フリーハーツが魔物に襲われた事件から一夜明けて。城下町も次第にその爪痕を薄れさせ、日常が戻ろうとしていた。
 元通り人々が行き交うようになった街中から少し外れた薄暗い朝の裏路地にて、羽目を外して指を絡め唇を重ねる男女の姿も。

「ああ、シオン……」

 口づけの余韻にうっとりと溜息を吐き出しながら、熱に浮かされた瞳で“シオン”を見上げる女性は壁にふらりと寄りかかる。
 彼女の腰を支え、優しく笑いかける金髪ポニーテールの色男……シオンは、口の端にちらりと赤い舌を覗かせた。

「ふふ、ごちそーサマ。大丈夫かい?」
「貴方の瞳があんまり綺麗だから、目眩がしてきちゃったみたい」
「それは大変。家まで送るからゆっくり休んで」

 シオンの甘い囁きに蕩け、その胸板にしなだれる女性。
 全ては恋の甘さに酔ってのことだと、彼女はそう思っているようだが……

(ちょっとしか吸ってないから、休めばすぐに良くなるよ。だからまた、ご馳走してね)

 男の本当の名はタンタシオン。宝石のような紫の瞳と葡萄酒のように人を酔わせる声で魅了の術を得意として人の精気を吸う、誘惑の悪魔だ。
 彼が本気を出せばその命ごと喰らい尽くせるのだが、それをしないのは人間の女性が可愛いから。そうやってつまみ食いしながら、王都フリーハーツで遊び人をしている。

「お陰で震えが止まったわ。またね、シオン」
「それは良かった。じゃあね、ハニー」

 名残を惜しむ女性をそっと家に送り届け、人好きのする笑顔でひらひらと手を振って立ち去って。
 ひとけのない場所まで歩くと、彼はふと立ち止まった。
 彼女の震えは、街を襲った魔物による恐怖のせい。そしてそれをもたらしたものは……

「魔王サマが、王都に来てる……」

 ざぁ、と風に流れる長い金髪がカーテンとなって美しい横顔を隠す。

「どうしよう。王都滅ぼしたいのかなぁ……可愛いコ多いからそれはちょっと惜しいなぁ」

 優しくて気配り上手なサンディも、明るくて笑顔が素敵なマーゴットも、話してて楽しいシーラも、ああそれから小動物みたいで見てて飽きないミナに、目元とうなじがセクシーなエイダに……彼が心から愛でる女たちの顔が浮かんでは消える。
 みんな魅力的だし、大好きだけど……と心の中で前置いて。

「まあでも、魔王サマが望むなら……仕方ないよねぇ」

 僕は魔王サマの配下。誘惑の悪魔、タンタシオンだから。
 そう呟く歪んだ笑顔は、まさしく悪魔と言って差し支えのない、残虐性を秘めたものだった。
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