ぶらり冒険、夢紀行

 クリムゾンドラゴンを倒した俺達は、魔王の城を進んでいく。
 夢の中だからか、前世ではあちこちで遭遇した魔物との戦闘はなくスムーズなんだが……静まり返り過ぎて逆に不気味でもあった。

「静かだな……」

 ファイも思わずそうこぼしたそんな時、しばらく続いていた通路から、少し開けた場所に出た。
 等間隔に並べられた燭台の灯がゆらめき、ほんの僅かな空気の流れの変化を伝える。
 その奥にはこちらに背を向け、祭壇に祈りを捧げるひとりの男……真っ黒いローブのこの後ろ姿は、もしかして。

「魔王様の敵……勇者め……『バナナの皮で足を滑らせた拍子に大きくズボンの股が裂けて思わず踏ん張ったら今度はズボンのゴムが切れてストーンと落ちて公衆の面前でいちご柄パンツを曝け出してしまう呪い』にかかってしまえ……あと関係ないがスカルナイトもなんか呪われろ」
「陰湿かよ!」

 しまった、思わず叫んでしまった。
 人がいるとは思わなかったそいつがバッと振り向くと、長い白緑の髪がローブから覗く。

「な、何者!」

 急いで見れば女性と間違われることもありそうな中性的な顔立ちの美形で、美少女に転生した俺なんかより可憐とかたおやかって言葉が似合うそいつは、本来ならば友好国カノドのマージェス王子……なんだけど、さっきのセリフを聞く限りじゃその中身は違うようだ。

「この魔軍師ダークマージの秘密のお祈り部屋に足を踏み入れるなど……!」
「お祈り部屋」
「呪いの部屋のまちがいではなく」

 わなわなと震えていたダークマージは、直後ハッと我に返り、突然の侵入者である俺達を上から下まで値踏みするように見つめた。

「……よく考えたら魔王様の城に、人間? もしや勇者……いえ、」

 一度否定してから続いた言葉は、

「情報では勇者は冴えないおっさんだったはず……少なくともこんな小さな少女ではない……なかった……?」

 ぐさり、容赦なく俺の胸を抉った。
 わっ、悪かったな冴えないおっさんで!

「はっ、もしかして貴女……」
「な、なんだよ?」
「魔王マオルーグ様ファンクラブ入会希望者では!?」

 なんじゃそりゃ!
 俺とファイは喉まで出かかったツッコミをぐっと呑み込む。

「人間からすれば敵の居城の真っ只中であるここに、年端もいかない少女が危険を冒して‎まで足を踏み入れる理由……その小さな体を突き動かす情熱など、魔王様への憧れでなくてなんだと言うのです?」

 あっ、コイツ決めつけてかかったぞ。
 どうするんだと言わんばかりに目配せしてきたファイに俺は「面倒だから話を合わせろ」と視線を返した。

「ここまで来るのも大変だったでしょう。ですがその苦労も報われますよ……なにせ栄光ある会員ナンバーツーの席は貴女のものですから!」

 それって、もしかしなくても会員お前ひとりなんじゃ……という言葉も呑み込んだ。

「わ、わーい、嬉しいなー……」
「そうでしょうそうでしょう! さあ、入会記念にこの魔王様フィギュアを差し上げますよ!」

 妙に手作り感溢れるフィギュア怖いよう!
 とはいえこの場を穏便に済ませるためには突き返す訳にもいかず、俺たちはひとり一体、魔王フィギュアを手渡されたのだった。
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