そうだ、温泉に行こう。

 チサナ村の奥には、以前訪れた時にはない施設……件の温泉宿が佇んでいた。
 華美な感じはなく、素朴な、チサナ村らしい外観の宿で、落ち着いて安らげそうな雰囲気に見える。

『ラグードさま、ユーシアさま!』
「メフィオ、久しぶりだね!」

 肩で切り揃えた金色の髪を靡かせ、優しげな紫の目を嬉しそうに細め、ツノと尻尾を生やした女性……人間形態のメフィオが俺たちを出迎えてくれた。
 ラグードを見て尻尾を振る姿が愛らしいけれど、ドラゴンってわんこみたいなタイプが多いのか?

「大勢で押しかけて悪いな、メフィオ」
『いいえ。人数が多いといろんな意見が聞けますから』

 あら、案外しっかり考えてらっしゃる。
 ちなみに今回来たのは俺とラグード、マージェス王子にスカルグ、それとマオルーグだ。

「可愛らしいドラゴンのお嬢さん、はじめまして。カノドの第三王子マージェスと申します」
『は、はじめまして。ゴールドドラゴンのメフィオマーサです……!』

 ぺこりと丁寧にお辞儀するふたり。
 マージェス王子もだけど、メフィオも美人さんだからとても眩しい空間が形成されておじさんまいっちまうぜ。

 いやまあ、俺も一応美少女なんだけど。

「温泉、楽しみですね。ねぇ隊長さん?」
「えっ、あ、その」
「なんだスカルグ、風呂好きだったのか?」
「は、恥ずかしながら……はい」
「ほう、そうか……」

 マージェスとマオルーグに挟まれて縮こまるスカルグという珍しい光景。
 スカルグが風呂好きなのは昔からだけど、マオルーグの表情を見るに、きっと前世のスカルナイトもそうだったのだろう。

 前世で知らないこととはいえ勇者と魔王とその配下が、揃って仲良く温泉旅行……時代は変わったもんだなあ。

『それでは皆さま、早速中へ! 浴衣も用意いたしましたよ』
「ユカタ?」
「東国の装束だな。布を巻きつけてオビという腰紐を巻くだけの簡素な服だ。着方に少々コツがいるがな」
「おお、さすが旅人マオたん!」

 ここで言う東国はうんと東にある、独自の文化をもつ島国だ。
 旅の知識を素直に褒めれば、む、と小さく呻いて目をそらすマオルーグ。
 何やらごにょごにょと口ごもっているが、俺にはよく聞き取れなかった。

「ほらほら、早く行こうぜ。おっさん、風呂で早くあったまりてえわ」
「……こう言われると本当におっさんだな、貴様……」

 あ、でもその前に。

「浴衣、うまく着られるかな? もしアレだったら手伝ってくれよ、マオたん?」
「ばっなっ貴様っ何言ってっ」

 マオルーグの長身が一瞬僅かに跳ねる。
 ものすんごい声の裏返り方したな、今。

「? 経験者なんだろ? 俺着方知らねーもん」
「知ってはいるがっ……おいメフィオ! 手伝ってやれ!」
『ふふ、わかりました。着替えたらまずは遊技場へご案内しますね』

 温泉に遊技場まであるなんて、本当に観光の目玉になりそうだなあ。
 俺たちは各々はしゃぎ、談笑しながら、宿の暖簾をくぐっていった。
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