第1章、転生したら古の悪女と出会ったので古の夢女子として救済いたします。
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--「…ちょっと遅くなっちゃったな」
よいしょ、と倉庫から持ち出したテニスボールが山のように積まれた箱を持ち上げ、(名前)は皆が集まるエリアへ向かおうと歩みを進める。
箱の重みが腕にずっしりとのしかかり、歩くたびにボールがカタカタと小さくぶつかり合う音が響く。
あの後、幸村くんは着替えのために部室へと向かい、真田くんも「軽くミーティングを」と言って彼に付き添って部室に消えていった。
一方私は、体育の授業中に倒れてしまったせいで、まだ学校指定の体操着を着用したままであった。
(着替える必要がないのは楽だけど…。うーん)
部員達が芥子色のジャージを着用している中、なんとなくコートの隅を歩く自分の姿は、少し場違いに感じられた。
…上着だけでも羽織りたいけれど、そんな余裕はなさそうだなぁ。
-- コート脇にたどり着き、ようやく箱を地面に下ろす。
ずしんと鈍い音がして、埃が小さく舞い上がった。
「…ふぅ」
箱を下ろした(名前)は、額に浮かんだ汗を軽く拭い、コートを囲むフェンスにそっと寄りかかった。
目の前では、部員たちが汗と笑顔を交錯させ、ボールを追いかけ、仲間を鼓舞し合っている。
(…みんな、生き生きしてるな)
--「おい、1年! ちゃんとボール拾えよ!」
「は、はいっ!」
「もっとテキパキ動け! スピード上げろ!」
コートの向こうから、同学年の鋭い声が飛んでくる。
彼らの声に1年生が慌ててボールを追いかける姿が、夕暮れのオレンジ色の光に照らされて、なんだか少し眩しく感じた。
--「おーい、切原! 俺のラケット取ってくれよ!」
「…はぁ、そんくらい自分で取れや」
「うわ、つめてぇ~。いいのか?真田副部長に言いつけてやるぞ」
「…っそ、れはナシだろ!てめぇ待て!この野郎!」
赤也くんと鈴木くんのいつものやりとりが、遠くから聞こえてくる。
(名前)は小さく笑みをこぼしながら、フェンス越しにコートを眺めた。
あの二人は仲がいいのか悪いのか。
いつ見ても、よくわからない。
でも、なんだかんだで息は合っている気がする。
「…っくしゅん」
(…最近、ちょっと肌寒くなってきたな)
風がひんやりと(名前)の頬を撫で、夏の終わりを告げるようにそっと通り過ぎる。
(名前)は体操着の袖を軽く引っ張り、自身の腕をさすった。
こういう季節の変わり目は体調を崩しやすい。
これから合宿も始まるというのに、風邪なんて引いてはいられないのだ。
「レーザービーム!」
「うわぁっ!?柳生先輩、それはなしですよ…!」
「…切原くん、君もまだまだですねぇ」
「わはは、ダッセー切原!」
「っるせぇ!黙ってろ!」
テニスコートでは、部員たちの笑い声や、ラケットがボールを弾く乾いた音が響き合う。
青々とした芝生の間に枯れた落ち葉がちらほらと混ざり、地面を薄く覆っていた。
(名前)が歩くたび、その落ち葉はカサカサと小さな音を立て、どこか懐かしい秋の気配を運んでくる。
(マネージャー枠の新入部員、かぁ…)
(名前)はフェンスに寄りかかりながら、ふと空を見上げた。
茜色に染まる夕空は、どこか新しい始まりを予感させる色合いだった。
一体どんな子なんだろう。
…どんな子でも、仲良くなれたらいいなぁ。
(名前)は心の中で、ひっそりと願った。
仲間が増えるのは、なんだかワクワクする。
でも、ふと頭をよぎる違和感。
(…そういえば、原作だと全国大会までの話しか描かれてなかったけど…立海に、マネージャー?)
…いや、それでいうと、そもそも私の存在が異端であるのだけど…。
コートの喧騒を背に、(名前)は小さく首をかしげた。
夕暮れの風が、彼女の髪を軽く揺らし、どこか遠くへと思いを運んでいくようだった。
--(…ついに気づいてしまいおったか)
「…だ、誰!?」
ふと自身の脳に、誰かの声が届く。
(名前)が驚き、振り返ろうとした、その瞬間。
--「(名前)先輩…!危ねぇっ…!」
「…えっ」
バコンッ!!
赤也の慌てた声が響いたその瞬間、硬い衝撃が(名前)の頭を直撃した。
テニスボールだ。
勢いよく飛んできたそれは、彼女の意識を一瞬で飲み込んだ。
ぐらりと視界が暗転し、足元がふらつく。
地面に崩れ落ちた瞬間、(名前)の耳にコートの喧騒が遠く霞むように響いた。
赤也の叫び声、仲間たちの慌てた足音、ラケットがボールを弾く乾いた音--…それらが、まるで古い映画のフィルムのように、ゆっくりと遠ざかっていく。
(…あ、私、倒れた…?)
