第一章「死神の館」
第三話『朱の館』
「だっっっっれが馬鹿だって⁉︎ この天才魔法使い ルシアス・ブランデス が馬鹿だとでも言いたいのかい⁉︎」
カッチーン。怒りの効果音を鳴らし、魔法使いことルシアスは癖のついた髪をぶわぶわと燃え盛らせる。さながら青い炎だ。料理中の光景をカロンはほわほわと思い出す。ルシアスのはちょっと強火すぎて焦げてしまいそうだ。目玉焼きなんて一発で駄目になってしまうだろうなぁと呑気に考えていると、隣の青年がこそっとこちらに話しかけてきた。
「なぁ、あの喧嘩? どうにか止めらんねぇかな……」
青年は適度な距離を保ちながらカロンに耳打ちをする。もっと近くに来ても大丈夫なのに、と手招きすると、彼はバツが悪そうに大きなアホ毛を下げた。
「さっき急に抱きついちまっただろ。状況が状況だったけど、初対面の男に触られていい思いはしねぇだろうし……ごめんな」
申し訳なさそうにちょこちょこと、少しばかり距離はあるが近づいてきた青年に、カロンはころっと飴玉でも落としたように目を丸めた。
なんというか、とても誠実できめ細かい配慮の届く人柄だ。危険な目に遭うところだったカロンを、自分の身を厭わずに庇ってくれたというのに、助けた行動自体に特別な意味は無いのだろう。ただカロンが怪我をしてしまってはいけないという、自分には関係の無い理由でも動けてしまえる。そんな人。
「私はカロンよ!」
「お、おう?」
「貴方のことも知りたいわ。なんてお名前なのかしら?」
カロンはぱっと青年のそばに寄り、彼の黒い手袋を纏った手を優しく両手で包む。カロンのじんわりと暖炉のようなあたたかみを帯びる温度と違って、青年の手は冬暁の小さな風のよう。彼はカロンのまっすぐな言葉に眉を下げた。
「ライムントだ。長いだろうし、ライムで大丈夫だ」
ライムント。ライムイエローの髪色を持つ彼にぴったりだ。あだ名を提案してくれるフラットさに、カロンは好感を持った。
「ライム! 貴方らしいお名前ね! 教えてくれてありがとう」
カロンはにぱっとライムントに笑いかける。名前を教えただけなのに、カロンがこんなに喜んでいる様子が可笑しくて、ライムントも肩を揺らす。
「さっきのことなら、全然気にしていないわ。むしろありがとう! 貴方のおかげでこの通り元気よ」
「おー……?」
ほら! と腕の力こぶを見せつけてみる。……何も無い。だがカロンの元気さはこれでもかと伝わってくるので、ライムントはイマジナリー筋肉がそこにあるということにした。
「ねぇライム。なぜルシアスは貴方を追いかけていたの?」
自慢げに筋肉をお披露目し終えたカロンは、そういえば……と気になっていた疑問をライムントに問いかける。絶賛ルシアスはテオフィールと何やら揉め事を起こしかけているが、そもそもルシアスはライムントを追いかけてここまでやってきたのだ。ライムントは視線を迷わせながら、困ったように頬をかく。
「あー……それは、オレが全部悪くて……」
「ワーッ‼︎」
キーンとカロンとライムントの耳にルシアスの叫び声が入り込む。あ、これなんか起こったな、とライムントは即座に理解する。カロンとの会話があまりにも自然に続きすぎたため、仲介に入れなかったことを悔やみながらルシアスに目をやった。
「はぁ……これだから馬鹿の相手は疲れる」
テオフィールはゴミの後始末でも終わったかのように、パッパッと両手を払う。その下には箒から落っこちて頭を押さえながらじたばたと悶えるルシアスがいた。
「き、君、あんまりだろーッ‼︎」
「貴方が馬鹿だという証明をしたまでですが」
「だからって超難関数式問題を僕に解かせてる間に膝にチョップなんてするかよ‼︎ 大人気ってものがないぞ君‼︎」
わーん! とルシアスは色鮮やかな二つの瞳をチカチカと潤わせた。その姿はさながら母親に叱られて地団駄を踏む子供とそっくりである。
ルシアスが箒から落ちていたのは、テオフィールの悪意をもってしての事態だったようだ。頭に膨れたたんこぶを抱えているルシアスに、少しばかり同情心が芽生える。
「もうっテオ、子供相手に可哀想でしょ?」
「誰が子供だ‼︎」
間髪容れず一声放つルシアスだが、この場にいる皆がそう思っているので、そのツッコミは難なくスルーされる。カロンに背中を摩られながら、ルシアスは分かりやすく不貞腐れた。
「手加減も何も、この方が自分は天才だと仰られました。私はそれに見合う質問をしただけですよ」
「あんなマニアックなもの分かるわけないだろ……」
「貴方天才なんですよね? まさか嘘だなんて、そんな馬鹿みたいなこと言いませんよね?」
「な、な……!」
