Tales of masquerade・SS

「その工房の主なら今はいないぞ」

 最初に投げかけられたのは、そんな言葉だった。

「……確かスタード騎士団長殿、だったか」
「? 新人がどうして……ああいや、今の私はもう騎士団長ではない。退いて教官になった」

 長い金髪の下、幅広の眼帯でもなお隠しきれていない痛々しい傷跡がのぞく男。
 治癒術でも治しきれないほどの大怪我を負わせ、この男が退くきっかけを作ったのは……

「私の顔に何かついているか?」
「……いや。その教官殿がいち新人騎士に過ぎない俺に何の用かと」
「そうだな……大した用かもしれないし、そうでもないかもしれない」

 なんだそれは、謎かけか?
 俺が言葉の意味を汲み取ろうと考え込んでいると、スタードはふっと笑って、

「グラッセ、一緒に食事でもどうだ?」
「……は?」

 さらに俺の混乱を上書きしたのだった。

「本当に大した意味はないんだ。ただ君には同郷の騎士もいないと聞く。慣れない環境に戸惑ってはいないかと思って……」
「ようするに余計なお節介を焼きに来た、と」
「ハッキリ言うな……まあ、そんなところだ」

 そんなことをするためにわざわざ名前まで調べて来たのか、このお節介は。
 他人の世話など焼いている場合か……俺はもう一度、スタードの傷跡をじっと見つめた。



――――



「変わった男だな、お前の父は」
「その変わった男に懐いた君もなかなかだと思うけどね」

 柔らかく笑うフレスの顔は父親の面影をのぞかせる。
 まあ、あれよりだいぶ締まりがない気がするが……三十路過ぎには見えない童顔を一瞥し、ためいきを吐いた。
 この男もまた、父に似てお節介だ、と。

「あのねグラッセ、一応私は先輩騎士なんだけど……」
「ああすまん、年上に見えなくてつい、な」
「むっ」

 コンプレックスを刺激してやれば、フレスは唇を尖らせてこちらを睨む。
 柔和な顔立ちで凄んでみても、本人の気性の穏やかさもあってあまり威力がないのだが。

「私は君を弟みたいに思っているけどね」
「なに?」
「父上もグラッセを我が子のように思っている。なら私にとっては弟も同然じゃないか」

 どういう理屈だ、それは。
 フレスはというと「兄上と呼んでくれてもいいんだぞ」とにこにこ笑顔をこちらに向けてきて……

 どうしてこの親子は、こちらの毒気を抜くのがうまいんだ。

「絶対に呼ばないからな」
「一度呼ばれてみたかったんだけどな、末っ子だから」
「その弟ヅラで何が兄だ」
「弟ヅラって何!?」

 そんなことを言いながら、仮面の下で密かに笑う。

 父だとか兄だとか呼んでやるつもりは毛頭ないが……

 どうだオグマ、俺にも俺だけの想い出ができたぞ。

 そう自慢してやりたいぐらいには、気分の良いものだった。
3/3ページ
スキ