マオルーグと手紙

「まったく、手紙の返事を考えるのも一苦労だな……」
「まあ、悩むのもまた楽しみですよ」

 どこか落ち着けるところに避難しようと言えば、案内されたのは騎士団の寮にあるスカルグの部屋だった。
 片付けられた……というよりも、物そのものがあまりない、散らかりようがない部屋は剣以外に興味が薄いこの男らしいと言えるだろう。

 テーブルの上にコーヒーカップを並べ、部屋の主は穏やかに笑う。
 香り立つ黒い液体を、そっと口に含めたその瞬間。

「マオルーグ殿、姫様のことを書かれたらよろしいのではないですか?」
「っ!?」

 危うく噴き出すところだった。
 よく耐えたぞ、我。

「ななな、なんでヤツの名が出てくるのだ!」
「書くことに困らないかと思いまして……護衛として、一番長くお側にいる訳ですし」

 あ、ああびっくりした、護衛としてだな?
 そもそもこの男がこの手の話題で他意を含めた物言いなどする筈がないか……他の奴らならばともかく。

「姫様にお仕えしている以上、やはり避けて通れない話題だと思いますよ」
「そ、そうだな。勤め先の話は重要だな。ちゃんと働いているか心配させてしまうからな!」

 勤め先、とわざわざ強調してやると、スカルグが不思議そうな顔をする。

「貴方と姫様はそんな堅苦しい関係なのでしょうか?」
「……なんだと?」
「お二人でいるとお互いにとてもリラックスされているようですから」

 リ、リラックス……?
 年中気の抜けたような面をした勇者ならともかく、この我が、だと?

「眉間にシワを寄せてばかりいる気がするが……?」
「いえ、そういう意味ではなく」

 やんわりと否定に首を振ると、スカルグの言葉は続いた。

「うまく説明できないのですが……なにものにも縛られることなく、自然な自分自身を見せられる相手、と言いましょうか……」
「ぬっ……」
「もしかしたら貴方は、姫様と出会うべくして出会ったのかもしれませんね」

 それはそうかもしれぬな!
 前世でいろいろあったからな!

 しかし改めてそう言われると、なんとも気恥ずかしいものがある。
 相手がスカルグでは、先程のように逃げたり怒ったりもできぬだろう。

「敵わぬな……」
「え?」
「確かに、ヤツといると退屈しない。書くことにも困らぬだろう」

 そうだ、内容には困らない。
 毎日毎日が大騒ぎで、ひとりでも賑やかなあの姫の前では。

「……よし、もういい。付き合わせて悪かったな」
「お手紙、ご両親に喜んでいただけると良いですね」

 この埋め合わせは後日、必ずしよう。
 そう残して我はスカルグの部屋をあとにした。
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