ぷるぷると迷子の子犬のように震えるルシアスは言葉を詰まらせる。子供らしさに拍車のかかるルシアスに、容赦のないテオフィールの正論はこれでもかと効果抜群だ。あの穏やかなテオフィールからは想像も出来ない姿である。
「あーっ! ちょっと待ってくれ!」
三人の掛け合いをオロオロと見守っていたライムントが声を張る。なんせルシアスの様子が居た堪れない。一度深呼吸をして、ライムントは口を開いた。
「コイツは悪くねぇよ。悪いのはオレなんだ。だからもう怒らないでやってくれ」
胡座をかいてむすっと頬を広げるルシアスのそばに近づき、ライムントはそっとしゃがみ込む。ガサゴソと大きめのポケットから何かを出して、ルシアスに渡した。
「さっきは盗んだりしてごめん。今更だけど……返させてくれ」
ふんわりと優しい小麦の香りを漂わせる紙袋を、ルシアスはハッとして奪い取る。
「フン! そうだよ、元より君が僕の昼食を盗んだのが発端だろう」
「えっ?」
「盗んだ……本当なのですか、ライムントさん」
「あぁ、ルシアスの言ってることが全部だ」
ライムントは先程から面目無さそうに、目を伏せながら立ち上がる。ルシアスはそんなライムントを、紙袋を抱えながら横目で睨む。
カロンはライムントとついさっき出会ったばかりだが、その言葉を信じられなかった。だって彼のような人こそ、盗みなどの悪事を最も嫌いそうだからだ。
「ライム、何か理由があったんじゃないの?」
そうだと思った。いや、確信があった。どんな理由があっても許される理由にはきっとならない。けど、それを知るのと知らないのとでは違うはずだ。
ライムントはカロンの質問に息を呑んだ。先程よりも心苦しい表情を深めて、視線はそのまま地面に向けられる。
「……分からない」
「ハァ? 分からないってなんだい、君は僕を馬鹿にしているのかい?」
「そんなわけねぇよ! ……でも、ルシアスからそれを奪って、ただ走らないといけないと思った。そしたら、その先に……」
――お前がいた。
ライムントは、言葉代わりにカロンのサファイアで出来たように眩しい瞳を見つめる。宝石なんて高価なものは手に取ったことがない己でも、この尊い美しさだけは理解できた。澄んだ空色は不思議そうに桜色を傾げる。
「全く意味が分からないね……気でも動転していたということで構わないかい?」
ルシアスは頬杖をかきながら文句を垂れるように、簡潔に済ましてやったと言いたげだ。
「そう、だな。きっと、そうだ。情けねぇな」
きゅ、と弱々しく袖を握るライムントは、凍えた声で恰も懺悔を告げているようだった。そんな彼の様子を見て、尖らせていたルシアスの目つきがほんの少し和らぐ。
「もういい。無駄に自分を卑下するのはおやめ。僕もよく視野が狭くなるから、これ以上は口出ししないさ」
小慣れた手つきで左手に木の杖を身につけると、軽く呪文を唱える。ライムントは何かに気づいたようで、袖を捲った。
「隠しているようだったけれど、怪我をしていただろう」
ライムントの肘には傷一つない。だがルシアスの発言から、彼は怪我を負っていたのだろう。それを感じさせないライムントにも、気づいていたルシアスにも喫驚だ。ついでだとご丁寧に絆創膏を施すルシアスは、面倒臭そうにそっぽ向いている。
「それは僕のせいだ、すまなかった。君も悪いし、僕も悪かった、ということだね」
「つまり……」
二人の会話を聞いていたカロンは、人差し指を口元に当てながらルシアスの言葉を咀嚼して、「あっ!」と合点がいったように両手を合わせた。
「仲直りしようって言いたいのね!」
「ハァ⁉︎ 都合のいい解釈をするな料理人‼︎」
「私はカロンよ、こっちはテオフィール! テオって呼んでるわ」
「貴方に呼ばれる名などありません」
「誰が君なんかを愛称で呼ぶものか! あぁもう馬鹿らしい!」
わぁわぁと桜色と松葉色に水色が人目なんて気にせず騒ぎ立てる。そんな三人が面白可笑しくて、ライムントは腹を揺すって哄笑を街に渡らせた。
「はははっ、なんだお前ら。変わったヤツ」
大口を開けて八重歯を見せるライムントは、表情の曇りもなくなって柔らかな朝のようだった。そんな彼に、カロンは一安心する。
「本当にごめんな。詫びになるかわかんねぇけど、もしよかったら貰ってくれるか?」
ひょいとライムントは色とりどりな飴玉をルシアスに広げる。桃に葡萄に青林檎にソーダ。ポッケにこれでもかと詰め込まれていたのか、と思ったりもしたが、ルシアスは無愛想にソーダを選んでパクっと口に放り込む。美味しいと顔に書いてあるルシアスを、ライムントは嬉しそうに眺めている。
