二章:魔導士協会

イリスは街に買い出しに出かけていた。
姉のジルエットは奇才の魔導士として名を馳せ不老になったが不死ではない。
もちろん食べなければ死ぬし、ナイフで刺されれば痛みを伴い当たりどころが悪ければ死ぬ。
体が老いず時間では死なないだけだ。
協会では戦闘より研究を主にしていた彼女は、その類まれな才能からか真理に愛されてしまった。
本当は愛されたのとはちょっと違うんだけどと言っていたが…
正直、長い時間を生きる半妖の自分が残され一人にならなかったのには喜んでいる。
けれど、真理を覗いた彼女たちには彼女達の悩みや戦うべき相手がいるようで、そこに入り込む余地の無い自分には到底測りきれないでいる。
彼女は魔術研究の第一人者で協会の長であるが、家事は全くだ。
それをイリスは補いサポートをしている。
いくつか食材を買い紙袋に詰めると、協会の宿舎へ向かった。
しかし先程から少し離れて、かつ自分と同じスピードで歩く二人の男に気づく。
目をつぶり耳をすますと「協会長の弱みを握れる」だの「人魚は高く売れる」だの不審な会話が聞こえてる。
歩行速度はなるべく変えず人混みに紛れると、途端に走り始めた。
なるべく人の多い場所を行くが自分の容姿では目立つようで見失ってもすぐに見つかる。
体も強くないイリスは息を切らしながら路地裏にはいった。
しかし少し走ると何かに蹴つまずき地面に伏せてしまう。
慌てて顔を上げると、躓いたものは30代程の金髪の男性だった。
なぜこんな所で人が寝ていたのかは分からないが、今は構っている場合ではない。
落とした食材を拾うことは諦め立ち上がろうとすると、その男にグイッと引っ張られた。
「おい、お前追われてるのか?」
「だ、だったらなんなん!」
「助けてやろうか?」
そう言われポカンとすると、男は猫の報酬は高いぞとニヤリと笑い立ち上がる。
くるりと身を翻したかと思うと男の姿は無く、今まで通ってきた路地に道など無かったように壁がそり立つ。
地面に座ったまま呆然としていると壁の向こうから男二人が「どこに行った!?」と喚き苛立つ声が聞こえる。
そして去っていく足音が聞こえなくなると壁はスッと消え、そこに茶トラの猫が何でもないように座っている。
イリスに近づくと匂いを嗅ぎ「お前旨そうな匂いがするな」と言うので「人魚は魚とはまたちゃうで」と笑った。

人の姿になった猫に頭を下げると散らかした食材を拾う。
報酬は何が良いか聞くと「お前の個人情報」と言われたのでそんな事で良いのかと肩を透かした。
「俺たち猫は情報屋だからな。
特に俺はそれで生活している。
…それに追われるヤツは犯罪者か価値のあるヤツだけだ。
お前は小綺麗だし犯罪者じゃないだろ」
成る程と納得し、悪い人物では無さそうなので自分の名前と年齢、半分人魚である事や奇才の魔導士の妹である事を伝えた。
すると彼は目を見開き、次いで眉間にシワをよせる。
「…チッ、最近は真理を覗いた魔導士に縁でもあるのか?
深淵の魔導士に睨まれるだけで十分だってのによ…
魔人の話しも聞くし嫌な予感しかしないが…
まぁいい、お前が狙われた理由は分かった。
個人情報が安いなら、俺を護衛として雇うのはどうだ?」
長く主人を持って無かったからなと付け加える。
するとイリスは驚いたように目を丸くし、口元に手を当て考える。
「確かに…居てくれたら凄く安心やけど
猫を飼うには一緒に住んでる姉にも聞いてみなあかんしなぁ」
そう言われ猫は眉間にシワを寄せる。
俺はペットか愛玩道具か?と呟くと大きくため息をついた。
「安心しろ、お前が呼び出さない限り家や職場にまで寄り付いたりしない。
どこか一箇所に留まるのは性に合わないからな。
これはれっきとした契約交渉だ。
ペット感覚なら俺の方から断らせてもらう」
「いやちゃうねん、私体弱いから契約は一体できるかできないかなんよ…
それを姉に黙って契約したら怒られてまうから、相談してみなあかんねん」
慌てて猫の解釈を否定し苦笑いする。
しかし猫の表情は不機嫌な事に変わりない。
そして今のでは俺の力が測りきれないからか?と少し考えると1本指を立てた。
「一カ月だ。
その間に俺がどれだけお高い使い魔か教えてやる。
まぁ、お試し期間だな。」
そう言うとイリスの手を取り甲にキスをするとあっという間に姿を消してしまった。

