67~激昂の刃~

「この光景、オアシスの時を思い出すわねぇ」

 クスクスと笑うのは、勝利を確信した者の余裕。
 眼下に広がる光景……自分に歯向かった者たちを残らず捻じ伏せ、地に転がし、苦しげな呻き声を甘美な音楽でも聴くように恍惚とした笑みで味わっている。

「くそ、強ぇ……」

 ぎりりと悔しさに歯を食い縛るカカオは、ようやく僅かに顔を上げ、己を見下ろすテラを睨みつける。
 分岐した未来から来たもう一人の自分を喰らったというテラは、文字通り化物となった。
 カカオたちも奮戦はしたものの、桁違いの力を前に一人が倒れればあとはなし崩し的に戦線を崩壊させていき……

 それでもまだ全員生きているのは、テラの悪趣味な性格ゆえだろう。

「オアシスの時はエイユウにジャマされたけど、今度はどうしたって誰も助けに来ないわよ」

 そう、ここはアラカルティアのどこでもない異世界なのだから。
 抵抗する力を奪ってしまえば、あとはじっくりいたぶるのもテラの思いのままだ。

「うーん迷うわぁ。誰から、どんな風にしようかしら?」

 鼻歌まじりにそう言いながら、道化師は地面に横たわる一人に狙いを定めて大蛇の下半身をうねらせた。

「決めた」
「うあっ……!」

 テラはメリーゼの首を掴み、華奢な体躯を高々と吊り上げる。

『メリーゼっ!』
「あの女の娘……何より、時の女神の力を宿したコイツを最初に潰せば、アンタ達の希望もオシマイよねぇ?」

 地から離れだらんと下がる足を見るに、もはや彼女に抵抗する力は残されていないようだ。

「武器を持つ手を切り落とす? それとも立ち上がる足をもいじゃおうか? そ・れ・も・いいけどぉ……」

 やめろ、と途切れがちに声をあげる者もいれば、言葉にならない呻きと共に身じろぐしかできない者も。
 そのひとりひとりを下に見、テラは存分に勝利の蜜を舐めるように舌を覗かせた。

「愚かなエイユウもどき。出しゃばらなければこんなコトにはならなかったんだよ」

 そう言いながら、ケッ、と吐き捨てる。
 視線は異なる時代から来た、最初にテラの計画を狂わせた者たちへ。

「無力なガキのままでいりゃあ、力が及ばなかった言い訳ができたのにな? わざわざ目の前で大事な仲間が殺される特等席に来ちまって、バカな奴ら」
「ぐっ、う……」

 突っ伏したままのガレがギュッと拳を握り締める。  
 アングレーズも同様に、悔しさで身を震わせていた。

「……そこのオマエだってそうだ。どうせもうすぐ死ぬくせに、とっくに死んでる未来にまでお節介して……まあ、今これから殺されるなら同じコトか」
「……っ」
「大した力もないくせに抗って……オマエも、オマエも、あの時死んでおけば良かったって思うくらいにズタズタにしてやるよ」

 その前に、とテラは右手に捕らえたままのメリーゼに視線を戻す。
 空いた左手に妖しい光を集めると、

「決ーめた」

 無防備な彼女の胸部に、鋭い光の槍を突き刺す。

「かはっ……!」
「メリーゼっ!」

 テラが手を放せば、糸の切れた人形みたいに少女の体は落下した。

「アンタには一瞬の、呆気ない死が似合うわ。もがく時間すらあーげない」

 クスクス、クスクス。

 ひどく耳障りな笑いを意識の遠くに聴きながら、意に反して体が動かないカカオは目の前の光景をただ見ていることしかできなかった。
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