お前らもいるか? と差し出されたので、カロンは桃、テオフィールは青林檎、とありがたく頂いた。チープで口馴染みのいい風味が美味しい。ライムントも余りの葡萄を選んで、至福のひとときを噛み締めるように転がしている。
「……あ」
ガリ、と飴玉の砕けた音がライムントの気が気でない様子を強調していた。冷や汗をかく彼は、そわそわとルシアスの肩をつつく。
「おい、さっきオレら商店街を走ってきたよな?」
「そうだけれど……だからなんだい?」
「あー……やっぱり……?」
ライムントはあちゃーと嘆息を漏らす。いまいち彼が狼狽しているわけが感じ取れないルシアスは怪訝な面持ちだ。そんなルシアスにライムントはどこまでも気まずそうに告げる。
「オレが逃げまくったせいでお前は攻撃魔法を出しまくっただろ? 多分、商店街の人にも風評被害があったんじゃねぇかなって……」
商店街には八百屋や魚屋など、路上に商品を売り出す店も少なくない。もしそれらに魔法が直接当たったりでもしていたら……と想像してルシアスは顔を真っ青に塗り替える。ライムントと揃った青を並べて、二人は居ても立っても居られない。
「おおおい早く謝りに行こうぜ今ならまだ間に合うかもしれねぇし!」
「いいい嫌だっ僕は悪くないっ君だけで行けばよろしいっっ!」
「さっき言ってたことはなんなんだよ! 頼むから一緒についてきてくれ!」
ギャーギャーとお互いに引っ張り合い合戦を始める二人を、カロンとテオフィールは最初のうちこそ温かい目で見守っていたが、商店街の話題が出た途端、表情を硬くして空気を一変させる。
「それも、本当ですか」
にこ、とただただ品性が溢れんばかりの笑顔でテオフィールは尋ねる。ルシアスは認めまいと首をブンブンと振りながらライムントのアホ毛を根っこから掴む。テオフィールはルシアスの必死の抵抗を全て無視して、ライムントから引っ剥がした。
そんなライムントの横には、顔色がよく読めないカロンがいて、なぜかライムントは足元から悪寒が駆け上ってくる。どうにか安堵を見出したくて彼女の名前を呼ぼうとしたが、それよりも先にカロンが口を開く。
「私ね、どうしても許せないことがあるの」
ぱっと右手に魔力を込めると、小さめのフライパンが握られていた。一体、何のために。だが、ライムントはなんとなく予感はしていて、それでいてその場から動くことができなかった。だって、春の陽だまりみたいにおおらかなカロンが、今だけは吹き荒れる嵐のように渦巻いていたから。
カロンは右手に力を与えると、ライムントの額にひやりとフライパンを当てた。
――食べ物を、粗末にされることよ
ひゅ、と喉を鳴らしたのが先か、彼女が鉄製のそれを振り下ろしたのが先か、ライムントには分からなかった。ただ隣の魔法使いの悲惨な叫び声が聞こえた気がして、自分たちはとんでもない馬鹿なのだと後悔せざるを得なかった。走馬灯には、お菓子が出てきて欲しいだなんて願う暇もなく、そこで意識は途切れた。
◆◆◆
「ライムたちってば、まさかあんなことをしていたなんて」
ぷんっとさほど怒りを感じられない様子で、カロンはテオフィールと再び歩き始めていた。カロンにフライパンの鉄槌をお見舞いされたライムントはテオフィールの左脇に、テオフィールに当て身を食らわされたルシアスは右脇に、ぶらんと干された布団のように脱力して抱えられている。人間二人を悠々と持ち上げるテオフィールにカロンは凄い! と拍手喝采。代わりにトランクケースはカロンが持つことにした。
馬鹿コンビにお灸を据えた直後、カロンとテオフィールは商店街へと赴いてしっかりと謝罪の言葉を述べた。運良く被害はそう及んでいなかったため、店主たちが怒ることもなく平和的解決を迎えた。むしろ気絶している事件の犯人の心配までしてくれて、皆心優しい人ばかりだ。
「全くですね。一応上司にも連絡したのですが、わざわざ直接出向いてくださるそうです」
「あら、テオも怒られてしまったのかしら?」
「いえ、大事にならなくて良かったとだけ。上司は如才ないお人柄なので、尚更迷惑は掛けたく無かったのですが……一応社長みたいな立場ですし、丸く収めてくれるには適任でしょうね」
テオフィールは小さなため息をしみじみとつく。そんな彼に、カロンは少しでも元気になって欲しくて、明るく声をかける。
「師匠のお店に着いたらね、美味しいスイーツをたんまりと食べて欲しいの! いっぱい迷惑をかけてしまったし、よければご馳走させて」
「そんな……カロンさんは何も悪くないですし、そこまでして頂かなくても」
「私がしたいのよ。だって、今日だけでこんなにありがとうで満ちているもの!」
