図書館の隅で

 さて、俺の恥ずかしい過去を綴った本を見つけてしまったショックから数日が過ぎた。
 流石に立ち直ってきた俺がマオルーグと城下町をぶらり視察していた時のことだ。

「誰かしら、あのカッコいいひと……」
「リンネにあんな人、いた?」

 ミーハーな女子の声に振り向くと、確かに見慣れない青年がひとり商店街を歩いていた。
 サラリと長い錆鼠の髪を真ん中よりやや下の位置でひとつ結びしていて、筆で引いたような切れ長の目は涼しげで深みのある濃藍。
 服装もどこか遠方のものだろうか、リンネのそれとは少し雰囲気が違っている。

「ふーん……お前みたいな旅人かもな、マオ」
「我はもう『元』になるがな」
「そうだな。すっかりリンネの住人だ」

 と、俺達の視線に気づいたらしい青年が振り向き、こちらに歩み寄ってきた。

「何か用か」
「えっ……いえ、なんでもありませんわ。ただ、見かけない方だと思いまして」
「ああ、ここには来たばかりだからな」
「旅のお方でしたのね。わたくしはユーシアと申します」

 ふうん、と不躾な目が値踏みをする。
 リンネではお姫様扱いが常だからこういう反応はちょっと新鮮だ。

「ユーシア・テイルフェア・リンネ。このリンネの王女だ」

 マオルーグが付け足すように紹介すると、青年は驚いた顔をする。

「するとリンネの小さく可憐な一輪の花と評判の……」
「ぶふっ」
「い、いやですわ、お恥ずかしい」

 そういやそんな風に言われてたな、俺!
 あと後ろで笑いを堪えてるマオは後でぶっ飛ばす。

「……一瞬冴えないオッサンが見えた気がしたんだが、気の所為か」
「ぎくっ!」
「今ぎくって」
「ななな長旅でお疲れなのでしょう! リンネには素敵な宿屋もございますの。今夜はゆるりとお休みになってくださいませ!」

 なんか流れが怪しくなってきたように思えて、そそくさと去ろうとする。
 けれども旅人はそんな俺をじっと見つめ、静かに右手を差し出した。

「……?」
「名乗るのを忘れていた。僕の名はホーリス。ただの旅人だ」
「えっ、ええ。よろしくお願いいたしま……」

 などと、握手に応じた瞬間。



――旅の途中で出会った、いかにも聖職者然とした風体の男は、勇者をじっと見上げる。

『俺の顔に何か……?』
『いえ……勇者様はこれからどちらへ?』

 勇者の行き先を聞くと、男は少し考え込む。

『……ちょうどそちらへ向かうところだったのですよ。よろしければしばらくご一緒させてはもらえませんか?』

 これから向かおうとするところは危険度が高く、聖職者がわざわざ行くような道ではなかった。
 とはいえ特に断る理由はなかったし、何より同行を拒めば男をそんな危険な道にひとりで行かせることになる。

 うっすらと感じていたのは、男の目に宿る好奇心の輝き。
 彼は聖職者らしからぬ嘘までついて、危険を承知でついて行きたいなどと言っているのだ。

 物好きな男だ、と思いながら、勇者たちはしばしの間、旅の聖職者を道連れに迎えたのだった……――



 ぶわっ、と蘇る記憶……久々の感覚。

 しばらく固まっていた俺は、不思議に思ったふたりに顔を覗き込まれる。

「?」
「勇……姫?」

 そして、一拍おいて。

「お、お、お前かぁーーーー!」

 あの時の聖職者……そしてあの本を書いたのは!

 あまりの衝撃に取り繕うのも忘れて、初対面のホーリス相手に思いっきり指をさしてしまった。
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