視界がぼやける中、彼女の胸にぽっかりと空いた空白に、ふと記憶の断片が流れ込んできた。
(…あ、これ、走馬灯だ…ちょっとやばいかも…)
立海のコートで、初めて芥子色のジャージを羽織った日。
仲間達や幸村の穏やかな笑顔に励まされ、真田の厳しい視線に背筋を伸ばした、あの時。
この世界での様々な出来事が記憶として、(名前)の脳裏を駆け巡っていく。
(…はは、何だかんだ私、この世界が、好きだったなぁ…)
また、お別れかぁ。
頭を打った衝撃で意識が薄れていく中、彼女の指先は無意識に、体操着の裾を握りしめていた。
…まるで、この世界にしがみつくように。
コートの喧騒が完全に遠ざかり、水の底に沈むように、(名前)の意識は、消えていく。
--「…目覚めよ」
静かだが、どこか荘厳な声が、(名前)の耳に響く。
「…うっ、あれ、私…」
(名前)が目を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
…いや、これは風ではない。
空気そのものがまるで絹のように滑らかで、肌に触れるたびにひんやりと体温を奪っていく。
「…!?」
彼女は慌てて周囲を見回した。
そこは、先程のテニスコートの喧騒とはまるで別世界だった。
果てしなく広がる白い空間。
足元には何もないのに、不思議と地面を踏みしめる感覚はある。
まるで雲の上で漂っているような、ふわふわとした浮遊感。
(…ここ、どこ…?)
空気は静かで、耳に届くのは自分の心臓の鼓動だけ。ラケットの音や仲間たちの笑い声が、まるで遠い記憶のように霞んでいた。
彼女は無意識に腕をさすり、体操着の袖を握りしめた。
(…夢? それとも…)
頭を打った衝撃がまだ頭の奥で鈍く疼き、彼女の思考を定かにさせない。
だが、目の前に立つ長髪の男の姿が、まるで現実のように鮮明に映り込んでいた。
(名前)の目の前に立つのは、長く白い髭をたくわえた壮年の男性。
ローブのような衣をまとい、腕を組んだその姿は、威厳と親しみやすさが奇妙に同居している。
まるで、昔話に出てくる賢者と、近所のおじさんが混ざったような雰囲気だった。
「あー、ようやく目が覚めたか。
ゴホンゴホンッ!えーっと、
…ワシはこの世界の創造神である」
彼は堂々と宣言し、(名前)を見下ろした。
…そう、ぞう、しん…?
そう、ぞう…って、え!?創造神!?
「…ええ!?」
(名前)は目を丸くし、慌てて周囲を見回す。
創造神? え、何どういう…?
頭を打ったせいで、夢でも見ているのか?
心臓がバクバクと鳴り、頭は混乱の渦に飲み込まれる。
だが、目の前の「神」はそんな彼女の動揺を意に介さず、悠然と続けた。
「ほっほっ。こんななりしておるけど、一応神様なんじゃなあこれが。
…お主も気づいておると思うが、ここはお主の知っているテ〇スの王子様の世界ではない。」
「…!?」
(名前)の息が止まる。
…私の知る世界ではない?ではやはり、マネージャーというのは…。
「そう、そのマネージャーとやらも、正史では存在しとらんぞい」
「…な、なぜ私の心を…」
「そりゃあ、神じゃからの。ワシ」
そう言って神は片眉を上げ、ぱちりと悪戯っぽくウインクをしてみせた。なんだこの神様。
「お主、いまなんだこの神様、とか思ったじゃろ…。まあ、ええわ。
実はな、お主がいま居るこの世界は…あーその、なんじゃ、言わばルート違いの世界じゃな」
「ルート、違いの…世界?」
(名前)はオウム返しに呟き、必死に今の状況を頭で整理しようとする。
ルート違いって、パラレルワールドとか、そういう話なんだろうか。
…でも、そんな突拍子もない話、とてもじゃないけど信じられない。
「…信用しておらんようじゃな。まあ無理もない。
ほれ、この糸を見てみるがいい」
「…?」
神はにやりと笑い、(名前)へ手招きをする。
すると神の手から無数の糸が伸び、その先に扉が現れる。
「…っ!」
「おや、驚かせてしまったかのぅ。安心しておくれ、お主には何もせんよ。
…えっとな、この糸じゃけど…例えばこの青い糸は、あのかの有名な海賊漫画、〇NE〇IECEの世界でな。
この世界では、ル〇ィの兄、エ〇スは死んでおらん。そして--」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「…ん?なんじゃ藪から棒に。神が話してる途中だっちゅうに」
神は腕を組み直し、わざとらしく頬を膨らませる。白いローブの裾がふわりと揺れ、芝居がかったその仕草が妙に人間臭い。
「…」
(名前)は呆れ半分、混乱半分で彼を睨み返す。
「…だ、だって、全然分からないです。
貴方の言う通り、この世界が原作の世界じゃないんだとして。…どうして、私はここへ」
そう静かに呟く彼女の声は、少し震えていた。
先程のテニスコートでの出来事が、まるで遠い夢のように感じられる。
頭を打った衝撃、赤也くんの慌てた声、コートの喧騒--それらが一瞬で消え、突如としてこの白い空間に放り込まれたのだ。
心臓がドクドクと鳴り、胸の奥で不安が渦を巻く。
「…ふむ」
神はふっと鼻で笑い、長い髭を片手で撫でながら、まるで幼子を宥めるような口調で続けた。
「…落ち着け、小娘。そう焦るな。
説明してやるから、じいっと聞くがよい。
…この世界、つまりお主がさっきまでおったテニスコートの世界な。
あれはな、そう、いうなれば…二次創作のルートじゃ。正史といえばそうだが、原作とはちょいと筋書きが違う、別の物語の枝じゃな」
「に、二次創作…!?」
(名前)が驚き、目を見開いた。
-- 二次創作と、この目の前の神は言った。
その言葉を、私はよく知っている。
なぜなら…私は。
--「ほっほ、その顔、ピンときたかの?まるでテストを全問正解できた時の子供のようじゃな」
神はくすくすと笑い、まるで親戚のおじさんが冗談を言うような軽さで手を振る。
「…まあ、簡単に言うとな。
お主の魂が、この世界とビビッと共鳴したんじゃ。で、お主が呼ばれた。
そしてそれをたまたま発見したワシが特別に慈悲をかけて、お主に二度目の人生をくれてやったわけだ」
「共鳴、ですか…」
…呼ばれた? 私が、この世界に?