テオフィールからもらった名刺にポストカードを「ほらほら」とこれ見よがしに見せつけてくるカロンからは、ただ純粋なものだけが伝わってくる。感謝の気持ちを無下にする方がきっと失礼だと、テオフィールは悠揚と頷いた。彼女がまたいつも通りに桜を彩らせたから、これで良かったのだろう。
「ここかしら?」
「地図の通りだと、そうなりますね……」
随分長いこと時間が経ったように感じる。空もすっかり青天井を落陽に赤く染めて、辺りは街並みから景色が木隠れする森林へと移り変わっていた。目当ての場所に辿り着くと、痛くなるくらいに首を見上げながら、二人は呆気に取られる。
カロンたちの思い描いていたスイーツ店はどこにもなく、目の前には壮大に聳え立つ、古めかしい館があった。自分の師匠は悪目立ちを好まない性分だから、間違ってもここではないだろう。あっけらかんとするカロンはテオフィールの様子を窺ってみると、彼は帽子のつばをあげて目を疑っているようだった。テオフィールの方が己より驚いているとは思わなかった。彼は何かを考え込むように再度つばを深く下げて、カロンに体を向ける。
「申し訳ございません。どうやら間違えてしまったようで……」
「けれど道順は合っているのよね?」
「えぇ……」
私にもさっぱりです、と困り果てながら地図を凝視するテオフィールの顔は険しい。方向音痴な師匠のことだから、印の場所を誤った可能性は無きにしも非ずだ。カロンはテオフィールの顔を覗き込む。そして、申し訳なさそうな彼の鬱憤を吹き飛ばせるくらい笑ってみせた。
「こんな大きなお屋敷、初めて見たわ! せっかくなら入ってみない?」
そうだ。行き当たりばったりが旅の醍醐味なのだから、楽しんだ者勝ちだろう。くるりと振り返って館にまで足を運ばせると、両開きの扉に手をかけた。少々慌てているテオフィールも気にせず、錆びた取っ手を引こうとする。けれど、カロンによってそれが開かれることはなかった。
ギィ、と重々しい音が鳴り響く。その次にかちゃり、と不穏な警告音がカロンに囁いた。カロンは自分の額に当てられたものを、すぐに解した。それでも泰然とした態度に、扉の向こうの何者かが口を出した。
「お客様がいらっしゃるとは、伺っておりません」
きらりと嫌に光沢を湛える銃口のそばで、美々しいロイヤルブルーの双眼が輝いた。大きなホワイトブリムに、艶やかな黒髪の毛先に瞳と同じ青が染まっている。上質なメイド服ですら劣ってしまうくらい、淑やかで可憐な少女だった。銃口も視線も、射止めるようにカロンから離すことはない。
「貴方がたは何者ですか」
スミレの花でも咲き誇らせるように微笑む彼女は、実質カロンを脅しているようなものだ。テオフィールは時を移さずカロンの元へと長い脚を動かそうとしたが、カロンは至って冷静にメイドの少女へ空色を光らせる。
「びっくりしちゃったわ、こんなお出迎えは初めてよ」
驚いてなんてないのに、カロンは大袈裟に話す。そんなカロンに懐疑の念を抱くメイドは、次に彼女の取った行動に惑乱した。子供を撫でるように優しい手つきで、銃をそっと握ったのだ。
「貴方、何を……」
「メイドさん、貴方には打てないでしょう」
安らかな声だった。こちらの何もかもを見透かしているみたいに、教会で祈りを捧げるようにカロンは言い放った。メイドは銃を握る手を僅かに震わせたが、ぐっと歯を食いしばってカロンの言葉を踏みつける。
「いいえ、打ちます。貴方があのお方に危害を及ぼす存在なら、僕はどんな引き金だって引けます」
僕のあのお方への忠誠を、聖書をなぞったみたいな言葉なんかで汚さないで。
息を止めて引き金に己の覚悟を込める。あのお方のためなら、僕は。
「やめろ、ノエル」
凛とした声が耳に通る。ノエルと呼ばれたメイドははっとして背後を振り返った。コツコツと赤いハイヒールを鳴らして、暗闇からその姿が露わになる。
「レドナー、様……」
レドナー。そう呼ばれた少年がこちらへ静かに近づいてきた。
白い髪に薄縹色を重ねたセミロング、色素の薄い肌と髪に悪目立ちした朱色の瞳がカロンを見つめている。その時、くたびれたように隈のかかった彼の目が、少しばかり見開いた気がした。
「……ノエル、下がれ」
「し、しかし……! もしレドナー様が危険な目にでも遭ったら……!」
「こいつらに敵意なんて微塵もない。分かったならさっさとジェシーでも捕まえておけ」
おろおろと心配するノエルであったが、彼の命令を聞かないわけにもいかず、カロンから銃口を下ろすと急ぎ足で暗闇に去っていった。それを横目で見送ると、レドナーは厳かな面持ちでカロンに話しかける。
「何の用だ、人間」
レドナーは如何にも軽蔑するような目つきでカロンを睨みつけた。
