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―case 3:スフェン・リーヴ―

 ディアンが犯罪都市と呼ばれるこの街に来てから、一週間が過ぎた。
 最初こそ強烈な洗礼を受けたものの不動産屋の言葉もあながち嘘ではなかったのか、以降は大きな危険に見舞われることもなく平穏に暮らせている。

 こんな平和がいつまでも続けば……

「……なんて、考えちゃうのも良くないフラグな気がするなぁ」

 一瞬よぎった不吉な考えを振り払うと、強い日差しに目を細めながら、潮風の心地よさを噛み締めるディアン。

……と、

「おじさん、面白い独り言だねぇ」
「ひゃっ!?」

 不意討ちに背後から、耳元に。
 そんな近距離で男の声を聞いたことなどなかったディアンは、思わず肩を跳ねさせた。
 すぐさま振り向くと、ニコニコ顔と仏頂面、二人の男が立っていた。

「な、なんだ? びっくりしたろ!」
「あっはっは、ごめんごめん。そこまで驚くとは思わなかったからさあ」

 雰囲気は対照的だが二人とも若草のような黄緑の髪に橙の目で、兄弟なのだろうかとディアンは思った。
 先程から喋っていてもう片方の仏頂面より少し背が低く、親しみやすい空気を纏った、やや伸びた柔らかい癖っ毛で無造作に無精髭を生やしている方が年長に見える。

「もしかして、新入りさん?」
「あ、ああ。つい最近越してきたディアンだ」
「そっかそっか。俺はスフェン、んでこっちが弟のレナちゃ……プレナイトだよ。よろしく」

 レナ、と呼ばれて一瞬不機嫌そうな顔になったプレナイトは、不躾にディアンを視線で値踏みする。
 彼はスフェンと比べると表情が乏しく、整った容姿だがどことなく人間味に欠けるように感じた。

「……新しいお客さん……?」
「へ?」

 ふいにプレナイトが発した言葉に、ディアンは目を丸くする。

「違うでしょレナちゃん、この人ストレートっぽいもん」
「お客さん? ストレートぉ?」

 混乱するディアンに、スフェンは「ほらね」と苦笑い。

「俺達の商売道具はね、このカラダ。男女どっちにでも売るし、割といろいろな趣味にも応えられるよー」
「カラっ……!?」

 あっさりとした物言いの割にそのまま聞き流してはいけない内容がスフェンの口から飛び出す。
 よく見れば袖の長い衣服の下には、二人とも痛々しい痕を隠していた。

 そういったことには疎い方であるディアンにも、さすがにその意味するところは汲み取れる。

「……今俺達のこと、可哀想だと思った?」
「え」
「顔に出過ぎ。別にこういうの、ここじゃ珍しいことじゃないからね?」

 だから、気にしなくていいんだよ。

 そう言われてもはいそうですかと切り替えられる訳もなく、ディアンの表情がみるみる曇っていく。

「ああもう、大丈夫なんだってば。俺達はこれで食べてるし、それなりにいい生活できてるんだよ」
「他に稼ぐ方法なんざ、いくらでも……」
「知らないよ。俺達は気付いたらこうやって生きるようになってたんだから」

 不幸ではないと言って安心させてやりたかったのだろうが逆効果で、さらに泣きそうな目になる。

 特大の溜め息が、スフェンから吐き出された。

「ああもう……“外”の人はやりにくいなあ」
「外……?」
「ここがどこか知ってるでしょ? 外れとはいえ、犯罪都市なんて呼ばれてる街に生きてる人間……特に、俺達みたいな生まれも育ちもって奴は、すっかりここの感覚に染まってるの」

 疑問符を浮かべるディアンに、地方によってそこでしか通じないネタとかそこだけの常識とかあるでしょ、と続ける。

「だから、おじさんみたいな感覚はたぶん一般的にはまともで普通なんだろうけど、ここじゃあ通じないの」
「…………」
「そこの路地裏で子供が野垂れ死のうが、助けようとする人の方が少数派だったりするんだから。まあ、地域差はあるけどね……いつものことだって、関心は低めだよ。他人に構っていたら自分の足をすくわれる」

 それが、ここの常識だ。

 なんでもないように笑顔で言われても、ディアンの心が晴れるはずもなかった。
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