頭の中で言葉がぐるぐると回るけど、その意味が掴めない。
彼女はゴクリと唾を飲み込み、目の前の神を見つめた。
白い髭が夕陽みたいに柔らかく光っていて、なんだか現実離れした美しさがある。
でも、その軽い口調がどうにも胡散臭い。
「そうじゃ。お主、前世でほら、なんじゃったっけ?…夢女子、じゃったかな。そういう創作物語とか、よく読んどったじゃろう。
…んで、15歳という若さで世を去ったそんなお主の魂が、見事この世界と共鳴しておったんじゃよ。
まあいい魂しとったもんでな、「これは勿体ない!」と思ったワシが、この世界に送り込んでやったんじゃ」
神は胸を張り、どや顔で髭を揺らす。
まるで自分が何かすごいことをしたかのように得意げである。
「…」
神の言葉に、(名前)はまるで忘れていたパズルのピースがカチリとはまるような感覚を覚えた。
…どういう理屈かは分からないけれど、私の前世での魂が、どうやらこの世界へ呼ばれてしまったらしい。
「…っ」
彼女は無意識に体操着の袖を握りしめ、声を絞り出した。
「…よ、よく分からないけど、分かりました。
あの…私の魂って…どんなものだったんですか?」
神は一瞬、目を細めて彼女を見た。
その瞳は、まるで深い湖の底を覗くような、静かでどこか優しい光を宿していた。
「…ふむ、なかなか立派な魂じゃったぞ。真っ直ぐで、どんな逆境でもへこたれず、いつも笑顔で立ち上がる。なんともキラキラした魂じゃ!
お主の魂はな、いつも誰かのために動き、誰かの笑顔を支えておった。…そんなお主だからこそ、この世界の誰かが、強く強く求めたんじゃよ。」
「…っ」
(名前)の胸が、ずきりと疼いた。
まるで、誰かの声が遠くから呼んでいるような、切ない響き。
彼女は思わず体操着の胸元を握りしめ、言葉を探した。
「…その誰かって…本当に、私を必要としてるんですか?
とてもじゃないけど、私はそんな、大それた人間では…」
神はくすりと笑い、白い髭を軽く揺らした。
「疑り深い子じゃな。だがな、魂の共鳴は嘘をつかん。…お主がこの世界でどんな足跡を残すか、ワシも楽しみにしておるんじゃよ」
「…。」
私を、必要とする人…。
(名前)はそっと心で呟き、胸に手を当てる。
それは一体、誰なのか。
「…うーん、これといって、特に思い当たる節は…」
「ほっほ、悩ましい顔しとるな。…まあ、そういうのは生きていく中で自分で探すもんじゃよ」
神はにやりと笑い、まるで子供をからかうような仕草で指を振る。
「…でな、これからお主には色々と試練が待ち受けとる。ひーふーみー…うーん、まあざっとこんなもんかのう。結構大変じゃぞ」
「し、試練…!?」
唐突に呟かれた神の不穏な言葉に、(名前)は思わず身を乗り出し、目を見開く。
(名前)の頭に浮かぶのは、立海の仲間たちが全国大会で戦う姿であった。
…もし試練が、彼らの夢を脅かすものなら?
もし、自分がその重圧に耐えられなかったら?