「だっっっっれが馬鹿だって⁉︎ この天才魔法使い ルシアス・ブランデス が馬鹿だとでも言いたいのかい⁉︎」
カッチーン。怒りの効果音を鳴らし、魔法使いことルシアスは癖のついた髪をぶわぶわと燃え盛らせる。さながら青い炎だ。料理中の光景をカロンはほわほわと思い出す。ルシアスのはちょっと強火すぎて焦げてしまいそうだ。目玉焼きなんて一発で駄目になってしまうだろうなぁと呑気に考えていると、隣の青年がこそっとこちらに話しかけてきた。
「なぁ、あの喧嘩? どうにか止めらんねぇかな……」
青年は適度な距離を保ちながらカロンに耳打ちをする。もっと近くに来ても大丈夫なのに、と手招きすると、彼はバツが悪そうに大きなアホ毛を下げた。
「さっき急に抱きついちまっただろ。状況が状況だったけど、初対面の男に触られていい思いはしねぇだろうし……ごめんな」
申し訳なさそうにちょこちょこと、少しばかり距離はあるが近づいてきた青年に、カロンはころっと飴玉でも落としたように目を丸めた。
なんというか、とても誠実できめ細かい配慮の届く人柄だ。危険な目に遭うところだったカロンを、自分の身を厭わずに庇ってくれたというのに、助けた行動自体に特別な意味は無いのだろう。ただカロンが怪我をしてしまってはいけないという、自分には関係の無い理由でも動けてしまえる。そんな人。
「私はカロンよ!」
「お、おう?」
「貴方のことも知りたいわ。なんてお名前なのかしら?」
カロンはぱっと青年のそばに寄り、彼の黒い手袋を纏った手を優しく両手で包む。カロンのじんわりと暖炉のようなあたたかみを帯びる温度と違って、青年の手は冬暁の小さな風のよう。彼はカロンのまっすぐな言葉に眉を下げた。
「ライムントだ。長いだろうし、ライムで大丈夫だ」
ライムント。ライムイエローの髪色を持つ彼にぴったりだ。あだ名を提案してくれるフラットさに、カロンは好感を持った。
「ライム! 貴方らしいお名前ね! 教えてくれてありがとう」
カロンはにぱっとライムントに笑いかける。名前を教えただけなのに、カロンがこんなに喜んでいる様子が可笑しくて、ライムントも肩を揺らす。
「さっきのことなら、全然気にしていないわ。むしろありがとう! 貴方のおかげでこの通り元気よ」
「おー……?」
ほら! と腕の力こぶを見せつけてみる。……何も無い。だがカロンの元気さはこれでもかと伝わってくるので、ライムントはイマジナリー筋肉がそこにあるということにした。
「ねぇライム。なぜルシアスは貴方を追いかけていたの?」
自慢げに筋肉をお披露目し終えたカロンは、そういえば……と気になっていた疑問をライムントに問いかける。絶賛ルシアスはテオフィールと何やら揉め事を起こしかけているが、そもそもルシアスはライムントを追いかけてここまでやってきたのだ。ライムントは視線を迷わせながら、困ったように頬をかく。
「あー……それは、オレが全部悪くて……」
「ワーッ‼︎」
キーンとカロンとライムントの耳にルシアスの叫び声が入り込む。あ、これなんか起こったな、とライムントは即座に理解する。カロンとの会話があまりにも自然に続きすぎたため、仲介に入れなかったことを悔やみながらルシアスに目をやった。
「はぁ……これだから馬鹿の相手は疲れる」
テオフィールはゴミの後始末でも終わったかのように、パッパッと両手を払う。その下には箒から落っこちて頭を押さえながらじたばたと悶えるルシアスがいた。
「き、君、あんまりだろーッ‼︎」
「貴方が馬鹿だという証明をしたまでですが」
「だからって超難関数式問題を僕に解かせてる間に膝にチョップなんてするかよ‼︎ 大人気ってものがないぞ君‼︎」
わーん! とルシアスは色鮮やかな二つの瞳をチカチカと潤わせた。その姿はさながら母親に叱られて地団駄を踏む子供とそっくりである。
ルシアスが箒から落ちていたのは、テオフィールの悪意をもってしての事態だったようだ。頭に膨れたたんこぶを抱えているルシアスに、少しばかり同情心が芽生える。
「もうっテオ、子供相手に可哀想でしょ?」
「誰が子供だ‼︎」
間髪容れず一声放つルシアスだが、この場にいる皆がそう思っているので、そのツッコミは難なくスルーされる。カロンに背中を摩られながら、ルシアスは分かりやすく不貞腐れた。
「手加減も何も、この方が自分は天才だと仰られました。私はそれに見合う質問をしただけですよ」
「あんなマニアックなもの分かるわけないだろ……」
「貴方天才なんですよね? まさか嘘だなんて、そんな馬鹿みたいなこと言いませんよね?」
「な、な……!」
