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6 ボーンとハンゾウとデーモンシード

 その日は突然やってきた。
 何の前触れもなく、与那国の海底遺跡が浮上したのだ。

 島の人間たちはもちろん、日本中がハチの巣をつついたような騒ぎになった。
 当然のことながら、情報は一瞬で世界中に伝わり、あちこちのまともな学者、研究者が頭を抱えることになる。
 到底科学では説明できないような、急激で異常な地殻変動の原因が何か、青くなった人間たちが、大慌てで調査を開始した。

「ちくしょう、何がどうなってやがる?」

 その様子が見える例の高台で、フォークは呻いた。

「サタンが本格的に動き出したのさ。多分、その下準備が整ったんだろう」

 ボーンはいつものように葉巻をくわえたまま、腕組みをして浮上した海底遺跡を眺めやる。
 眼下の浜辺には、神の祟りかと怯える地元民たちの姿と、どこかの調査機関から派遣されてきたのであろう、研究者らしき一団が見える。

「下準備だあ?」

「恐らく兵隊になる手下が揃ったんだろうな。サタン自体は実体がねえから、自分では戦えないって話だったはずだ。必ず、手下が必要なんだよ」

 ボーンはそう応じる。
 あながち推測だけではない。
 海底遺跡からは、サタン以外の超人パワーが複数漂っているのだ。

「フォーク。こっちに来たばかりの頃、海から出て来たダイヤモンド、覚えてるか?」

 唐突なボーンの問いに、フォークが首をかしげる。

「ああ、覚えてるが……」

「幾つあったかも、覚えてるか?」

「いや、一瞬のことだったから、数までは……」

 フォークには、ボーンの言わんとしていることがよくわからない。

「あのダイヤモンドは、6つあったんだよ。そして、海底遺跡から漂ってくる気配も、サタン自身を除けば6つ」

「なにい!?」

 フォークは愕然として声を跳ね上げた。
 対するにボーンは静かだ。

「俺の推測では、あの飛んで行ったダイヤモンドは、サタンの手下を作り出す道具なんだ。受け取ったが最後、並外れた超人パワーと格闘技の技量を与えられる代わりに、人格を支配されて、サタンの傀儡にされちまうとか、そんな仕組みなんだろう」

 これも根拠のある推論だ。
 カシドゥア人の主神カシドゥアは、彼らの最大の特徴である、魔力を司る額の宝石を、自らカシドゥア人個々人に直接与えると言われている。
 カシドゥアを吸収したサタンが同じような手法で、手足となる超人を生み出して、何の不思議があろう。

「どうする、ボーン。あの遺跡に行くのか?」

 眼下の浜では、遺跡調査要員たちが、モーターボートを前に打ち合わせをしているのが見える。
 フォークは、自分たちも同様の方法で遺跡に渡ることを考えているようだ。

「そうだな……」

 ボーンは考え込む。
 海に沈んで地形の一部となっていたものが浮かび上がるという、物理法則を無視した事態が起こった以上、あの遺跡内部に何の変化もないということは考えられない。
 行けば、何かが起こるという確信があった。
 しかし、それに伴う影響が読めない。
 万が一にも、サタンに足元を掬われるような事態は避けなければならぬが。

 と、眼下の浜に、ニュージェネレーションたちが続々と到着し始めた。
 皆息を切らせ、海に浮かぶ石の神殿のような遺跡を不気味そうに眺める。

「正義超人のボウヤたちが来たぜ。ここは様子を見るか」

 ボーンは何事か話し合っている彼らを見た。

「万太郎がいねえな?」

 フォークは集まった正義超人の顔ぶれの中に見慣れた豚面がいないのを見て取り、不審に駆られたようだ。

「聞くところによると、万太郎の奴はあのケビンに負けたのがショックで、行方をくらませたそうだからな……。甘ったれた奴だ」

 恐らく生まれて初めての本格的な挫折から立ち直れないのだろう。
 あんな甘ちゃんに説教されたと思うと、むかっ腹が立つ。
 目の前に万太郎がいたら、テメエみたいな超人なら誰もが一度くらいは通る道でけつまずいて泣きわめく甘ちゃん駄々っ子が、俺に説教できたようなお立場かよ、と、かかと落としと共にツッコミたいところではある。

「おい、また誰か来たぜ」

 フォークが遠くを見ながら指摘する。

 土煙を立てて、頭に角のある巨体の男が浜に突っ込んで来た。
 広い肩に、小さな人影を乗せている。

「バッファローマン……ミート」

 ボーンが思わず呟く。
 二番目の名に、特別な感慨を込めて。

 ミートがバッファローマンの肩から滑り下りるのが見えた。
 バッファローマンが遺跡を遠望し、そしてがくりと崩れ落ちる。
 どうやら東京から与那国島まで走って来たらしいと気付き、ボーンとフォークは呆れるやら感心するやらだ。

