んでいたと思う。

 兄にそんな趣味の話は出来る気がしないし、小さい頃はそれこそお話を純粋に読んでいたので、今のように薄い本をだそうかなあなんて気持ちはなかった。

 兄は寡黙な人で、仕事熱心だったと思う。仕事から戻ってくると血が付いているのでといって自分を遠ざけたり、真面目に着替えたり綺麗な格好をしてから自分と対面することが多かった。兄は、兄はきっと自分の事は鬱陶しかったのだろうな、と思う。
 おにいちゃんと呼ぶと兄は渋い顔をしていたし、自分はずいぶん我儘を言って困らせた、かもしれない。
 しかも自分は、吸血鬼と外界で呼ばれるような再生能力と不死性をもつ種族だというのに、人一倍再生スピードが遅かったし、痛いのが苦手だった。出来損ないだと周りに言われるほどだったので、当主である兄は、もっと嫌だったのかもしれない。成人してからは厳しくなっていく兄しか記憶にない。
 いい年をしてめそめそする自分を慰めてくれたのは、兄の娘であるギーゼラだけで、彼女は、恐らく母親に似たんだと思う。彼女の母である女性は、チャーミングというか少し悪戯っこのような言動が多くて、あいさつしたときも堅物の兄が子供を成す相手に彼女を選んだというのがいまいち信じられないくらいにはお茶目な人だった。睫が多くて、瞳が見えないほどに薄い目が、片方だけ見開かれてくすりと笑って見せるのが彼女の癖だった。
 多分記憶が正しければ兄のほかに彼女は何人か夫が居たと思う。

 ギーゼラが、自分に興味をしめしてくれたというよりは、彼女もひとりでいることが多くて、自然と遊び相手をしていたら懐かれていたと言った方がいいかもしれない。母親譲りなのは顔だけじゃなく性格もで、小さい頃からなんだかよくからかわれてオロオロしていたのを覚えている。
 兄にどこへいくともいわないまま出てきたことは、恐ろしくもあったし、懐いていたギーゼラにさよならを言わなかったことは後ろめたくもある。
 時々、小さいころの夢を見る。兄がきつく抱きしめてくれる夢で、そんなことありはしないのに、笑っている兄が夢にいる。そのたびに、ああ、一度も兄の笑顔を見る事がなかった、と思うのだ。

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すれ違ってるんだなあ……(なーんでだ)
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