ぷるぷると迷子の子犬のように震えるルシアスは言葉を詰まらせる。子供らしさに拍車のかかるルシアスに、容赦のないテオフィールの正論はこれでもかと効果抜群だ。あの穏やかなテオフィールからは想像も出来ない姿である。
「あーっ! ちょっと待ってくれ!」
三人の掛け合いをオロオロと見守っていたライムントが声を張る。なんせルシアスの様子が居た堪れない。一度深呼吸をして、ライムントは口を開いた。
「コイツは悪くねぇよ。悪いのはオレなんだ。だからもう怒らないでやってくれ」
胡座をかいてむすっと頬を広げるルシアスのそばに近づき、ライムントはそっとしゃがみ込む。ガサゴソと大きめのポケットから何かを出して、ルシアスに渡した。
「さっきは盗んだりしてごめん。今更だけど……返させてくれ」
ふんわりと優しい小麦の香りを漂わせる紙袋を、ルシアスはハッとして奪い取る。
「フン! そうだよ、元より君が僕の昼食を盗んだのが発端だろう」
「えっ?」
「盗んだ……本当なのですか、ライムントさん」
「あぁ、ルシアスの言ってることが全部だ」
ライムントは先程から面目無さそうに、目を伏せながら立ち上がる。ルシアスはそんなライムントを、紙袋を抱えながら横目で睨む。
カロンはライムントとついさっき出会ったばかりだが、その言葉を信じられなかった。だって彼のような人こそ、盗みなどの悪事を最も嫌いそうだからだ。
「ライム、何か理由があったんじゃないの?」
そうだと思った。いや、確信があった。どんな理由があっても許される理由にはきっとならない。けど、それを知るのと知らないのとでは違うはずだ。
ライムントはカロンの質問に息を呑んだ。先程よりも心苦しい表情を深めて、視線はそのまま地面に向けられる。
「……分からない」
「ハァ? 分からないってなんだい、君は僕を馬鹿にしているのかい?」
「そんなわけねぇよ! ……でも、ルシアスからそれを奪って、ただ走らないといけないと思った。そしたら、その先に……」
――お前がいた。
ライムントは、言葉代わりにカロンのサファイアで出来たように眩しい瞳を見つめる。宝石なんて高価なものは手に取ったことがない己でも、この尊い美しさだけは理解できた。澄んだ空色は不思議そうに桜色を傾げる。
「全く意味が分からないね……気でも動転していたということで構わないかい?」
ルシアスは頬杖をかきながら文句を垂れるように、簡潔に済ましてやったと言いたげだ。
「そう、だな。きっと、そうだ。情けねぇな」
きゅ、と弱々しく袖を握るライムントは、凍えた声で恰も懺悔を告げているようだった。そんな彼の様子を見て、尖らせていたルシアスの目つきがほんの少し和らぐ。
「もういい。無駄に自分を卑下するのはおやめ。僕もよく視野が狭くなるから、これ以上は口出ししないさ」
小慣れた手つきで左手に木の杖を身につけると、軽く呪文を唱える。ライムントは何かに気づいたようで、袖を捲った。
「隠しているようだったけれど、怪我をしていただろう」
ライムントの肘には傷一つない。だがルシアスの発言から、彼は怪我を負っていたのだろう。それを感じさせないライムントにも、気づいていたルシアスにも喫驚だ。ついでだとご丁寧に絆創膏を施すルシアスは、面倒臭そうにそっぽ向いている。
「それは僕のせいだ、すまなかった。君も悪いし、僕も悪かった、ということだね」
「つまり……」
二人の会話を聞いていたカロンは、人差し指を口元に当てながらルシアスの言葉を咀嚼して、「あっ!」と合点がいったように両手を合わせた。
「仲直りしようって言いたいのね!」
「ハァ⁉︎ 都合のいい解釈をするな料理人‼︎」
「私はカロンよ、こっちはテオフィール! テオって呼んでるわ」
「貴方に呼ばれる名などありません」
「誰が君なんかを愛称で呼ぶものか! あぁもう馬鹿らしい!」
わぁわぁと桜色と松葉色に水色が人目なんて気にせず騒ぎ立てる。そんな三人が面白可笑しくて、ライムントは腹を揺すって哄笑を街に渡らせた。
「はははっ、なんだお前ら。変わったヤツ」
大口を開けて八重歯を見せるライムントは、表情の曇りもなくなって柔らかな朝のようだった。そんな彼に、カロンは一安心する。
「本当にごめんな。詫びになるかわかんねぇけど、もしよかったら貰ってくれるか?」
ひょいとライムントは色とりどりな飴玉をルシアスに広げる。桃に葡萄に青林檎にソーダ。ポッケにこれでもかと詰め込まれていたのか、と思ったりもしたが、ルシアスは無愛想にソーダを選んでパクっと口に放り込む。美味しいと顔に書いてあるルシアスを、ライムントは嬉しそうに眺めている。
