プリエールの章:高嶺の花は変わり者

「あたしが思うに魔法石文化の発展は素晴らしいことだけど、石自体の耐久性も、そこにこめた力が無限に持続するわけじゃないことも考えると、そればかりに頼ってちゃいけないと思うのよ。石だっていつまでも採れるかはわからないしね」
「ふむ、何か良い案でも?」
「例えば、別の物と併用して消費を抑えるとか」
「魔法石はエネルギー効率が良いからな。並び立てるものがあればいいが……いっそ使用済みの石を何らかの形で再利用できないか考えてみるのはどうだい?」
「なるほど、それもアリね……」

 マギカルーンの酒場では、酒の酔いに乗せて学者たちがそれぞれの理論や意見を語り合う光景も珍しくない。
 しかしプリエールとアルバトロスは全くの素面で、こんな話を延々と交わしている。もともと酒を飲まないアルバトロスとは違って、一応、プリエールのグラスは何回か空になった後ではあるのだが。

(ああ、やっぱりアルバと話すのは楽しいわね)

 話題の方向性や熱量。打てば響き、投げれば返ってくる。そしてそこから新たな気づきを得る。
 余計な色恋を挟まず、互いに一人の学者として。プリエールにとってアルバトロスとの時間は有意義なものであった。

「そうだ。君に話しておこうと思ったことがあったんだ」

 と、しばらく語り合った後、ふいに思い出したようにアルバトロスが口を開く。

「話しておこうと思ったこと?」
「ああ。近くにある古代遺跡さ。どうやら隠し部屋の存在が判明したようでね」

 魔法石の他にここを学者の街たらしめるのが、近くにある遺跡の存在だ。
 まだまだ謎が隠されているだろうそれが、彼らの知的好奇心を刺激し、マギカルーンへ呼び寄せている。

「へぇ、すごいじゃない! で、中身は?」
「まだ“存在が判明した”だけさ。扉を開くための仕掛けが難解らしくてね」
「ふぅん……」

 長い睫毛が蒲公英色の瞳に影をつくる。憂いを帯びた表情も魅力的だが、アルバトロスから見ればそこから受ける印象は別のもので。

「……その仕掛けを自分の手で解いてやりたい、って顔だね」
「あは、バレた?」
「それはもうハッキリと書いてあるとも。いくら君でも、まさか一人で行くつもりか?」

 骨ばった指でびしりと差し、アルバトロスはプリエールを睨む。
 彼女の好奇心をよく知る友人は、日頃何を考えているかわからないだの不気味だのと誤解を与えがちな仏頂面を思い切り顰めていた。

「遺跡へ向かう道中には魔物が出るだろう。君一人では危険だぞ」
「あのね、アルバ。いくらあたしでもちゃんと対策はしてあるわよ」

 むっとしたプリエールは右袖を捲り、白く細い手首を飾る腕輪を見せつける。
 繊細な彫刻みたいな腕に対して大振りな金色の腕輪には、これまた大きな緑の石が埋め込まれていて。

「それは……魔法石の腕輪、か?」
「ええ。魔法使いは詠唱の隙を狙われたら危険……だったら隙をなくせばいいのよ。この腕輪で魔法書の力を引き出して、魔力の弾を飛ばすことができるわ」

 その腕輪はどうやら自作のものらしい。腰に提げたバッグから魔法書を取り出し、得意げにつらつらと語るプリエール。
 ちなみに魔法書とは、記された文字に魔力が込められている、魔法の補助的な力がある本のことで、魔法使いの必需品だ。

「あまり遠くまでは飛ばないし威力は魔法には劣るけど、詠唱もいらないし剣士が剣を振るくらいの感覚で繰り出せるの。護身用にはちょうどいいじゃない?」
「……そうじゃなくて護衛の傭兵を雇うとかだな」

 溜息まじりのアルバトロスの言葉に、蒲公英色の瞳が数回まばたきをした。
 虚を突かれたといった感じの表情は、高嶺の花の美女にやや幼く可愛らしい印象を与えるが、

「あっ、その手があったわね!」
「まったく君は本当に……」

 アルバトロスはただただ頭痛をおぼえ、頭を抱えるばかりであった。
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