神はそんな彼女の不安を見透かしたように、にやりと笑いながら言う。
「そんな怖い顔をするでない。試練の内容? それはな、愛や絆や…時には、裏切りや別れかもしれん。
コートの上で、仲間と共に汗を流す日々もあれば、心が軋むような夜もあるじゃろうよ」
(名前)はゴクリと、唾を飲み込んだ。
裏切り。別れ。
…その言葉が、胸の奥で重く響いた。
「…でもな、試練は魂を磨くためのものじゃ。
お主のキラキラした魂なら、どんな嵐も乗り越えられる。…ワシは、そう信じとるよ。」
神の言葉は、どこか温かく、不安でいっぱいになる(名前)の心に、そっと灯りをともした。
…でもこの神様、ひーふーみーって…。
他人事だと思っているのか、結構大変などと言っておきながら、この神様、随分適当な物言いである。
「…」
「…おっと、ジト目はやめんか! …ワ、ワシだってそんな細かいことは知らんよ! 運命の糸がどう絡むかは、ワシにも見えん部分があるんじゃ」
神は大げさに両手を広げ、まるで舞台に立つ俳優のように「ワシ、傷ついた…およよ」とローブで自身の額を覆う。
「…すみません。話を進めてください」
「お、お主、さては慣れてきおったな…!?
…ゴホンッ。えーっと、さっきも言ったが、共鳴したんじゃよ、お主とこの世界がな。
お主のその高潔な夢女子魂が、この世界の誰かのために必要なんじゃ。それが誰かは、ワシにも分からぬ。もう出会っているのか、これから出会う者なのか…。」
「…。」
「…お主はこの話を断ることもできるが、どうする?もしお主がこれを断れば、その魂は永遠を彷徨う事となる。
…だが、試練が待ち受けていると分かっていても、この世界で生きると望めば、お主の新たなる人生の扉が開く。」
…さあ、どうする?
「…」
(名前)は唇を噛み、拳を握りしめる。
この世界に転生し、早15年。
この15年、色んな出会いがあって、様々な経験をした。その全てが短くもあり、長くも感じた。
…私は生きていた。今この瞬間まで、あの世界で。
彼女の脳裏にふと、今までの出来事が走馬灯のように流れ、巡った。
父と母の優しい声、立海の仲間達との記憶。
そして…
(…(名前))
…幸村くん。
「…っ」
あの世界に、戻りたい。
戻って、みんなと一緒にいたい。
「…一つだけ、質問してもいいですか?」
(名前)は勇気を振り絞り、神を見上げた。
その声は小さかったけれど、決意に満ちていた。
「おお、いいぞ! ただし一つだけな。ワシと長く話すと、お主の身体に負担がかかるからのう」
神は人差し指を立て、いたずらっぽくウインクする。白い髭が揺れ、まるで子供をからかうおじいちゃんのようだ。
「…」
(名前)は瞳を閉じ、深く息を吸った。
聞きたいことは山ほどある。
共鳴とはなんだ?…試練とは一体、何が待ち受けているのか?
でも、そんな事はもうどうでも良かった。
心の底からふわりと湧き上がる、一番大切な問いが、彼女唇から溢れ出た。
「…私は、この世界で、生きていていいんでしょうか?」
神は一瞬、静かに彼女を見つめた。
その瞳は、まるで彼女の魂の奥まで見透かすような深さであった。
白い空間に、静寂が広がる。
…やがて、神はゆっくりと口を開いた。
「…それはな、お主がこの世界を生きたいと思うかどうか、じゃよ」
「…!」
(名前)の脳裏に、仲間達との時間が鮮やかに蘇る。幸村の優しい笑顔、真田の真剣な眼差し。
…皆と過ごした、何度目かの夏の記憶。
彼女は目を閉じ、記憶の断片をそっと抱きしめる。
…あの世界で、仲間たちと一緒に生きていたい。
たとえどんな試練が、待っていても。
「…」
言葉にならない思いが、(名前)の胸の中で渦巻く。
神はそんな彼女を見て、静かに微笑んだ。
白い髭が揺れ、その表情にはどこか、父親のような優しさが宿っていた。
「…ふむ、どうやら腹は決まったようじゃな」
(名前)は小さく、だが力強く頷いた。
…生きよう。この世界で、私は。
彼女の瞳には、迷いが消え、静かな決意が宿っていた。
「…よし。新たなる旅路へ向かうお主の魂、このワシが見送ろう」
神は厳かに手を広げ、白い空間の奥に現れた光輝く扉を指し示した。
その扉は、まるで新しい世界への入り口のように、柔らかな光を放っている。
「その扉を開けば、もうお主はこちらへ戻ってはこれぬ。…これからお主を待ち受けるものは、輝かしい未来か、はたまた…それはワシにも分からぬ。
だが、どんな時も信じるのじゃ。
--…自分と、仲間達をの」
(名前)はその扉を見つめ、胸に熱いものが込み上げるのを感じた。
…怖い。分からないことだらけだ。
でも、仲間たちがいる。あのコートの喧騒が、彼女を待っている。