お前らもいるか? と差し出されたので、カロンは桃、テオフィールは青林檎、とありがたく頂いた。チープで口馴染みのいい風味が美味しい。ライムントも余りの葡萄を選んで、至福のひとときを噛み締めるように転がしている。
「……あ」
ガリ、と飴玉の砕けた音がライムントの気が気でない様子を強調していた。冷や汗をかく彼は、そわそわとルシアスの肩をつつく。
「おい、さっきオレら商店街を走ってきたよな?」
「そうだけれど……だからなんだい?」
「あー……やっぱり……?」
ライムントはあちゃーと嘆息を漏らす。いまいち彼が狼狽しているわけが感じ取れないルシアスは怪訝な面持ちだ。そんなルシアスにライムントはどこまでも気まずそうに告げる。
「オレが逃げまくったせいでお前は攻撃魔法を出しまくっただろ? 多分、商店街の人にも風評被害があったんじゃねぇかなって……」
商店街には八百屋や魚屋など、路上に商品を売り出す店も少なくない。もしそれらに魔法が直接当たったりでもしていたら……と想像してルシアスは顔を真っ青に塗り替える。ライムントと揃った青を並べて、二人は居ても立っても居られない。
「おおおい早く謝りに行こうぜ今ならまだ間に合うかもしれねぇし!」
「いいい嫌だっ僕は悪くないっ君だけで行けばよろしいっっ!」
「さっき言ってたことはなんなんだよ! 頼むから一緒についてきてくれ!」
ギャーギャーとお互いに引っ張り合い合戦を始める二人を、カロンとテオフィールは最初のうちこそ温かい目で見守っていたが、商店街の話題が出た途端、表情を硬くして空気を一変させる。
「それも、本当ですか」
にこ、とただただ品性が溢れんばかりの笑顔でテオフィールは尋ねる。ルシアスは認めまいと首をブンブンと振りながらライムントのアホ毛を根っこから掴む。テオフィールはルシアスの必死の抵抗を全て無視して、ライムントから引っ剥がした。
そんなライムントの横には、顔色がよく読めないカロンがいて、なぜかライムントは足元から悪寒が駆け上ってくる。どうにか安堵を見出したくて彼女の名前を呼ぼうとしたが、それよりも先にカロンが口を開く。
「私ね、どうしても許せないことがあるの」
ぱっと右手に魔力を込めると、小さめのフライパンが握られていた。一体、何のために。だが、ライムントはなんとなく予感はしていて、それでいてその場から動くことができなかった。だって、春の陽だまりみたいにおおらかなカロンが、今だけは吹き荒れる嵐のように渦巻いていたから。
カロンは右手に力を与えると、ライムントの額にひやりとフライパンを当てた。
――食べ物を、粗末にされることよ
ひゅ、と喉を鳴らしたのが先か、彼女が鉄製のそれを振り下ろしたのが先か、ライムントには分からなかった。ただ隣の魔法使いの悲惨な叫び声が聞こえた気がして、自分たちはとんでもない馬鹿なのだと後悔せざるを得なかった。走馬灯には、お菓子が出てきて欲しいだなんて願う暇もなく、そこで意識は途切れた。
◆◆◆
「ライムたちってば、まさかあんなことをしていたなんて」
ぷんっとさほど怒りを感じられない様子で、カロンはテオフィールと再び歩き始めていた。カロンにフライパンの鉄槌をお見舞いされたライムントはテオフィールの左脇に、テオフィールに当て身を食らわされたルシアスは右脇に、ぶらんと干された布団のように脱力して抱えられている。人間二人を悠々と持ち上げるテオフィールにカロンは凄い! と拍手喝采。代わりにトランクケースはカロンが持つことにした。
馬鹿コンビにお灸を据えた直後、カロンとテオフィールは商店街へと赴いてしっかりと謝罪の言葉を述べた。運良く被害はそう及んでいなかったため、店主たちが怒ることもなく平和的解決を迎えた。むしろ気絶している事件の犯人の心配までしてくれて、皆心優しい人ばかりだ。
「全くですね。一応上司にも連絡したのですが、わざわざ直接出向いてくださるそうです」
「あら、テオも怒られてしまったのかしら?」
「いえ、大事にならなくて良かったとだけ。上司は如才ないお人柄なので、尚更迷惑は掛けたく無かったのですが……一応社長みたいな立場ですし、丸く収めてくれるには適任でしょうね」
テオフィールは小さなため息をしみじみとつく。そんな彼に、カロンは少しでも元気になって欲しくて、明るく声をかける。
「師匠のお店に着いたらね、美味しいスイーツをたんまりと食べて欲しいの! いっぱい迷惑をかけてしまったし、よければご馳走させて」
「そんな……カロンさんは何も悪くないですし、そこまでして頂かなくても」
「私がしたいのよ。だって、今日だけでこんなにありがとうで満ちているもの!」
