幸せの青いことり


 子供向けのアニメを見ている。俺も年齢的にはそうなんだが、こういう文化に触れたことがなかったので絵が動いてしゃべってる、というのは不思議な気持ちだ。隣ではキュレイがハラハラしているのかクッションを抱きしめてじっと画面を見つめている。物語よりその、動いて声がしていて、それが娯楽としてある方が興味がありすぎるので頭に入ってこない。
 キュレイはいつものようにギゴウさんに連れてこられて此処にいる。ギゴウさんの住んでる区画にはまだ人が多くない上にキュレイと同世代となる子もいないらしく、都合が合えばこうしてセットでやってくる。しばらく見ないうちに俺より小さかったキュレイは、俺の背丈を少しばかり越していた。もともとそういうタイプなのかわからないが今では俺が見上げる立場だ。俺の方が多分年上だと思うんだが…成長が遅いのはしかたがないだろう。

「はあーーー!」

 前のめりで食い入るように画面を見ていたキュレイが大きなため息とともにソファーの背もたれに体重を預ける。アニメが終わったらしい。結局話の内容は一切合切、脳みそに入ってこなかった。

「凄い、面白いですね!」
「ん……んん、そうだな」

 正直話には重点を置いてみてなかったので何とも言えないまま生返事を返してしまう。全然どんな展開の話なのか気にしてなかった。ホライゾンは「一話完結タイプで進むアニメだから見やすいよ」とかいってたけど。

「動いてました!」

 そこかよ、お前も、とキュレイの発した言葉に全身の力が抜けそうになる。てっきりお前は物語に熱中してるもんだとばかり思ってた、と言わずにうん、と頷くにとどめた。
 テーブルの上に置かれたグラスが汗をかいている。中に注がれた飲み物は俺のもキュレイのも大して減っていない。ホライゾンが、見ながら飲んでねといって用意してくれたもので、果物の類で出来たジュースだ、と言っていたけどどんな果物かは聞いてない。

「ああ、うん、動いてたな」
「話してました!」
「う、うん」
「楽しいです!」

 もともと顔立ちが良いので笑顔ひとつとっても様になる、と思ってみてしまうが、今やり取りしている会話の内容は見目の良い少年とのひそやかな会話などでは決してなく、至って、年相応にド単純だ。

「まあ、確かに……俺もこういうの初めて見た」
「ほんとですか!一緒ですね!」
「え?あ、ああ、そう、だな」

 嬉しそうに笑う顔の眩しい事。暫く顔をあわせなかったうちにすっかり共通語も上手に話せるようになったらしい。すらすらと突っかからずに喋る姿は、ゆったりしていたあの話し方が嘘のように錯覚する。

「いろんなものが沢山あるんですね…知らないことがいっぱいで、楽しいです」
「まあ、それは、確かに」
「学校も面白くて!」
「ああ……あれは、楽しいよな……キュレイの、お父さんは先生もしてるもんな」

 はい、と頷くキュレイの顔はどこか誇らしげだ。ギゴウさんの立ち姿はいつも緊張感が備わっていて身が引き締まるし。教え方もうまいと思う。もともと誰かに何かを教え続けたことがあるような、そんな感じがするし、難しそうなことや、誰かが理解できない単語はきっちりかみ砕いて説明もする。
 いい先生だし、ホライゾンやキュレイ自身の話を聞いてもいい「父親」なんだと思う。

「ファゼットさんの御父様も」
「え?」
「え??」

 俺の…?と頭が理解をしない。誰だよ、と思ってしまう。
 けど、すぐに、あのおっさんの事をキュレイは言っているらしい、と理解して言葉に詰まる。他人から見たらそう見えてしまうんだろうが、書類上、俺とおっさんは家族の関係にない。全くの他人で、ただの居候のガキが俺、という感じだ。
 そもそも俺が、おっさんやシリウスと家族になることを拒んだので役所でそういう風に段取してくれたんだが、いざ他人に言われてみるとやっぱりそう見えるのかと思ってしまう。少しばかりおっさんに申し訳なくなる。