 倒れたバッファローマンを、元教え子たちが取り囲む。

 その一方、調査要員を乗せたモーターボートが、遺跡に近付こうとしていた。
 ボーンは異様な魔力の高まりを感じ取り、はっとして遺跡に目をやる。

 唐突だった。
 石でできた遺跡の一角が割れ砕け、鋭利な石の矢じりとなったものが、無数に宙に浮かび上がる。
 次の瞬間、その石の矢じりが、石の弾丸となって、雨霰と調査要員たちにに降り注いだ。

 絶叫と流血。

 血の大惨事だ。
 無残な死骸を満載した船が海に漂う。
 船べりからはみ出た死骸から滴った血が、透明度の高い海水にこぼれて、おぞましい色が青を圧する。

 正義超人たちが何事か叫んだ。

「おい、あれ……お前が使う魔法と同じじゃねえか?」

 フォークが鮮血で染まった船を見下ろしながら疑問を口にする。
 彼が思い出したのは、ボーンが使う、魔力を帯びた宝石の雨を降らせるダークネス・ジュエルの魔法だ。

「原理は似通ってる。あちらの方が単純だけどな。サタンが魔法を使ったと見て間違いねえだろう」

 ボーンは厳しい目を遺跡と船とに向けた。
 たった今、サタンは世界に対して、きっぱりと牙を剥いた。

「何だ? また船が出たぜ?」

 フォークが海上を指差す。

 小さな人影を乗せたモーターボートが、波を切り裂いて遺跡に近付く。

「ミート……! あの馬鹿……!!」

 ボーンが呻く。
 どうすることもできぬ間に、ミートを乗せた船が遺跡に接岸する。
 ミートが石の舞台の上によじ登り、まるで誰かを探すようにキョロキョロしているのが小さく見えた。

 まずい。

 ボーンの心臓がバクバクと脈を打った。
 確実にまずいことが起こると、ボーンは直感的に悟る。
 何とかしなくては。

 と、石の舞台から、ミートの小さな体に向けて、亡霊のそれのような不気味な手が伸び、彼に軟体動物よろしく巻き付いた。

「ミート!!」

 思わず上がったボーンの叫びと、ミートの五体が不気味な腕によってバラバラにされるのとは同時だった。
 かつて、話に聞いた通りに、ミートの体は、元から組み立て式の人形か何かであったかのように、きれいな切断面を見せて分断されており、出血は見られない。
 だからと言って、安心できる訳ではないのは明白だが。
 この後は、確か……。

 空中に、6体の奇怪な超人らしき影が浮かび上がった立方体が浮遊した。
 さあ、この姿を目に焼き付けろと言わんばかり。

「あいつらが、ミートを……!!」

 フォークが呻く。

 ボーンも、知識としては知っていた。
 かつて、バッファローマン始め、7人の悪魔超人によってミートがバラバラにされた事件があったことを。
 状況的に、全く同じ。
 これはまさにその件の再現だ。
 登場人物が、いまだはっきりしないだけの話ではある。

 と、聞き覚えのある喚き声。
 ボーンとフォークは浜辺に目を転じた。

「万太郎じゃねえか!!」

 フォークが叫ぶ。

「遅いぜ、あの野郎……!」

 ボーンは舌打ちする。

 突如浜に現れた奇妙な入り口に、万太郎が吸い込まれるように消える。
 続いて飛び込もうとしたニュージェネレーションたちは、強固なバリアに阻まれた。

 しかしバッファローマンが、空中に浮かんだサタンの魔力が凝集したダイヤモンドを自らの肉体に受け入れた。
 最盛期の肉体を取り戻し、ゲートバリアをくぐり抜けて、遺跡に続いているのであろう入り口に突っ込んでいく。

「……どうやら、あの入り口は良い子は入れねえみたいだな」

 ボーンは隻眼を細めた。

「サタンに魂を売った、もしくはそれと同等レベルの悪党以外は、弾く仕組みなんだろう。考えやがったな」

「万太郎は入ってたぜ?」

 フォークは納得いかない顔だ。

「単に奴を引きずり込むために一時的にバリアを切ってたんだ。万太郎一人に、6人相手取らせる気だな」

 ボーンはふうっとため息をついた。
 昔の反省をきっちりしているという点で、意外にもというか、サタンは傲慢な愚か者ではない。
 以前は団体戦に持ち込んで、結局勝てなかったというのが事実。
 なら、主力の万太郎を孤立させて、多人数をぶつけて最初に潰す。
 それが済んだら、残りの正義超人は各個撃破していけばいいという算段であろう。

「仕方ねえな」

 ボーンは足を踏み出し、砂浜に飛び降りようとする。

「まさか行くのか?」

 フォークが問う。

「仕方あるめえ。万太郎が死ぬのは勝手だが、ミートには借りがある」

 が、その肩を、別の手が止めた。

「待て。俺たちが行く」
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