キッドとなまえは町を歩いていた。
本当に歩いているだけで、お互い何も言わない。
端から見れば、どう見てもおかしな光景であることは間違いない。

「・・・なまえ」

そんな中、キッドがなまえを呼ぶ。

「はい？」

突然の呼び掛けに驚き、声が上ずった。

「お前、まだ俺が怖いか」

「えっ・・・」

予想外の質問に、何も答えられない。
何と答えれば良いのかもわからない。
下手なことを言えば、機嫌が悪くなるのは明白だ。

「えっ、と・・・そんなこと、ないですよ？」

ようやく出た言葉はそれだった。
キッドは何も言わない。
もしかして怒らせてしまったのだろうか。
なんて答えれば良かったのだろうか。

いろいろ考えていたら、キッドが急に立ち止まった。

「着いたぜ、服買うんだろ」

「え？」

見ると、洋服屋に着いていた。
着いても入ろうとしないなまえに、行かねぇのか、と催促するように言葉をかける。

「い、行きます」

「これで買え。俺はちょっと他の店行ってくるからよ。選んどけ」

そう言って、キッドはなまえにお金を渡した。
どうやら、さすがに買い物には同行しないようだ。
やっとひとりになれるという解放感に、わずかに心が揺れた。
店内には可愛い洋服や下着がいっぱい並んでいる。
こんな店にキッドはどう見ても不釣り合いだ。

落ち着いて考えてみれば、酷い目に遭うのは覚悟の上だったのに、キッドは一度もなまえに手を出したことはなかった。
買い物なんて、させてくれないと思っていたのに。

「キッド・・・」

なまえは初めて、彼の名前を呼んだ。

しばらくして、なまえはたくさんの洋服や下着を買い、袋を抱えて店を出た。


「どこに行ったのかしら・・・」

キッドは買い物をしてくると言っていたから、多分どこかの店にいるのだろう。

茜色の空に、少しずつ紫色が混じり始める。
流れる人の波を見ながら、ひとりでは船に戻ることも出来ないことに気付く。
何もかも失って、故郷を出ることになって、頼れる人もいない。


無力とは、こういうことを言うのだろうか。
孤独とは、自分のような人間のことを言うのだろうか。