“勇者”が生まれた日

 かつて、魔王を倒して世界を救った勇者はひっそりとその生涯を終えた。
 世俗から離れ、独りで死んでいった勇者にとって、平和になった後の世界がどうなったか知る術はなかった……はずだった。

 それなのに……

「ううう……」

 その勇者の生まれ変わりであり記憶も意識もしっかり受け継いだ俺、リンネ国の姫、ユーシア・テイルフェア・リンネは頭を抱えて唸っていた。

 なぜならばっ!

「毎年毎年、ユーシア様は本当にこのイベントが嫌なんですね」
「この世界が今日も平穏無事に存在しているのも、遙か昔のこの日があったからなのですよ、姫様?」

……そう、今日は勇者が生まれた日。
 と言っても勇者の誕生日とかではなくて、正確には、

「勇者が伝説の聖剣を抜いた日だから聖剣祭、か……なるほど、確かに貴様にしてみればなんとも言えん祭だな」

 はい、説明ありがとさん!
 意味ありげな笑みを浮かべながらマオルーグが言った通り、前世の自分のそういう話はなんだかくすぐったい。

「だいたい聖剣抜いたって言ってもさあ、旅の途中で疲れたからその辺の石に腰掛けて、ちょうどいい背もたれがあったからもたれかかったらそれがたまたま石化した聖剣だったってだけなのに……」
「う、知りたくなかったガッカリ真実だな……」
「絵本とか見てみ? めちゃめちゃかっこよく脚色されて原型ねーから」

 聖剣抜いたシーンなんかそれこそ見開きでドーンよ。
 まあ、目撃者がほぼいないからそう好き勝手書かれてるんだけどさ。

 強いて言うなら……と俺はファイを見上げた。

「どうしました? ユーシア様」
「いや、勇者伝説なんてほぼほぼ願望とか創作だよなーって」
「はは……まあ、当事者にしか本当のことはわかりませんよね。それにしても、ユーシア様が言うと妙に説得力がある気がします」

 そりゃまあ当事者ですから……ていうか、お前もな。
 なんて言っても前世の記憶もないファイにはわからないので黙っておく。

「とりあえず‎今日は外に出たくない」
「珍しいな。聖剣ビスケットとか勇者ケーキとか食わんのか?」
「嫌がらせかよ! 嫌がらせだよな! 後で覚えとけよマオ!」

 恐らく、今日の城下町は……というか世界中が聖剣祭一色だろう。
 勇者人形という名の誰だかわからん好青年の人形とか聖剣モチーフの飾りとかいっぱい木に飾ってあるんだから、悪夢としか言いようがない。

「私は可愛くて好きなんですが……聖剣ビスケット」
「スカルグさんは本当に剣が好きなんですね」

 スカルグとファイのほんわか師弟は俺の苦悩など知る由もなく。

 あー、早く聖剣祭終わらねーかなあ……
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