彼女は頬をぱしん!と叩き、その拳を握りしめた。
風に揺れる体操着の袖、夕陽に染まるコート…そして、仲間たちの笑顔。
--それらが、彼女の背中をそっと押す。
「…達者での」
「…はい」
彼女は一歩、踏み出した。
扉の向こうの光へと、迷いなく。
よいしょ、と倉庫から持ち出したテニスボールが山のように積まれた箱を持ち上げ、(名前)は皆が集まるエリアへ向かおうと歩みを進める。
箱の重みが腕にずっしりとのしかかり、歩くたびにボールがカタカタと小さくぶつかり合う音が響く。
あの後、幸村くんは着替えのために部室へと向かい、真田くんも「軽くミーティングを」と言って彼に付き添って部室に消えていった。
一方私は、体育の授業中に倒れてしまったせいで、まだ学校指定の体操着を着用したままであった。
(着替える必要がないのは楽だけど…。うーん)
部員達が芥子色のジャージを着用している中、なんとなくコートの隅を歩く自分の姿は、少し場違いに感じられた。
…上着だけでも羽織りたいけれど、そんな余裕はなさそうだなぁ。
-- コート脇にたどり着き、ようやく箱を地面に下ろす。
ずしんと鈍い音がして、埃が小さく舞い上がった。
「…ふぅ」
箱を下ろした(名前)は、額に浮かんだ汗を軽く拭い、コートを囲むフェンスにそっと寄りかかった。
目の前では、部員たちが汗と笑顔を交錯させ、ボールを追いかけ、仲間を鼓舞し合っている。
(…みんな、生き生きしてるな)
--「おい、1年! ちゃんとボール拾えよ!」
「は、はいっ!」
「もっとテキパキ動け! スピード上げろ!」
コートの向こうから、同学年の鋭い声が飛んでくる。
彼らの声に1年生が慌ててボールを追いかける姿が、夕暮れのオレンジ色の光に照らされて、なんだか少し眩しく感じた。
--「おーい、切原! 俺のラケット取ってくれよ!」
「…はぁ、そんくらい自分で取れや」
「うわ、つめてぇ~。いいのか?真田副部長に言いつけてやるぞ」
「…っそ、れはナシだろ!てめぇ待て!この野郎!」
赤也くんと鈴木くんのいつものやりとりが、遠くから聞こえてくる。
(名前)は小さく笑みをこぼしながら、フェンス越しにコートを眺めた。
あの二人は仲がいいのか悪いのか。
いつ見ても、よくわからない。
でも、なんだかんだで息は合っている気がする。
「…っくしゅん」
(…最近、ちょっと肌寒くなってきたな)
風がひんやりと(名前)の頬を撫で、夏の終わりを告げるようにそっと通り過ぎる。
(名前)は体操着の袖を軽く引っ張り、自身の腕をさすった。
こういう季節の変わり目は体調を崩しやすい。
これから合宿も始まるというのに、風邪なんて引いてはいられないのだ。
「レーザービーム!」
「うわぁっ!?柳生先輩、それはなしですよ…!」
「…切原くん、君もまだまだですねぇ」
「わはは、ダッセー切原!」
「っるせぇ!黙ってろ!」
テニスコートでは、部員たちの笑い声や、ラケットがボールを弾く乾いた音が響き合う。
青々とした芝生の間に枯れた落ち葉がちらほらと混ざり、地面を薄く覆っていた。
(名前)が歩くたび、その落ち葉はカサカサと小さな音を立て、どこか懐かしい秋の気配を運んでくる。
(マネージャー枠の新入部員、かぁ…)
(名前)はフェンスに寄りかかりながら、ふと空を見上げた。
茜色に染まる夕空は、どこか新しい始まりを予感させる色合いだった。
一体どんな子なんだろう。
…どんな子でも、仲良くなれたらいいなぁ。
(名前)は心の中で、ひっそりと願った。
仲間が増えるのは、なんだかワクワクする。
でも、ふと頭をよぎる違和感。
(…そういえば、原作だと全国大会までの話しか描かれてなかったけど…立海に、マネージャー?)
…いや、それでいうと、そもそも私の存在が異端であるのだけど…。
コートの喧騒を背に、(名前)は小さく首をかしげた。
夕暮れの風が、彼女の髪を軽く揺らし、どこか遠くへと思いを運んでいくようだった。
--(…ついに気づいてしまいおったか)
「…だ、誰!?」
ふと自身の脳に、誰かの声が届く。
(名前)が驚き、振り返ろうとした、その瞬間。
--「(名前)先輩…!危ねぇっ…!」
「…えっ」
バコンッ!!
赤也の慌てた声が響いたその瞬間、硬い衝撃が(名前)の頭を直撃した。
テニスボールだ。
勢いよく飛んできたそれは、彼女の意識を一瞬で飲み込んだ。
ぐらりと視界が暗転し、足元がふらつく。
地面に崩れ落ちた瞬間、(名前)の耳にコートの喧騒が遠く霞むように響いた。
赤也の叫び声、仲間たちの慌てた足音、ラケットがボールを弾く乾いた音--…それらが、まるで古い映画のフィルムのように、ゆっくりと遠ざかっていく。
(…あ、私、倒れた…?)