「ホ、ホライゾンさんは………、そ、その、俺の、お、……お、とうさん、じゃなくて」
「でもシリウス君のお兄様なんですよね、ファゼットさん」
「そ、そぉだけど……」
「じゃあ、ホライゾン様がファゼット様の御父様なんですよね?」
「や、え、ええと」

 キュレイも一応ギゴウさんの養子なんだから説明すればわかるんじゃないか、と思う自分と、いいや、今はまだ早いんじゃないだろうかと思う自分とがいる。きっちり説明すればこいつは理解してくれそうな頭はありそうなんだが、それはもう少しお互い大人になってからとか、あるいは自然に理解してくれないか、と思う。

「ホライゾンさんは、その、お、おとうさ、ん、っていうか、恩人っていうか」

 おっさんのことを「お父さん」と呼ぶたびにむず痒い気持ちになる。そんな風に思ったことはないが、いざ意識してみるともぞもぞしてくる。嫌な意味じゃない。

「あっ、愛弟子さんなんでしたっけ……?」
「う、いや、ええと、そういうわけでも」

 初めて会った時にギゴウさんがキュレイに俺の事をそう説明はしていたがそれともまた違うというか、俺がかってに住み着いてるだけ、というか、正直俺にもおっさんとの関係を何といえばいいのかわからない。おっさんに買われているわけでもないし、愛玩として住み込みさせてもらっているわけでもないし。
 おっさんがたびたびいう、「家族」という言葉がしっくりくると言えば来る。お父さんとか、そういう間柄じゃなくて。血が繋がらなくても書類上は他人だったとしても。

「か、家族、かな」
「やはり御父様なんですね!」
「うーーーん」

 キュレイの中にそういう多様性はまだないらしい。1か0かなのかこいつ。そうか……。

「そ、そうなるかな……」
「ファゼットさんの御父様も素晴らしい方なんですよね、父上がいつも褒めてます!」
「あ、ああ、なんかすごいらしいな」
「私たち、色んな所が一緒ですね!」

 クッションを優しく抱きしめてはにかむキュレイの顔立ちはまだ少年の域を出て行かないからか、中性的なままで笑顔ひとつとっても本当に綺麗な顔だ、と思う。左右で色の濃さが異なるグリーンの瞳は零れ落ちそうにキラキラしているし、さらさらした髪の毛が首を傾げることで一緒になって流れていく。

「そぉか?」
「目の色だって一緒ですよ!緑です!」
「大まかだなお前」
「耳も長いです」
「俺は垂れてんだけど」
「父上だって優しい方ですし、父上同士お友達ですから、えっとえっと、」

 私とファゼットさんもとっても仲良しのお友達です、とキュレイが恥ずかしそうに言う。相当恥ずかしいのか、わーと小さく声をだしてクッションで顔を隠してしまう。そんなに恥らうイベントだったか今のと考えているとクッションに埋め込んでいた顔を上げたキュレイがちらりとこちらを見る。

「私、ファゼットさんとずっとお友達でいたいです……。良いですか?」
「え??」

 良いも何もそんなこと言われるとは想像さえしてなかった。俺が良いかということがあったとしても、キュレイみたいな奴からそういう言葉が向けられて許可を求められるとは思ってもみなかった。

「………キュレイが、いいなら、俺も、その、はい」

 動揺はあったが、嬉しくないわけじゃない。こんな俺でもいいのだ、と言ってくれる人がまた一人増えたような、少しずつ許されるような気持になる。
 返事を聞いて、嬉しいとキュレイにタックルみたいなハグをかまされたのと、ドアが開いた音がしたのは同時だったと思う。ああ、あのおっさん、絶対喧しいよ、とぼんやり考えながらキュレイのハグを受け止めた。
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