その名を呼ばれてから、控えめなヒールの音がゆっくりと近づいてくるまでに時間はかからなかった。
古びたドアが開く音と共に姿を見せたのは、上品なボルドーのドレスを着たなまえだった。

「なまえ！！」

「無事だったのね！」

その名を呼び、無事を喜ぶナミとチョッパー。
見た限りでは、怪我などはしていないようだ。
ひとまずは何も危害を加えられてはいないのだと、安堵したのも束の間だった。

なまえは仲間たちの言葉に応えることはなく、玉座に座るカイルの元へと真っ直ぐに向かい、その膝の上に座って甘えるようにその身を預けた。
カイルもわざと見せつけるかのようになまえを抱き寄せ、長い髪に唇を寄せて優しく撫でる。
それはまるで、飼い主が自分の飼い猫を愛でるかのようだ。

「なまえ・・・！？」

傍から見れば恋人同士のような光景。
何が起こっているのか理解が追い付かない。
そんな状況を目の前に、真っ先に立腹したのはサンジだった。

「なまえちゃんに何をした！」

その反応を待っていたかのように、カイルは薄く笑みを浮かべた。

「見た通りさ、なまえは俺のものだ」

返された言葉に、サンジは悔しそうにタバコを噛んだ。
たった数日の間に、一体何があったというのだろうか。
たった数日前は、共に旅をしていたというのに。

「いいことを教えてやろうか、黒足・・・」

困惑する一味のその反応を楽しむかのように、カイルは笑いながら追い討ちをかけるかのように言葉を紡ぐ。

「なまえは、お前の飯を食わなかっただろ？」

「しつこいぞてめェ、何でそんな事・・・」

「食わないはずなんだよ」

きっぱりと言い切ったカイルに、ある疑問が浮かぶ。
それと同時に、それに気付くのが遅かったことにも気付く。


なぜ、カイルがそんな事を知っているのか。
知るはずのない情報を、なぜ。


「お前の飯を食えなくなるようにしたのは、この俺だ」

「何だって・・・！？」

なまえをしっかりと抱き寄せるカイルは、勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

目の前にいる人間が自分自身の不調の原因を語っているというのに、顔色一つ変えないどころか、カイルの膝の上で安心しきっているなまえのその行動が一体何なのか、今の一味にはまったく見当がつかない。

次から次へと明らかになっていく事態に、困惑や混乱を通り越して戸惑っている一味に対して、さらに衝撃的な事を口にするのは、その数秒後のことである。

「そんな難しい事じゃない。少しだけ・・・なまえに“呪い”をかけただけだ」


“俺は、魔術師だ”