それからは気づけば研究室のデスクの上に届け物が置かれるようになる。
ジルエットが希少種である花が一つ欲しいとぼやくと、3日後にはイリスの机に鉢に植えられた状態の良い花が置かれていた。
外が少し冷え咳をすると、のど飴や薬、果物が。
どこで知ったのか自分が趣味で集めているオルゴールまで。
一体協会内にどうやって侵入し、物を置いているのか分からないが、その様子にジルが面白そうにニコニコ笑いかけてくる。
「なになに?滅茶苦茶求愛されちゃってるじゃんか!
奇才の魔導士の防衛網をかいくぐって来ちゃう猛者はどんな人なのかな?
教えてよー!」
「何言うてんねん…求愛とかちゃうよ。
使い魔として契約するかどうかのお試し期間なんやって。
それに人ちゃうし、猫や猫!
この間助けてもろうたって話したやろ?
そういや名前すら知らんな…」
そう思い返していると最後に手の甲にキスをされた事が甦る。
パッとその手を見て解除の術を掛けると、パリッとそこから放電され何かの魔術が解除されたのを感じる。
きっとこれで自分達の会話でも聞いていたのだろう。
ほんま手癖の悪い猫やなとその手を見つめた。
協会を出て街に足を踏み入れると、茶トラの猫がベンチの上で気だるげに欠伸をしているのが目に付く。
近寄り横に座ると片目を開きすぐに閉じた。
「なんや色々贈り物をありがとう。
どないして研究所まで入ったん?」
そう言うと猫は人型になる。
路地で見かけた30代の金髪の男性が不機嫌そうに隣に座った。
そんな顔をするならわざわざ自分と契約しようとせんでもええのにと苦笑する。
「俺の目にはよく魔術の痕跡が見える。
小さな穴があれば掻い潜るのは簡単だ。
まぁ…どの猫もできるというワザでは無いが」
ほなあんな希少種の花を短期間で見つけてきたんは?
と聞くと自生地を知っていたからな、と事実かは判断できないがそう答える。
盗品では無いから安心しろとタバコに火をつけひとふかしする。
すると煙が周囲に立ち込め、男がニャァと低く鳴くと突然ギィン!と二回金属音がした。
何かが飛んできたかと思ったが、煙に弾かれ地面に刺さった。
銃弾だ。
「お前、しばらく一人で出かけるのはヤメろ。
最近町どころかこの星自体様子がおかしい」
そう言うと猫は立ち上がりイリスを小脇に抱え、建物の上まで飛び上がった。
驚き腰にしがみつくと、動きにくいという顔をされ左腕に腰掛けるように抱き直される。
首に腕を回し落ちないようにくっつくと、猫は腰から一丁の拳銃を取り出した。
「弾丸は流星、光の如く鋭利で早い。
頭蓋を貫け!脳天をブチまけろ!」
自分達の知らない、滅茶苦茶な言葉で詠唱をしたかと思うと銃の引き金を引く。
通常の弾丸の3倍程の速度で放たれると、先程狙撃してきた相手に見事命中する。
遠くてよくは見えないが、そいつは後ろにひっくり返るようにして倒れ、そのまま起き上がる事は無い。
ほっとしたのはつかの間、次は体を90度回転させる。
「弾丸は蛇、どこまでも追跡する暗殺者。
ははっ、逃げているアイツだ!
あのゲスい姑息な男を射殺せ!」
自分には彼に何が見えているのか分からないが、楽しげに言葉に魔力を乗せている様子は狂気だ。
とんでもない猫に懐かれてしまったのではと冷や汗が出る。
引き金を引くと弾丸は先程とは違い、狙った人物以外を避けるように曲りくねり姿が見えなくなる。
しばらくすると、賑わった街道の人混みからキャア!と悲鳴が聞こえた。
ざわつく人混みに憲兵達が駆けつける。
それを猫は冷めた目で見るとイリスを下ろした。
「助けてくれてありがとう…魔術使えるんやね。
猫の中でも珍しいんとちゃう?」
「あー、まぁ、長く生きて人間に憧れた時期があったからな。
その時に覚えた。滅茶苦茶だったろ?
人間は律儀だが、言葉なんて何だっていいんだよ」
今は後ろ盾が欲しいからお前に契約の交渉をしている。と、話す。
イリスと契約したいと言うよりは奇才の魔導士との繋がりが欲しいのだろう。
それは自分を蔑ろにされているようで不服だが、かなり力のある人物でさえ後ろ盾が必要な程の事態なのだろうか。
「でもまぁ、この一月お前を見てきて気が変わった。
なんだか楽しそうだから全力でお前を守ってやるよ。
俺と契約しろ。」
今度は強制するような言葉で迫ってくる。
実際の年齢は計りかねるが、15程も見た目年齢が年上の彼に大人らしく強引に迫られたのに嫌ではない。
…大人や苦手やったのに、プレゼントされたり守ってくれて気にかけて…そんなんされたらどうしたらえぇか分かれへん!
「わ、分かったわ。契約させて貰います!
でも私が主人なんやから私の嫌な事はせんといてください。
さっきみたいに生き物を殺すんは…必要最低限にしてください」
それに頭をガシガシ掻くと猫は少し考えた後了承した。
彼に右手を差し出すと彼は跪き手の甲にキスをする。
二度目のキスだが、今度はイリスと猫の両方に魔術が掛かった。
男の項に魔方陣が浮かび上がり、ジュッと焼けるような音がする。
それに痛みは無いのか表情は変えない。
「俺はウィングだ。
イリス・クローバーを主人とし守り抜く道具。
ご主人様の望みどおりに致しましょう」
ニヤリと笑う彼を持て余してしまいそうだと苦笑いした。
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