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針の城、王の間
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アセルス
針の城が崩壊するって……
どういうことなんだ、イルドゥン!!
説明してくれよ!! -
イルドゥン
聞いてそのままの意味だ。
この針の城は、主であるオルロワージュ様を失った。
いわば、根を切られたようなもの。
ほどなく崩壊するだろう。 -
零姫
アセルス。
この針の城はな。
巨大ではあるが、元々はリージョン自体に根を張る、一個の植物なのじゃ。
根が切られれば、倒れるが道理。 -
ゾズマ
針の城が枯れたらどうなるか、想像がつくかい?
この城から逃げればいいってもんじゃない。
リージョン自体が崩壊するだろうね。
君のせいで、どれだけ死人が出ると思う? -
アセルス
……!!!
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ラスタバン
やめろ、ゾズマ。
わざと主上のお気持ちを乱して面白がるのは。 -
ラスタバン
アセルス様、ご安心下さい。
方法はあるのです。
それも、あなた様にとっては、ごくごく簡単な方法が。 -
アセルス
教えてくれ、ラスタバン!!
どうすればいいんだ!? -
ラスタバン
古い城が倒れるなら、新たな城を作ればいいのです。
針の城の、リージョン中に張り巡らされた根ですが、今のアセルス様の妖力なら、まとめて燐光石にでもするのは簡単です。
その上で地上部分をあえて崩壊させ、その後に新たな城をお建てになればいいでしょう。 -
アセルス
城を……って、簡単に言うけれど、どうしたら新たな城が間に合うんだ!?
あの人の寵姫だった人たちが百人近く眠ったままなんだ。
まずは目覚めさせて避難させないと…… -
イルドゥン
こういう時にこそ落ち着け。
針の城といえども、即座に崩壊という訳ではない。
オルロワージュ様の血を継いだお前がファシナトゥールにいる以上、お前の妖力を受けてしばらくはもつ。
その間に、新たな城の手配をすればいいのだ。 -
アセルス
手配って……
具体的にどうすれば…… -
零姫
オルロワージュの力ばかりか、知識も受け継いだそなたなら、冷静に考えればわかるはずじゃぞ。
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アセルス
ええと……
…… ……
ああ、人間の土木工事みたいに資材を集めて大掛かりに作るんじゃなくて、城の原型になる魔具を設置して、そこに力を注げば、自動的に城になるのか!!
なんだ、簡単なんだな……
でも、その魔具は…… -
ゾズマ
おやおや、忘れん坊のお嬢ちゃん。
お腰に下げてるその剣、誰にもらったのか、もう忘れてしまったのか? -
アセルス
あっ……
そうだ、ゴサルスならなんとかしてくれるかも!!
ありがと、ゾズマ!!
たまにはいいこと言うじゃないか!! -
ラスタバン
新たな城に伴って、ファシナトール全体、ことに城下町の根の街の改変も必要となるでしょう。
街自体も、新たな城の性質に合わせなければなりませんからね。 -
アセルス
ううん、都市計画ってやつか。
そこまでになると、私の命で足りるかな……。 -
イルドゥン
お前はもう、以前の、差し出すものが命くらいしかなかった半妖の小娘とは違う。
妖魔の君なのだ。
下級妖魔には、命令をしさえすればいいのだ。 -
アセルス
駄目だよそんな、地位を利用して一方的にむしり取るような。
私はあの人みたいな妖魔の君にならないように、妖魔の君の地位を受け入れたんだから。 -
アセルス
そうだ、ゴサルスは、城に住みたがっていたな。
新しい城ができたら、そこに住んでもらえばいいや。
私のお抱え職人ってことにすれば。
確か、ファシナトゥールが存続するには、「きれいなもの」が増えなければいけないんだろ?
