“勇者”が生まれた日

「マオルーグさん、そんな剣幕でどうされました?」

 マージェス王子が指摘するほどにマオルーグの眉間にはシワが……いつもより割増で深く刻まれ、鼻息は荒く目も血走ってみえる。
 ずんずんと俺の前まで来たマオルーグだったが、王子に気づくと苦手意識からか「うっ」と一瞬息を詰まらせた。

「……マージェス王子もご一緒でしたか。お見苦しいところを失礼いたしました」
「ユーシア姫に何かご用ですか?」
「は、いえ、せっかくの聖剣祭ですので賑わう街の視察をですね……」

 ちょっとだけマオルーグがたじろいでいるのは、この穏やかな王子様から魔王大好きダークマージの顔がいつまたあらわれるのかわからないからだろう。
 スイッチがよくわからないもんなあ、このひと。

 などと二人の様子を眺めていたら、少し遅れてスカルグが歩み寄ってきた。

「……姫様、今年は一緒に街を回りませんか?」
「スカルグ?」
「マオルーグ殿もリンネの聖剣祭は初めてですし、どうしても姫様と回りたい、と……」

 マオルーグが、俺と?

……なーんて、普通ならそこはときめくところなんだろうがコイツの魂胆は知ってるぞ!
 俺が嫌がる顔を楽しみたくて連れ回す気満々なんだってな!

「スカルグ! 貴様余計なことをっ……!」
「おやおや、デートのお誘いでしたか」
「ち、違……」

 意味ありげな笑みを浮かべる王子に、マオルーグが慌てて訂正する。
 ざまあみろ、人をからかおうとした報いだ。

「で、スカルグも巻き込まれたのか?」

 マージェス王子に遊ばれるマオルーグはしばらく放っておくとして、気になったのはそっちだ。
 なんとなく、連れられて来たっぽいけど……スカルグが俺にこういう話を持ちかけるのは珍しい。

「あ、ええと……まあ、そんなところです。非番なら付き合え、と」

 仕事中毒の剣士馬鹿なスカルグに娯楽や休息を覚えさせてやる、ってマオが前に言ってたっけ……ちょっと強引だけど、面倒見がいいのかな。

「……姫様とマオルーグ殿が街を回るなら、私はお邪魔だと思うのですけど」
「そ、そんなことないって! むしろいてくれ! たぶん俺より詳しいだろ、聖剣祭のこと!」

 お邪魔とかとんでもないっていうかお前らには俺たちがどういうアレに見えてんだよ!?
 聖剣祭を避けてきた俺には純粋にガイド役としていてほしいし、勇者(っぽいもの)まみれの聖剣祭でマオと二人っきりとか何言われるかわかったもんじゃねえ!

「……さあ、つべこべ言わず行くぞ、二人とも!」
「あっ、えっ、マオルーグ殿?」
「ちょ、引っ張るなよー!」

 そうこうしているうちに逃げることを選んだらしいマオルーグが俺達の腕を引っ掴んで……きゃー、人さらいー!

「それでは、失礼いたします!」
「ああ、はい。楽しんできてくださいねぇ」

 にこにこ笑顔で手を振るマージェス王子の気配がみるみる遠ざかるのを感じながら、俺たちは中庭を後にした。

「……本当に仲が良いのですねぇ。少し、羨ましいです」

 そんな王子の呟きは、誰の耳にも届くことなく。
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