視界がぼやける中、彼女の胸にぽっかりと空いた空白に、ふと記憶の断片が流れ込んできた。
(…あ、これ、走馬灯だ…ちょっとやばいかも…)
立海のコートで、初めて芥子色のジャージを羽織った日。
仲間達や幸村の穏やかな笑顔に励まされ、真田の厳しい視線に背筋を伸ばした、あの時。
この世界での様々な出来事が記憶として、(名前)の脳裏を駆け巡っていく。
(…はは、何だかんだ私、この世界が、好きだったなぁ…)
また、お別れかぁ。
頭を打った衝撃で意識が薄れていく中、彼女の指先は無意識に、体操着の裾を握りしめていた。
…まるで、この世界にしがみつくように。
コートの喧騒が完全に遠ざかり、水の底に沈むように、(名前)の意識は、消えていく。
--「…目覚めよ」
静かだが、どこか荘厳な声が、(名前)の耳に響く。
「…うっ、あれ、私…」
(名前)が目を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
…いや、これは風ではない。
空気そのものがまるで絹のように滑らかで、肌に触れるたびにひんやりと体温を奪っていく。
「…!?」
彼女は慌てて周囲を見回した。
そこは、先程のテニスコートの喧騒とはまるで別世界だった。
果てしなく広がる白い空間。
足元には何もないのに、不思議と地面を踏みしめる感覚はある。
まるで雲の上で漂っているような、ふわふわとした浮遊感。
(…ここ、どこ…?)
空気は静かで、耳に届くのは自分の心臓の鼓動だけ。ラケットの音や仲間たちの笑い声が、まるで遠い記憶のように霞んでいた。
彼女は無意識に腕をさすり、体操着の袖を握りしめた。
(…夢? それとも…)
頭を打った衝撃がまだ頭の奥で鈍く疼き、彼女の思考を定かにさせない。
だが、目の前に立つ長髪の男の姿が、まるで現実のように鮮明に映り込んでいた。
(名前)の目の前に立つのは、長く白い髭をたくわえた壮年の男性。
ローブのような衣をまとい、腕を組んだその姿は、威厳と親しみやすさが奇妙に同居している。
まるで、昔話に出てくる賢者と、近所のおじさんが混ざったような雰囲気だった。
「あー、ようやく目が覚めたか。
ゴホンゴホンッ!えーっと、
…ワシはこの世界の創造神である」
彼は堂々と宣言し、(名前)を見下ろした。
…そう、ぞう、しん…?
そう、ぞう…って、え!?創造神!?
「…ええ!?」
(名前)は目を丸くし、慌てて周囲を見回す。
創造神? え、何どういう…?
頭を打ったせいで、夢でも見ているのか?
心臓がバクバクと鳴り、頭は混乱の渦に飲み込まれる。
だが、目の前の「神」はそんな彼女の動揺を意に介さず、悠然と続けた。
「ほっほっ。こんななりしておるけど、一応神様なんじゃなあこれが。
…お主も気づいておると思うが、ここはお主の知っているテ〇スの王子様の世界ではない。」
「…!?」
(名前)の息が止まる。
…私の知る世界ではない?ではやはり、マネージャーというのは…。
「そう、そのマネージャーとやらも、正史では存在しとらんぞい」
「…な、なぜ私の心を…」
「そりゃあ、神じゃからの。ワシ」
そう言って神は片眉を上げ、ぱちりと悪戯っぽくウインクをしてみせた。なんだこの神様。
「お主、いまなんだこの神様、とか思ったじゃろ…。まあ、ええわ。
実はな、お主がいま居るこの世界は…あーその、なんじゃ、言わばルート違いの世界じゃな」
「ルート、違いの…世界?」
(名前)はオウム返しに呟き、必死に今の状況を頭で整理しようとする。
ルート違いって、パラレルワールドとか、そういう話なんだろうか。
…でも、そんな突拍子もない話、とてもじゃないけど信じられない。
「…信用しておらんようじゃな。まあ無理もない。
ほれ、この糸を見てみるがいい」
「…?」
神はにやりと笑い、(名前)へ手招きをする。
すると神の手から無数の糸が伸び、その先に扉が現れる。
「…っ!」
「おや、驚かせてしまったかのぅ。安心しておくれ、お主には何もせんよ。
…えっとな、この糸じゃけど…例えばこの青い糸は、あのかの有名な海賊漫画、〇NE〇IECEの世界でな。
この世界では、ル〇ィの兄、エ〇スは死んでおらん。そして--」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「…ん?なんじゃ藪から棒に。神が話してる途中だっちゅうに」
神は腕を組み直し、わざとらしく頬を膨らませる。白いローブの裾がふわりと揺れ、芝居がかったその仕草が妙に人間臭い。
「…」
(名前)は呆れ半分、混乱半分で彼を睨み返す。
「…だ、だって、全然分からないです。
貴方の言う通り、この世界が原作の世界じゃないんだとして。…どうして、私はここへ」
そう静かに呟く彼女の声は、少し震えていた。
先程のテニスコートでの出来事が、まるで遠い夢のように感じられる。
頭を打った衝撃、赤也くんの慌てた声、コートの喧騒--それらが一瞬で消え、突如としてこの白い空間に放り込まれたのだ。
心臓がドクドクと鳴り、胸の奥で不安が渦を巻く。
「…ふむ」
神はふっと鼻で笑い、長い髭を片手で撫でながら、まるで幼子を宥めるような口調で続けた。
「…落ち着け、小娘。そう焦るな。
説明してやるから、じいっと聞くがよい。
…この世界、つまりお主がさっきまでおったテニスコートの世界な。
あれはな、そう、いうなれば…二次創作のルートじゃ。正史といえばそうだが、原作とはちょいと筋書きが違う、別の物語の枝じゃな」
「に、二次創作…!?」
(名前)が驚き、目を見開いた。
-- 二次創作と、この目の前の神は言った。
その言葉を、私はよく知っている。
なぜなら…私は。
--「ほっほ、その顔、ピンときたかの?まるでテストを全問正解できた時の子供のようじゃな」
神はくすくすと笑い、まるで親戚のおじさんが冗談を言うような軽さで手を振る。
「…まあ、簡単に言うとな。
お主の魂が、この世界とビビッと共鳴したんじゃ。で、お主が呼ばれた。
そしてそれをたまたま発見したワシが特別に慈悲をかけて、お主に二度目の人生をくれてやったわけだ」
「共鳴、ですか…」
…呼ばれた? 私が、この世界に?