ゴサルスに、私の下で沢山そういうものを作ってもらえばいい。 -
ラスタバン
素晴らしい。
今までのファシナトゥールになかった考えです。
城ができたら、早速、ファシナトゥールの体制についても決め直しましょう。
旧来の制度では、何かと主上にとって不都合でしょう。 -
イルドゥン
おい、ラスタバン……
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ラスタバン
イルドゥン、お前とて、旧来の体制を維持することが最善だとは思っていないはずだ。
主上と旅し、オルロワージュ様を倒した今になって、まさか昔通りがいいなどと、本気で考えているのか? -
零姫
ラスタバン、答えにくいことを詰めてやるな。
イルドゥンの答えは、すでに出したはずではないか。
アセルスと共に、オルロワージュを倒すという、その行為自体での。 -
アセルス
……白薔薇が、暮らしやすいようにしないといけないしね。
安全で、誰のご機嫌もうかがわずに自由にどこにでも行ける、そしていつでも帰って来られる、気持ちのいい場所にしないと。
私にその力があるのなら、白薔薇が目覚めるまでに、そういうファシナトゥールにしたい。 -
ウルスラ
アセルス様がお留守の間は、私が白薔薇姫様の棺を守っていますから、ご安心あれ。
あ、新しいお城に、私の部屋もあると嬉しいです。
寝っ転がれるスペースを御願いします。 -
アセルス
ああ、もちろん、ウルスラの部屋も作るよ。
そんなに長くかからないようにするけど、ちょっとの間、白薔薇を頼んだよ。 -
ゾズマ
おっ、ゴサルスのところに行くの?
僕も行ってやるよ。
君の交渉力じゃ頼りないから。 -
イルドゥン
お前はついてこなくてもいい!!
まとまる話もまとまらん!! -
ラスタバン
お前の威圧的な物腰もどうかと思うぞ、イルドゥン。
という訳で、私も参ります、主上。 -
零姫
ぞろぞろ行っても仕方ないゆえ、わらわは留守番にしようかの。
アセルス、元々お前の使っていた部屋を貸せ。
元の部屋は、気分が悪いわ。 -
アセルス
もちろんだよ、零姫様。
何かあったらすぐ呼んで。 -
イルドゥン
さて、行くぞ。
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ゴサルスの店
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ゴサルス
ひぃぃいいいいぃいぃ!!
も、申し訳ございません、何卒お許しを……!! -
いきなり店の床に身を投げ出し、必死で命乞いするゴサルスに、アセルスは唖然とする。
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アセルス
ゴ、ゴサルス?
違うんだよ、お城からあなたを捕まえに来たんじゃない。
私だよ。
ほら。
白薔薇と一緒に来て、「幻魔」を買っていった半妖の…… -
ゾズマ
違う違う。
そーゆーことじゃないって。
っていうか、自分がまだ「半妖の小娘」で通じると思ってるの? -
イルドゥン
お前はすでに妖魔の君。
その名は、とっくにファシナトゥールに響き渡っている。
かつての非礼を清算せねばならないと考えるのも無理はない。 -
アセルス
えっ、なんだよそれ!!
私がゴサルスに仕返しするってことか!?
あんな些細なことで、そんな……
そんな残酷な妖魔だと思われてるのか……。 -
アセルス
違うんだ、ゴサルス。
今日は、あなたに頼みがあって来たんだ。
酷いことしようと思っている訳じゃないから、どうか落ち着いて話を聞いてくれないか? -
ゴサルス
は……はっ……?
あ、あの、わたくしめごときに妖魔の君が一体…… -
アセルス
あなたにしか頼めないことなんだ、ゴサルス。
新しい城が欲しいんだよ。 -
ゴサルス
し、城……????
-
ラスタバン
下級妖魔ゴサルス、剣の君アセルス様のお召だ。
この度、針の城の崩壊開始に伴い、新たなアセルス様の居城が必要になる。
その城の原型を、そなたに頼みたいと、アセルス様はこうして御自らお運びくださったのだ。
まずは落ち着いてお召の内容を窺うように。 -
ゴサルス
は、針の城が……崩壊!?
なんと…… -
ゾズマ
脅かして悪かったね、ゴサルス。
まあ、とにかくアセルスに害意はないよ。
とりあえず、話だけでも聞いてくれないか?
君にとって悪くない条件の仕事の依頼だよ。 -
ゴサルス
は、はあ……。
むさくるしいところでございますが、どうぞこちらへ、高貴なる方々。 -
アセルスたちは、二階の商談室に通される。
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イルドゥン
……という訳だ。
間もなく、針の城は完全に崩壊する。
アセルス様の妖力で今はもたせているが、それは不自然な状態。
一刻も早く、新しい城を創り出し、ファシナトゥールを安定させることが肝要であると、アセルス様は思し召しなのだ。 -
アセルス
急にごめんね。
私もさっき教えられてびっくりしたところなんだ。
根っこを燐光石にするのは多分なんとかなるけど、城を作り上げるとなると、きちんとした原型が必要なんだ。
ゴサルスの腕前なら、素晴らしいものを作ってくれると思ってね。 -
ゴサルス
左様でございましたか。
このゴサルス、新しいお城の原型を献上するなど、身に余る光栄にございます。
わたくしめごときでよろしいのでしたら、是非ともお使い下さいませ。 -
アセルス
ありがとう!!
