幸せの青いことり


「あ、ファゼット君良い所にー!おいでおいで!」
「………何」

 声変わりが落ち着いた頃、ホライゾンが満面の笑みでキッチンのあるドアから顔を出してそう声をかけてきた。自分の声はすっかり落ち着いて、かなり低い音域の声になった。この声に対して「めちゃくちゃ渋くてカッコいい声になっている」と膝から崩れ落ちてなにやら呟いたホライゾンは記憶に新しい。やっぱり声変わり前の方が良いんだろうかと思った次の瞬間に「かっこいい」と目を輝かせて言われた時は気が抜けた。

「……なにそれ」

 ホライゾンが両手で持っている皿にはシンプルな装飾が施されているので多分この家の中じゃそんなに高級な家具ではない筈だ。それよりもそのうえに乗っている三角形の物体が問題だ。記憶が正しいならあれはたぶん「ケーキ」とかいう食べ物の筈だ。

「え?ケーキ…っていうデザート?の一種……えっとねえ、穀物類の粉末に結着剤とか油脂とか、膨張剤とか、水分とかそういうのを混ぜてつくるらしくてこれはスポンジケーキ?っていうのかなあ…間にフルーツなどを挟んだり、あ、この上のはクリームでねえ、「甘い」んだって、何かいっぱい種類があるらしいからそのうち取り寄せてみんなで食べてみてもいいかもしれないね」
「ふうん、説明ドウモ……そんで?なんでケーキ…」
「ああ、声変わりのお祝いに………」
「…お祝いにケーキ食うのがポピュラーなの?」
「いや、ぶっちゃけ、わかんない」
「わかんねえのかよ」

 そろりとテーブルに置かれた皿を目で追いかけながらそう口にするとホライゾンはこれまた素直に、「うんわからない」という。

「いや、まずギゴウ君に聞いたんだけどね、「すまん、その手の類の祝い事をする習慣がないのでわからん」って言われちゃって……」
「今のギゴウさんの真似か?死ぬほど似てねえ」
「彼も声低くて男性的で素敵だからね、わかるよ…吾輩声高いからね」
「そういう問題じゃない」
「ああ、で、それで、レイフ君とジャンルカ君にも聞いたんだよね、そしたらジャンルカ君が「ケーキとかじゃないんですかねえ」って」
「へえ、そーーなの」

 だからケーキにしてみたの、という男はにこにこしている。

「色々本も読んだんだけど、オーソドックスっていうかよく出てくる典型的な例としてこの、ケーキにしてみたんだよね」
「はあ、なるほど」
「シンプルだけど、特別な時に出てくる…みたいな……」
「おっさんのぶんは」
「え?」

 見る限り皿に乗っているものしかそのケーキとかいうものは見当たらない。冷蔵庫に入っているのかもしれないが、テーブルに置いてあるのはそれっきりだ。

「おっさんは、……あんたは俺と一緒に、食べてくれないの?」
「へ……」
「……ホライゾンさんと、食べたいんだけど……ない、なら、半分こ、とか、だめ、かな」

 言ってて顔が熱くなってきた。
 このおっさんとはずっと一緒に何かを口に入れてきた。スープも、飴も、ゼリーも、何でも分割できるものはこの人が切り分けて与えてくれた。これは自分の我儘だが、ひとつだけ皿にあるケーキを半分にされないままどうぞと言われるのは確かに嬉しいし、当たり前だろう。俺はもうすっかり普通の食事量が摂れるし、もう数年前の自分じゃない。けど、この人がしてくれる、俺に対しての「お祝い」だから、この人と昔みたいに半分に切り分けて食べたい、と思うのは、流石にガキ過ぎるだろうか。

「あ、い、いいよ!!いいよ!食べよう!!半分こしよっか!!」
「無理にあわせなくても、」

 少しきょとんとしたあとおっさんは首をうんうんと縦に振るが、これが単純に合わせてくれているだけだともれなく俺が死ぬ。いい人だから、可能性は捨てきれない。我ながら面倒だと思う思考だが、無理にしてほしいんじゃなくて、なんというか、昔みたいに、二人きりで、ああ、おっさんがいう、「好きをシェアしたい」んだ。俺はこの人と他愛なく食べ物を分け合って、二人で口に入れるのが好きなんだ。

「そんなことない!君がそうしたいっていってくれるなら吾輩もそうしたいよ!久しぶりだからちょっとびっくりしたけど、しよう!」
「……じゃあ、ええと、おねがいします」
「うん、うん、一緒に食べよう!!」

 切り分けられて、そうやって賑やかに食べたものは、甘くて優しい味がした。  
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