スイーツ・リボン

「ス……『スイーツ・リボン』? なんだそれは?」

 耳慣れぬ単語……もしかしたら旅先でうっすら聞いたかもしれない……に首を傾げると、勇者は意外そうに驚いた。

「お前各地を旅してたんだろ? 形式は多少違えど世界中で同じ日にあるイベントだぞ?」
「同じ日の……ならば一年前のこの時期にも……?」
「まだ当日じゃないけど、もう売り出しが始まってるだろ」

 もう随分古いもののような気がする記憶を手繰り寄せる。
 丁度一年前に売り出されていたモノ……確か、菓子やそれを作る材料がやたらと幅をとっていたような……

「……思い出した。確か女が男に菓子を渡して愛を告げる日、だったな」
「そうそう。なんだ、知ってたんじゃねーか。あんま興味惹かれなかったのか?」
「いや、その……縁のない行事だな、と」

 そう言った途端、勇者は紺碧の大きな目をこれ以上ないくらいに見開き、口をあんぐりと開けた。
 いくら前世がおっさんとはいえ、今の貴様は淑女……それも一国の姫なんだぞ……?

「なんだその品のない表情は」
「お前魔王だろ? 旅先の行く先あちこちで取っ替え引っ替えしてるもんだと」
「きっ、ききき貴様はっ、魔王を何だと思っているのだ!?」

 予想外の風評被害に思わず声がひっくり返ってしまったではないか!

「わりぃ、半分冗談。旅先で刺激的な出会いとかないのかなーと思わなくもなかったけど、よく考えたらマオたんだもんなあ」
「それはどういう意味だ貴様」
「さて、横道に逸れる話題は置いといてだ」

 いや置いておけぬだろうが!
 しかし勇者はそんな我の叫びなど無視して話を進める。

「地域によってはだいぶ内容が違うらしいんだけど、とりあえずざっくり説明すると美味しいスイーツを贈って大切な人とリボン……絆を結ぼうって話だな。最近特に活発化したり新たな展開があったりするイベントだ」
「むう……それで『スイーツ・リボン』か」
「リンネは『女性が男性にチョコレートを贈る』って、たぶん世界的にも一番多いパターンかな。これ、逆だったりするところもあるんだぜ」

 つまり確実に菓子が売れる、商売としては稼ぎ時なイベントか。
 いやはや、人間共もよく考えるものだ……む、待てよ?

(わざわざ話題に出すということは、まさか勇者め、我に、ちょ、チョコレートを……!?)

 そう考えただけで動悸に襲われる我が胸は一体どうしたというのだ?

「前世の俺らには縁なかったけど、なんとも甘美なイベントだよなぁ、マオたん?」
「きょ……興味ないな!」
「えー、ノリ悪ー」

 たかが菓子、たかが甘味の話だ!

 妙に必死になって自分にそう言い聞かせたのは、我自身どうしてだかよくわからない。
 ただ僅かに浮き足立つようなこの感覚を勇者に知られたら、確実に面倒なことになる……そんな気がして、どうにかやり過ごすことにしたのだった。
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