第一部・~あたたかな村~

―村外れの森―

 鬱蒼と茂る緑に日光を阻まれた森は昼なお薄暗い。

「これは確かに子供が近付いていい場所じゃないな」
「子供が何を言うとるんじゃ……ま、ひとの事は言えんが」

 入口付近ではなりを潜めていた魔物も、奥へと足を踏み入れれば容赦なく襲ってくる。

 これではシナモンという子供も無事でいられるかどうか……などと考えながらデューは武器を振るった。

「シナモンやーい、おるなら返事せーい!」

 声を出すと魔物にも勘づかれるが、こちらは戦いの術を心得ている。

 どこかに隠れて怯えているかもしれないシナモンのため、やむを得なかった。

 そして……

「……おねぇ、ちゃん?」
「その声……シナモンか?」

 茂みの中からおそるおそる顔を出したのは、カネルによく似た小さな少女。

 シナモンはミレニアの顔を見るなり安堵の表情を見せた。

「ミレニアお姉ちゃん……!」
「よくぞ無事じゃったの、シナモン」
「こ……怖かったよ~!」

 飛び付いてくるシナモンをよしよしと抱き締めるミレニア。

「むぎゅっ」
「……むぎゅ?」

 よく見ればシナモンは何かぬいぐるみのようなモノを抱えていた。

「……シナモン、それは?」
「喋るうさぎさん! わたしを助けてくれたの」

 ミレニアとシナモンに挟まれて潰れたそれは顔を上げると慌ててシナモンの腕を逃れた。

「……っ、うさぎではないと何度も申しておる! 余はシュクル、誇り高き聖依獣の生き残りぞ!?」

 大きな耳にふさふさの尻尾を震わせてシュクルと名乗る聖依獣は威嚇する。

「「うさぎが喋った!!」」
「だからうさぎではないと申しておろうがっ!!」

 ……と、そこに地の底から響くような魔物の咆哮が彼等の会話を遮った。
 いち早く剣を構えたデューが辺りを警戒する。

「騒ぎ過ぎだお前達。どうやら今までの奴等とは少し違うようだな……」
「シュクルとやら、おぬしはそのままその子を守っておれ」
「よ、余に命令するな小娘!」

 やがて姿を現したのは、これまで戦ってきた魔物よりも一回りも二回りも大きな獣。

「……来るぞ!」

 魔物が腕を振り上げると、それを合図にデュー達はそれぞれ動いた。
 重い一撃を大剣で受け止め、押し退けるとデューは接近戦でミレニアが術を唱える時間を稼ぐ。

「少しは手応えのある奴みたいだな……」
「刃の切れ味上げとくかの?……ゆくぞ!」

 ミレニアが術でデューの攻撃力を高める。
 だがいくら攻撃しても魔物が倒れる気配はない。

「ミレニアお姉ちゃん……」
「シナモン、少しだけ離れるが大丈夫か?」
「え?」

 言うが早いかシュクルはミレニアの前に躍り出た。

「おぬし……」
「小娘、術の素養があるなら余に術をかけよ!」
「なんじゃと?」

 瞬間、シュクルの首輪についている宝玉とミレニアの髪飾りが輝き出す。

「!……おばあさまの髪飾りが……」

 だがシュクルはそれにも気付かず続ける。

「余の言う通りに唱えよ!『焔の依りべ』……」
「……焔の依りべ、その身に宿せ火聖霊!」
「!?」

 強い光がシュクルを包み、可愛らしい小さな獣は焔を纏った雄々しい姿へと変わった。
 前線で魔物との攻防を続けていたデューも思わず振り返る。

「な、なんだ、何が起こった!?」
「……わからん……じゃが……」

 焔の獣は魔物を見据えると、鋭い眼光を細める。

「下がっていろ、小僧」

 デューが離れると、シュクルは一気に魔物に飛び掛かった。
 断末魔の叫びをあげ、魔物は焔に焼き尽くされる。

「……すごい……」
「何だったんじゃ、今の力は……?」

 唖然とする一行の前に戻ってきたシュクルは元の姿に戻っており、足取りはふらついていて、

「で……できた、聖依術……」

 それだけ呟くと、ぱたりと倒れてしまった。

「お、おい!?」
「……デュー、とりあえず戻るぞ。ここにいたらまた魔物が寄ってくる。それに……」

 二人の視線は、あまりの出来事に座り込んでしまった少女に集まった。

「カネルが心配しておる、早く無事な姿を見せてやらんと……な」

 こうして彼等は、森をあとにした。
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