テオフィールからもらった名刺にポストカードを「ほらほら」とこれ見よがしに見せつけてくるカロンからは、ただ純粋なものだけが伝わってくる。感謝の気持ちを無下にする方がきっと失礼だと、テオフィールは悠揚と頷いた。彼女がまたいつも通りに桜を彩らせたから、これで良かったのだろう。
「ここかしら?」
「地図の通りだと、そうなりますね……」
随分長いこと時間が経ったように感じる。空もすっかり青天井を落陽に赤く染めて、辺りは街並みから景色が木隠れする森林へと移り変わっていた。目当ての場所に辿り着くと、痛くなるくらいに首を見上げながら、二人は呆気に取られる。
カロンたちの思い描いていたスイーツ店はどこにもなく、目の前には壮大に聳え立つ、古めかしい館があった。自分の師匠は悪目立ちを好まない性分だから、間違ってもここではないだろう。あっけらかんとするカロンはテオフィールの様子を窺ってみると、彼は帽子のつばをあげて目を疑っているようだった。テオフィールの方が己より驚いているとは思わなかった。彼は何かを考え込むように再度つばを深く下げて、カロンに体を向ける。
「申し訳ございません。どうやら間違えてしまったようで……」
「けれど道順は合っているのよね?」
「えぇ……」
私にもさっぱりです、と困り果てながら地図を凝視するテオフィールの顔は険しい。方向音痴な師匠のことだから、印の場所を誤った可能性は無きにしも非ずだ。カロンはテオフィールの顔を覗き込む。そして、申し訳なさそうな彼の鬱憤を吹き飛ばせるくらい笑ってみせた。
「こんな大きなお屋敷、初めて見たわ! せっかくなら入ってみない?」
そうだ。行き当たりばったりが旅の醍醐味なのだから、楽しんだ者勝ちだろう。くるりと振り返って館にまで足を運ばせると、両開きの扉に手をかけた。少々慌てているテオフィールも気にせず、錆びた取っ手を引こうとする。けれど、カロンによってそれが開かれることはなかった。
ギィ、と重々しい音が鳴り響く。その次にかちゃり、と不穏な警告音がカロンに囁いた。カロンは自分の額に当てられたものを、すぐに解した。それでも泰然とした態度に、扉の向こうの何者かが口を出した。
「お客様がいらっしゃるとは、伺っておりません」
きらりと嫌に光沢を湛える銃口のそばで、美々しいロイヤルブルーの双眼が輝いた。大きなホワイトブリムに、艶やかな黒髪の毛先に瞳と同じ青が染まっている。上質なメイド服ですら劣ってしまうくらい、淑やかで可憐な少女だった。銃口も視線も、射止めるようにカロンから離すことはない。
「貴方がたは何者ですか」
スミレの花でも咲き誇らせるように微笑む彼女は、実質カロンを脅しているようなものだ。テオフィールは時を移さずカロンの元へと長い脚を動かそうとしたが、カロンは至って冷静にメイドの少女へ空色を光らせる。
「びっくりしちゃったわ、こんなお出迎えは初めてよ」
驚いてなんてないのに、カロンは大袈裟に話す。そんなカロンに懐疑の念を抱くメイドは、次に彼女の取った行動に惑乱した。子供を撫でるように優しい手つきで、銃をそっと握ったのだ。
「貴方、何を……」
「メイドさん、貴方には打てないでしょう」
安らかな声だった。こちらの何もかもを見透かしているみたいに、教会で祈りを捧げるようにカロンは言い放った。メイドは銃を握る手を僅かに震わせたが、ぐっと歯を食いしばってカロンの言葉を踏みつける。
「いいえ、打ちます。貴方があのお方に危害を及ぼす存在なら、僕はどんな引き金だって引けます」
僕のあのお方への忠誠を、聖書をなぞったみたいな言葉なんかで汚さないで。
息を止めて引き金に己の覚悟を込める。あのお方のためなら、僕は。
「やめろ、ノエル」
凛とした声が耳に通る。ノエルと呼ばれたメイドははっとして背後を振り返った。コツコツと赤いハイヒールを鳴らして、暗闇からその姿が露わになる。
「レドナー、様……」
レドナー。そう呼ばれた少年がこちらへ静かに近づいてきた。
白い髪に薄縹色を重ねたセミロング、色素の薄い肌と髪に悪目立ちした朱色の瞳がカロンを見つめている。その時、くたびれたように隈のかかった彼の目が、少しばかり見開いた気がした。
「……ノエル、下がれ」
「し、しかし……! もしレドナー様が危険な目にでも遭ったら……!」
「こいつらに敵意なんて微塵もない。分かったならさっさとジェシーでも捕まえておけ」
おろおろと心配するノエルであったが、彼の命令を聞かないわけにもいかず、カロンから銃口を下ろすと急ぎ足で暗闇に去っていった。それを横目で見送ると、レドナーは厳かな面持ちでカロンに話しかける。
「何の用だ、人間」
レドナーは如何にも軽蔑するような目つきでカロンを睨みつけた。