頭の中で言葉がぐるぐると回るけど、その意味が掴めない。
彼女はゴクリと唾を飲み込み、目の前の神を見つめた。
白い髭が夕陽みたいに柔らかく光っていて、なんだか現実離れした美しさがある。
でも、その軽い口調がどうにも胡散臭い。
「そうじゃ。お主、前世でほら、なんじゃったっけ?…夢女子、じゃったかな。そういう創作物語とか、よく読んどったじゃろう。
…んで、15歳という若さで世を去ったそんなお主の魂が、見事この世界と共鳴しておったんじゃよ。
まあいい魂しとったもんでな、「これは勿体ない!」と思ったワシが、この世界に送り込んでやったんじゃ」
神は胸を張り、どや顔で髭を揺らす。
まるで自分が何かすごいことをしたかのように得意げである。
「…」
神の言葉に、(名前)はまるで忘れていたパズルのピースがカチリとはまるような感覚を覚えた。
…どういう理屈かは分からないけれど、私の前世での魂が、どうやらこの世界へ呼ばれてしまったらしい。
「…っ」
彼女は無意識に体操着の袖を握りしめ、声を絞り出した。
「…よ、よく分からないけど、分かりました。
あの…私の魂って…どんなものだったんですか?」
神は一瞬、目を細めて彼女を見た。
その瞳は、まるで深い湖の底を覗くような、静かでどこか優しい光を宿していた。
「…ふむ、なかなか立派な魂じゃったぞ。真っ直ぐで、どんな逆境でもへこたれず、いつも笑顔で立ち上がる。なんともキラキラした魂じゃ!
お主の魂はな、いつも誰かのために動き、誰かの笑顔を支えておった。…そんなお主だからこそ、この世界の誰かが、強く強く求めたんじゃよ。」
「…っ」
(名前)の胸が、ずきりと疼いた。
まるで、誰かの声が遠くから呼んでいるような、切ない響き。
彼女は思わず体操着の胸元を握りしめ、言葉を探した。
「…その誰かって…本当に、私を必要としてるんですか?
とてもじゃないけど、私はそんな、大それた人間では…」
神はくすりと笑い、白い髭を軽く揺らした。
「疑り深い子じゃな。だがな、魂の共鳴は嘘をつかん。…お主がこの世界でどんな足跡を残すか、ワシも楽しみにしておるんじゃよ」
「…。」
私を、必要とする人…。
(名前)はそっと心で呟き、胸に手を当てる。
それは一体、誰なのか。
「…うーん、これといって、特に思い当たる節は…」
「ほっほ、悩ましい顔しとるな。…まあ、そういうのは生きていく中で自分で探すもんじゃよ」
神はにやりと笑い、まるで子供をからかうような仕草で指を振る。
「…でな、これからお主には色々と試練が待ち受けとる。ひーふーみー…うーん、まあざっとこんなもんかのう。結構大変じゃぞ」
「し、試練…!?」
唐突に呟かれた神の不穏な言葉に、(名前)は思わず身を乗り出し、目を見開く。
(名前)の頭に浮かぶのは、立海の仲間たちが全国大会で戦う姿であった。
…もし試練が、彼らの夢を脅かすものなら?
もし、自分がその重圧に耐えられなかったら?
