それぞれの後日談

 我が前世は、人間界を侵略し危機に陥れた魔王だ。
 しかしそれも半ばというところで現れた勇者によって打ち倒され、終わってしまう。

……そう、それで全てが終わる……はずだった。

 なのにっ……!

「マオたん、どーした?」
「なんで我を倒した勇者がこんな小さな美少女になって再び我が前に現れたのだ!?」
「うお!? な、なんか知らねーけどごめんな?」

 ご機嫌ナナメみたいだな、とか言いながら元勇者の姫はその場を離れる。
 元は鍛え上げられた肉体のおっさんのくせに女子にしても小柄な部類に転生しおって、その小さな背を守りたくなるだろうが……!

「ほら」
「む?」
「イライラしている時は茶でも飲め。良い香りで落ち着くぞ?」

 引っ込んだのは我に紅茶を淹れるため……だと……
 さすがに上等な茶葉を使っているのか、透き通った深い色をした紅茶から立ちのぼる香気が心を解してくれる。

「……美味い、が……一国の姫が護衛に茶を淹れるのはどうなのだ?」
「まあ俺も飲むからついでついで」

 などとカップを持つ勇者の手に光る腕輪を見つけて、視線を留めた。

「貴様、そんな腕輪などしていたか?」
「ん? ああ、これはファイから。遅くなったけど誕生日に~って、そんなの気にしなくていいのにな」
「魔法がかけられているようだな」

 ただの人間になってしまったが、それでも多少は……その腕輪がただの装飾品でないことくらいはわかった。

「持ち主の身代わりになってくれるんだってさ。まあ、腕輪が代わってくれるなら……それでも、壊れちまったら寂しいけど」

 勇者の表情が僅かに曇る。
 ああ、そうか……あの男の前世の最期は……

「危険に近づかなければ腕輪も貴様の身代わりになることはない」
「……それか、俺がもっと強くなればだな」

 転生して姫となった今、戦う必要などないだろうに……こいつは剣をとるのをやめない。
 そうだ、先刻も庭で稽古をつけさせられたのだ。
 元は百戦錬磨の勇者に、稽古というのも可笑しな話だが。

「そういえば……覗かれていたのは気づいていたか?」
「あ?」
「剣の稽古をしていた時だ」
「ああ。スカルグとマージェス王子だろ?」

 リンネの騎士団隊長、スカルグに友好国カノドのマージェス王子……どちらも前世は我が部下の魔物らしいが、当時の記憶はなさそうだ。
 何故なら、奴らは……

「奴らの前世は犬猿の仲だったのだぞ」
「え、そうなの?」
「スカルナイトとダークマージ……正々堂々たる騎士と策略家の魔法使いが合う訳なかろう」
「あー、確かに」

 それが平和な世界で再会して、穏やかに笑いあっているのだから縁というのはわからぬものだ。

「そういやさ、ファイもラグード王子とばったり会って一緒に買い物したんだってさ」
「クリムゾンドラゴンか……人懐っこいところは変わらぬな」

 元飼い主の我はともかく、勇者に頭を撫でさせるとは……なんだか面白くない光景だったぞ。
 それにしても、かつての敵も味方もあったものではないな。

「……平和だ。本当に」
「前世で大変だったから平和な時代でのほほんと暮らせよーってことなんだよ。俺もマオたんも、みんなもさ」
「さて、な」

 この意図的に集められたような転生に意味はあるのか、それとも……

「ほーらマオたん、眉間にシワなんか寄せてないで、お菓子あーん♪」
「なっ、ぬっ、だ、誰がするかっ!」

 ひとつ言えるのは、そんな今世もそう悪いものではないと思えるようになったことだ。
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