スイーツ・リボン

 例のイベントの話を聞いてから改めて城下町を見渡すと、なるほど確かに菓子、とりわけチョコレート売り場が増えている。
 甘味が嫌いな訳ではないが、特別目がないというほどでもなく……いや、それにしても見落とすには露骨だった。

「もう少し町の変化を気に留めねばならぬな……」
「おや、マオルーグ殿ではありませんか」

 上等な布地の手触りを連想させるような、穏やかで柔らかな声がかけられる。
 ふと振り返れば、騎士団隊長のスカルグが買い物袋を抱えて微笑んでいた。

「……それは?」
「明日は『スイーツ・リボン』ですから、売り切れる前に準備をと」
「まさか作るのか? 女が男に贈るものだと聞いていたが」

 するとスカルグははにかみながら抱えた袋の中身に視線を落とし、

「ファイが教えてくれたんです。隣国のリオナットでは男性が女性に贈るのだと」
「リオナット……ラグード王子の情報か」
「それからカノドでは日頃の感謝を伝える日、という意味合いが大きいそうです。確か義理とか、友とかつくようで」

 割と節操なく贈り合いそうだな、カノドは……
 情報源は言うまでもなくマージェス王子なのだろうが、リオナットといいカノドといい、双方の王子らしい内容だと思う。

「なので私は姫様に、日頃の感謝をこめて何か作ろうかと思います。ファイに教わりながらですけど」
「ふむ、たしか勇者……姫も貴様の作ったものが食べたいと言っていたな」
「はい。それも兼ねています」

 なるほど、それは勇者も喜びそうだ。
 剣では弟子のファイが、菓子づくりの時には師になるのか……そう考えると、少し可笑しくなる。

 前世の敵同士が、互いに指南しあう仲に……か。

「マオルーグ殿?」
「いや、なんでもない。それより、完成したら我の分もあるのだろうな?」
「ええ、もちろんです。貴方の分は甘さ控えめにしておきますね」

 己の力を信じ、剣の道に生きて散った前世の部下スカルナイト。
 ただひたすらにストイックな武人だった男が、その記憶がないとはいえ、平和な世界ではこうも……こうもっ……!

 優しく細められた勿忘草色の目が、我にはひたすらに眩しい。

「マ、マオルーグ殿……!?」
「なんでもない……貴様は幸せになるのだぞ……!」
「えっ? あ、ありがとうございます……?」

 いかん、目頭が熱くなってきた。

(マオルーグ殿……感激するほどお好きなのだろうか……)

 後日、何か勘違いしたらしいスカルグから結構な量のチョコレートを贈られるのだが、それはまた別の話。
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