その代わりと言ってはなんだけど、謝礼とは別に、城が完成したら、ゴサルスに私の城に住んでほしいんだ。
黒騎士たちの装備はじめ、とにかく美しいもので私の城を満たし、ファシナトゥールを健やかにしてほしい。
ゴサルスに、お抱え職人の長になってほしいんだ。 -
ゴサルス
!!!!!!
そっ、それは……
本当にございますか!?
本当にお城に住んでよろしいんで!?
わたくし、下級妖魔でございますが!? -
アセルス
そういう理由でお城の出入りが制限されるリージョンにしたくないんだ、私は。
努力した者には、それ相応の報いがあるリージョンにしたいんだよ。
格だって、上級妖魔がちょっと力を貸せば克服できるはずなんだ。
下級妖魔がどれだけ有能か、私は身をもって知ったからね。 -
ゴサルス
ううう……!!
生きているうちにこんな日が訪れるとは……!!
まるで夢だ……!!! -
ゾズマ
ま、今までのファシナトゥールじゃないのさ。
君の役割は大きいよ。
とりあえずは城だ。
この小娘ちゃんがそれなりに見えるような立派なやつを頼むよ。 -
ラスタバン
今後、城の新築に伴い、根の街そのものもいずれ刷新されるはずだ。
その時に、ゴサルスにはアセルス様直属の工芸師長として、先頭に立ってもらいたい。 -
ゴサルス
こ、工芸師長……!!!
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アセルス
うーん。
でも、どんな城がいいか、私が決めないとゴサルスだって困るよね。
イメージはあるんだけど。 -
ゴサルス
どんなご希望にも沿って御覧に入れます……!!
是非このしもべにご要望を……!! -
アセルス
ゴサルスはしもべなんかじゃないよ。
私の大事な職人頭だ。 -
アセルス
ゴサルスはさ、人間の宗教施設……教会なんかにある「水盤」って見たことあるかな?
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ゴサルス
ああ、人間の細工にしちゃ、優雅で気が利いているものでございますね。
わたくしが見たのは、上の水盤の水を下の少し大きな水盤が受け止める、多段式のなかなか美しいものでございましたが。 -
アセルス
そう、それ。
そういうモチーフのお城を作れないかな? -
ゴサルス
むむ、すると……
このような感じで? -
ゴサルスは、手元の紙に、さらさらと器用な手つきでスケッチをしていく。
玉石で作った珊瑚のような外観で、枝の先端に水盤が付き、それが下の水盤へと水を落としている艶麗な建造物が描き出されていく。 -
アセルス
ああ、いいなあ、うんうん、こういう感じ!!
こういうので、針の城くらい大きかったら有難いよ!! -
ゴサルス
大きさは妖力を注ぐアセルス様の御心次第です。
壮麗な城となりましょう。 -
イルドゥン
ふむ。
悪くない。
アセルス様の妖力が通った水なら、流れる先を健やかにもしよう。 -
ゾズマ
アセルスにしちゃ、気が利いてるじゃない。
僕の知り合いの下級妖魔たちにも、こういうところなら推薦できるかな。 -
ラスタバン
では、これは妖魔の君アセルス様の、正式な依頼となる。
ゴサルス、心して作り上げるように。 -
ゴサルス
ははっ、早急に!!
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アセルス
ありがと、ゴサルス。
頼んだよ。
とっても楽しみだ。 -
新たな城構築当日
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メサルティム
この巨大なお城が、本当に一瞬でなくなるのでしょうか……。
不思議な感じがしますが、アセルス様なら当たり前でいらっしゃるのでしょうね。 -
メローペ
いやもう、せいせいするわ!!
