そうだ、温泉に行こう。

 はじまりは、隣国の王子ラグードが持ってきた一通の手紙。

「温泉に行こう!」
「温泉!?」

 キラキラを放ちながら現れた赤髪のイケメン王子の第一声がこれ。
 前触れも何もない話に、俺……リンネに咲く小さな花、ユーシア姫は思わず素っ頓狂な声でそれを復唱してしまった。

「温泉って……どこの?」
「チサナ村さ! メフィオから手紙が届いてね……ほら、これ」

 チサナ村、というのはここリンネと、この爽やか青年ラグードの国リオナットの境あたりに位置する小さな村。ちなみにリオナット側の領内だ。
 これといって特色のないその村の近くにある洞窟に、魔物退治に赴いたことがあったが……そこで出会ったのがメフィオ。
 正式にはメフィオマーサという名前の、強大な力をもつゴールドドラゴンでありながらおっとり気弱な女の子だった。

「えーと、なになに……『ラグードさま、お元気ですか? 私は変わらず、村の方々にとてもよくしていただいて、毎日とても充実しています』」

 なんやかんやあってチサナ村の人々に受け入れられた彼女は、今ではすっかり馴染んで、力仕事や魔物を追い払うなどして村を守っているそうだ。
 というか、そもそも高位のドラゴンがいる時点でその存在が強力な魔物除けになっている。メフィオは文字通りの守り神となったのである。

『ところで先日、温泉を掘り当てまして』
「いや唐突だな?」
『せっかくなので観光の目玉に、という話になったのですが、王子にはぜひ村の温泉宿の最初のお客様になっていただきたく……もちろん、ユーシアさまや皆様もご一緒に!』

 なるほど、だいたい事情はわかった。唐突だけど。

「最初の客に王子が入ったとなりゃあ、その宿も箔がつくってモンだなあ」
「宣伝して評判を広めたら、チサナ村も活気づくかなあ」
「そういうことでしたらお手伝いしますよ」
「「うわぁ!」」

 ぬ、と二人の間に顔を挟んだ新たな美形。どちらかというと美人という表現が似合う長髪の彼は、カノド国のマージェス王子だ。
 その後ろではまたマージェス王子に連れ回されているのか、うちの騎士団の隊長スカルグが痩身の背を丸めていた。

「あの、温泉と聴こえたのですが……」
「ん? スカルグも行きたいのか?」
「い、いえその、遠出をするなら護衛も必要ではないかと……!」

 ぴん、と背筋をのばし、スカルグはそう主張した。
 仕事熱心な隊長さんは色白の頬を紅潮させ、勿忘草色の目を輝かせて……行きたいんだな、こりゃ。

「という訳ですので、みんなで行きましょう!」
「賛成ー!」

 押しが強いキラキラ王子二人のひと声で、今度の予定が決まったのである。
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