マオルーグの休日

 かつて、人間世界を脅かした魔王……しかしその侵略は、勇者と呼ばれる人間の手により阻止された。
 勇者によって倒された魔王はそのまま永遠の眠りにつき、平和で穏やかな世界に彼の名は遠い伝説のものとして、次第に忘れ去られていくこととなった。

 人々は知らない。

 その魔王がかつての記憶をもって、人間に生まれ変わっていることを。

 そして自分を倒した勇者の生まれ変わりである小さな姫に、いろいろあって仕えることになってしまった、そんな馬鹿な話を……

……誰も知らない方がいいと、我は思う。



「ふんふふーん」
「なんだ勇者、鼻歌など歌って……足をばたつかせるな。行儀が悪いぞ」

 人間の男の中でも大柄な我からすれば小さな小さな小娘は、椅子に座って楽しそうに剣の手入れをしていた。
 淑やかさの欠片もないコイツこそがリンネ国の姫にして元・我が宿敵の勇者。
 今世での名はユーシア・テイルフェア・リンネ……偶然なのか“勇者”と発音が似ているその名前を我が呼ぶことはないが、幸い周囲には気づかれない。

「うっとり見つめる先が剣とは……せっかく姫に生まれ変わったというのに、色気も何もあったものではないな」
「……まあ、そりゃいい剣を持つとテンション上がるけどさ。これはスカルグがくれた剣だから」

 受け取った時の気持ちを思い出したら嬉しくなって、などと言う勇者の腕に輝くブレスレットも従者のファイからの贈り物だ。
 テーブルにはマージェス王子から貰った本と、大事に食べているのだろう高級チータラ……これは確か、ラグード王子からのものか。

「……愛されているものだな、“勇者様”は」
「あん?」
「贈り物に囲まれてにこにこと、めでたいヤツだ」

 その姿はまさしく姫で、これの中身がおっさんだと知ったら周囲はどんな顔をするだろうかと笑いがこみ上げてくる。
 まあ、実際のところはそんな発言をした我の方が悪い冗談と笑われるか、正気を疑われるだろうがな。

「…………」
「む、なんだ?」

 あれこれ考えていたらいつの間にか勇者は剣ではなく、我をじっと見つめていたようだ。
 くっ、そんな小動物のような顔でこちらを見るでない……そのアングルは我に効く、いや効かぬっ!

「いいこと思いついた」
「なに?」

 考えがすぐ口に出てしまうあたり単細胞の脳筋勇者らしいが、

「……いや、なんでもない。それよりマオたん、明日は一日休んだらどうだ?」
「急だな。何を企んでいる?」
「いやあ最近疲れてるだろうかなーと思って? ファイには言っておくから。んじゃ決まりー!」

 おい、足りない頭で下手な誤魔化しをするな!
 逆に気になるではないか!

 なんて言う間もなく、勝手なことに我の急な休暇が決定した。
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