この湿っぽい城には、大部分嫌な思い出しかないもの。
仲良くしてくれた寵姫の子たちなんかは別なんだけど。
さっさとなくしてもらって、早く新しい城を見たいわ!! -
今や崩壊を待つ「針の城」の周囲には、黒騎士たちや、ここに残ることを選んだ元寵姫たちなどが集まっていた。
かつての体制の崩壊の象徴である、針の城の崩壊と、新しい治世の始まりを告げる、新たな城――「水盤の城」の誕生を、その目に焼き付けようというのである。
根っこの街の住人たちも、遠巻きにしていた。 -
イルドゥン
アセルス様。
そろそろお時間です。 -
アセルス
わかった。
ふふふ、イルドゥンにそんな風に呼ばれるのは、相変らず変な感じがするな。 -
アセルス
何はともかく、始めよう。
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ラスタバン
皆の者、針の城から離れよ。
建立の儀式の始まりである!! -
アセルスがごく自然な仕草で、針の城の根の部分に目をやると、まるで光が伝染していくかのように、一瞬でそれが巨大な燐光石の露頭に変わる。
そして、アセルスはなおもそびえ建つ針の城を見上げた。 -
アセルス
……さよなら、私の始まりの場所。
白薔薇と初めて出会った城。
イルドゥンに戦う勇気を教えてもらった訓練場。 -
アセルスの言葉が終わらないうちに、針の城は、まるで最初から光の粒であったかのように、無数の光に分解されて、蛍の大群であるかのように、そのまま空中に散らばる。
妖しい光の乱舞の後には、ぽっかりと開けた、広大な空間が遺されていた。
針の城の、あっけない終焉だった。 -
零姫
ふむ、一瞬じゃの。
儚いものよな……。 -
ゾズマ
うん、周りに被害が出ないように、うまくできたんじゃないの?
さーて、僕の部屋のある新しい城はまだ? -
ゴサルスが、きらきら光る宝石細工のような三段重ねの小さな水盤と、玉石の水差しをうやうやしく捧げ持って控えた。
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ラスタバン
ゴサルス。
「水盤の城」の原型をこれへ。 -
ゴサルス
ははっ!!
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地面に置かれた水盤に、差し出された水差しから、水を注ぐアセルス。
一瞬ののちに、まるで生き物のように、「水盤の城」が成長を始めた。
珊瑚のような枝が張り出し太くなり、水盤の数が増え巨大化し、見る間に無数の水盤がリズミカルなカスケードを形作る、芸術的な城へと変貌を遂げる。 -
アセルス
うん。
上手くいったみたい。
素晴らしい城だ。
ありがとう、ゴサルス!! -
ゴサルス
畏れ多いお言葉です。
全ては主上のお力ゆえ。 -
その間にも、水盤の城の基部から、格子状の覆いが付いた水路が、水を外へと運び出す。
あらかじめ見当をつけておいた、街はずれのくぼ地へ、水を流し去る。
そこはやがて、湖になるだろうと言われている。 -
メサルティム
このファシナトゥールも、水多い地となりますね。
オウミで住みづらくなった、水妖の者がいたら、移住を促しましょうかしら。 -
アセルス
メサルティム。
前からのお願い通りに、これを預かってほしい。 -
アセルスからメサルティムに手渡されたのは、あの、水盤に最初の水を注いだ、玉石の水差しだった。
「始原の水差し」。
そう呼ばれているらしい。 -
メサルティム
お預かりいたします、アセルス様。
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ゾズマ
さあって。
早速中に入ろうじゃないか。
僕の部屋はどこ? -
アセルス
ああ、その前に……
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アセルスはどこからともなく、白薔薇姫の肉体を腕の中に呼び出す。
彼女は、相変らず眠ったままだ。 -
白薔薇姫
……
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アセルス
白薔薇。
新しい私たちの城ができたよ。
あなたの部屋も用意してある。
さあ、行こう。 -
イルドゥン
建立の儀式は以上だ!!
黒騎士は各自、打ち合わせ通りに事後処理に当たれ!! -
ラスタバン
建立の儀式は無事完了した。
本日ただいまより、この城は「水盤の城」と呼ばれ、「剣の君」アセルス様の新たな居城となる!! -
ラスタバン
新体制については決まり次第順次通達する。
住人各自、城よりの通達に当面注意を払うように!! -
メローペ
水盤の上にトーチが燃えている部屋があるの、ちらっと見えたわよ!!
あそこが私の部屋ね!!
さて、ようやく本当の意味での、私のファシナトゥール生活が始まるんだわ!! -
零姫
ふむ、水の香りが清々しいの。
これなら気が向いた時に滞在するくらいは、してもいいかの。 -
ウルスラ
おや、空が……
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ウルスラに促されて見上げた空は、深みのあるぶどう色に、オーロラが輝き、星が一面に輝いていた。
夜の光に満ちた空、それはこのファシナトゥールが生まれ変わったことをしめしていた。
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