図書館の隅で

 世に伝えられている伝説なんて、所詮は語り手の都合や世間の需要に合わせて脚色されたものばかりだ。
 本当は冴えないおっさんがたまたま腰掛けた拍子に引き抜いてしまった聖剣だって、神託を受けた美青年が厳かな空気の中で手にしたことになっている。
 旅の仲間とも美しい友情を育みながら、苦難に立ち向かい進んでいく若者然と描かれて……

「……『本当はカッコ悪い勇者伝説』ぅ?」

 俺……冴えないおっさん勇者の生まれ変わり、ユーシアが『それ』を見つけたのは、リンネが有する大きな図書館。
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったところで、一斉に視線を集めてしまい慌てて咳払いをした。

「おや、ユーシア姫。そちらの本に興味がおありですか?」

 規則的に並んだ本棚の間からひょっこり顔を出したのは本好きのマージェス王子。
 友好国カノドからわざわざリンネに来ているのも、ここの図書館目当てらしい。

「マージェス王子はこちらの本を読んだことが……?」
「面白そうな題でしたからね。勇者伝説は数々の本が出版されていますが、どれもこれも完璧な勇者像と美しい物語が描かれているものばかり……その中に、こんなタイトルがあったら手にも取りますよ」

 くすくすと笑いながら言うけれど、マージェス王子の前世は魔王命過激派のダークマージ。
 その名残か、今も熱烈な魔王推しらしく……たぶん、勇者のことはあんまり好きじゃない。

「勇者だって人間ですもの、少しくらい格好悪い部分があった方が……わたくしも何となく安心いたしますわ」
「この本に書かれているのは少しどころではありませんけどね。ただ……」
「ただ?」

 マージェス王子は憂いを帯びた眼差しで睫毛を伏せ、溜息をこぼす。
 中性的な美人さんはこうしていると本当に綺麗だし、事実城下町の女性人気も高いんだけどな……と思った次の瞬間。

「……魔王様が出てこないんですよ」
「はい?」
「勇者を語った書物としては珍しく、これは旅の一部分を……それこそ、途中から途中までを切り取った内容でした。他にはない内容で面白かったのですが魔王様が出てこないので個人的な評価は星ひとつとさせていただきます」
「ほ、星ひとつ……ですか」

 面白かったと言っておいて評価厳しいなおい!

「その本、本屋さんにもなかなか置いてないんですよね。魔王様が出てこないのもそうですが、勇者が格好良くないから人気が出ないとかで」
「肝心の決戦にも辿り着きませんものね」
「ええ。ですが、小難しくもなくて読みやすいと思いますよ」

 こう言っちゃ何だけど、勇者と魔王の戦いなんて外しちゃいけないメインイベントだもんな。
 それにしても、王子の話を聞く限り変わった本だ……ちょっと興味が出てきたぞ。

「それなら、少し読んでみようかしら……参考になりましたわ。ありがとうございます」
「ふふ、いえいえ」

 それなりの分厚さをもった本を手に、俺は貸出コーナーへと向かった。
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