彼女の瞳に映る哀しみの色は、昔どこかで見た、古い記憶を呼び起こした。

『この力がなければ、私は・・・ただの平凡な女です。争いをもたらすことも、誰かを傷付けることもなかったのでしょう・・・』

それは彼女が自分で望み、手に入れた力ではない。
天が、運命が、彼女を選んだだけなのだ。

その苦しみが、ローには痛いほどわかってしまう。
あの悲劇とも呼べる運命は、どうして自分を選んだのか。
どうしてあの町に生まれたのか。
生まれた場所がフレバンスでなければ、今頃は家族全員、幸せに暮らしていたのかもしれない。
自分さえいなければ、あの人はきっと、命を落とす必要もなく。
今でも、生きていた。
戻れないとわかっていても、どうしようもないと理解していても、まだそう思ってしまう自分がいる。
けれどそれはどこまでも、あくまでも理想でしかなくて、そんな甘い夢のような理想を見事なまでに覆す現実に、絶望しながら生きている。

過去と理想は似ているのかもしれない。
それはきっぱりと異なって、だけれど決して遠くはない。
過去はどうしたってねじ曲げることが出来ない。
人は過去には戻れない。
過去が誰にも手出しを許さない、平行線の世界だとするならば、理想は叶う可能性があるだけ、まだ随分とましなのかもしれない。

「・・・なまえ。おれに、どうして助けたのかと聞いたな」

それはどうしても頭から離れてくれず、心に引っ掛かって離れない、トゲのような言葉。

「確かにおれは医者だ、でもそうである以前に、おれはお前を死なせたくなかった」

答えが欲しかったのは、自分の方だったのかもしれない。
本当の思いを、知られたくなかったのかもしれない。
自分が医者でなかったとしても、彼女に伝説の力があったとしても、なかったとしても。
ローはなまえだから助けていた。
誰が、何と言っても。
もう、あんな思いは・・・

『ローさん・・・』

「ローでいい。・・・お前にはそう呼んでもらいたい」

『・・・ロー』


しっかりと二人の視線が重なる。
彼女は生きている、それ以上に理由は何もいらない。

「迷うな、なまえ。お前はお前だ。・・・何があっても」


どんな運命が待っていても、彼女は彼女だ。
それを否定する理由はどこにもない。　
そう、神でさえも。
だから迷う必要などない。
せめて、自分の前では。


ありがとう、と告げた彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちる。


彼女との平行線に、ローは、終止符を打つことを望んでいる。

この先、２人が見据える世界が同じものになることを願うのは、彼のエゴか、それとも。