神はそんな彼女の不安を見透かしたように、にやりと笑いながら言う。
「そんな怖い顔をするでない。試練の内容? それはな、愛や絆や…時には、裏切りや別れかもしれん。
コートの上で、仲間と共に汗を流す日々もあれば、心が軋むような夜もあるじゃろうよ」
(名前)はゴクリと、唾を飲み込んだ。
裏切り。別れ。
…その言葉が、胸の奥で重く響いた。
「…でもな、試練は魂を磨くためのものじゃ。
お主のキラキラした魂なら、どんな嵐も乗り越えられる。…ワシは、そう信じとるよ。」
神の言葉は、どこか温かく、不安でいっぱいになる(名前)の心に、そっと灯りをともした。
…でもこの神様、ひーふーみーって…。
他人事だと思っているのか、結構大変などと言っておきながら、この神様、随分適当な物言いである。
「…」
「…おっと、ジト目はやめんか! …ワ、ワシだってそんな細かいことは知らんよ! 運命の糸がどう絡むかは、ワシにも見えん部分があるんじゃ」
神は大げさに両手を広げ、まるで舞台に立つ俳優のように「ワシ、傷ついた…およよ」とローブで自身の額を覆う。
「…すみません。話を進めてください」
「お、お主、さては慣れてきおったな…!?
…ゴホンッ。えーっと、さっきも言ったが、共鳴したんじゃよ、お主とこの世界がな。
お主のその高潔な夢女子魂が、この世界の誰かのために必要なんじゃ。それが誰かは、ワシにも分からぬ。もう出会っているのか、これから出会う者なのか…。」
「…。」
「…お主はこの話を断ることもできるが、どうする?もしお主がこれを断れば、その魂は永遠を彷徨う事となる。
…だが、試練が待ち受けていると分かっていても、この世界で生きると望めば、お主の新たなる人生の扉が開く。」
…さあ、どうする?
「…」
(名前)は唇を噛み、拳を握りしめる。
この世界に転生し、早15年。
この15年、色んな出会いがあって、様々な経験をした。その全てが短くもあり、長くも感じた。
…私は生きていた。今この瞬間まで、あの世界で。
彼女の脳裏にふと、今までの出来事が走馬灯のように流れ、巡った。
父と母の優しい声、立海の仲間達との記憶。
そして…
(…(名前))
…幸村くん。
「…っ」
あの世界に、戻りたい。
戻って、みんなと一緒にいたい。
「…一つだけ、質問してもいいですか?」
(名前)は勇気を振り絞り、神を見上げた。
その声は小さかったけれど、決意に満ちていた。
「おお、いいぞ! ただし一つだけな。ワシと長く話すと、お主の身体に負担がかかるからのう」
神は人差し指を立て、いたずらっぽくウインクする。白い髭が揺れ、まるで子供をからかうおじいちゃんのようだ。
「…」
(名前)は瞳を閉じ、深く息を吸った。
聞きたいことは山ほどある。
共鳴とはなんだ?…試練とは一体、何が待ち受けているのか?
でも、そんな事はもうどうでも良かった。
心の底からふわりと湧き上がる、一番大切な問いが、彼女唇から溢れ出た。
「…私は、この世界で、生きていていいんでしょうか?」
神は一瞬、静かに彼女を見つめた。
その瞳は、まるで彼女の魂の奥まで見透かすような深さであった。
白い空間に、静寂が広がる。
…やがて、神はゆっくりと口を開いた。
「…それはな、お主がこの世界を生きたいと思うかどうか、じゃよ」
「…!」
(名前)の脳裏に、仲間達との時間が鮮やかに蘇る。幸村の優しい笑顔、真田の真剣な眼差し。
…皆と過ごした、何度目かの夏の記憶。
彼女は目を閉じ、記憶の断片をそっと抱きしめる。
…あの世界で、仲間たちと一緒に生きていたい。
たとえどんな試練が、待っていても。
「…」
言葉にならない思いが、(名前)の胸の中で渦巻く。
神はそんな彼女を見て、静かに微笑んだ。
白い髭が揺れ、その表情にはどこか、父親のような優しさが宿っていた。
「…ふむ、どうやら腹は決まったようじゃな」
(名前)は小さく、だが力強く頷いた。
…生きよう。この世界で、私は。
彼女の瞳には、迷いが消え、静かな決意が宿っていた。
「…よし。新たなる旅路へ向かうお主の魂、このワシが見送ろう」
神は厳かに手を広げ、白い空間の奥に現れた光輝く扉を指し示した。
その扉は、まるで新しい世界への入り口のように、柔らかな光を放っている。
「その扉を開けば、もうお主はこちらへ戻ってはこれぬ。…これからお主を待ち受けるものは、輝かしい未来か、はたまた…それはワシにも分からぬ。
だが、どんな時も信じるのじゃ。
--…自分と、仲間達をの」
(名前)はその扉を見つめ、胸に熱いものが込み上げるのを感じた。
…怖い。分からないことだらけだ。
でも、仲間たちがいる。あのコートの喧騒が、彼女を待っている。
彼女は頬をぱしん!と叩き、その拳を握りしめた。
風に揺れる体操着の袖、夕陽に染まるコート…そして、仲間たちの笑顔。
--それらが、彼女の背中をそっと押す。
「…達者での」
「…はい」
彼女は一歩、踏み出した。
扉の向こうの光へと、迷いなく。